12 魔王、村の為に働く

 シュティルハイムに滞在してから3ヶ月程が経過した。


 近頃の俺は、ひたすらに肉体労働に勤しんでいる。


「きゃぁ~。レインさん素敵っ!」


 重い荷物をいくつも背負う俺に対し、村の若い女性たちから黄色い声援が飛んでくる。


「はっはっは。俺に任せてくれよ」


 今回のループでは全然鍛えてはいないが、それでも腐っても俺は魔王。その肉体は人間達と比べれば遥かに頑強だ。

 その肉体能力を活かして、俺は八面六臂の活躍を見せる。


「もう、デレデレしちゃって……」


 俺が他の女の子ばかり手伝うからか、ローズマリアが不機嫌な表情を浮かべている。


「マリアも言ってくれれば手伝うぞ」


「そういう事じゃないんだけどなぁ……」


 ん? 何かいったか?



 そんな風に和気あいあいとしながら仲良く働く俺達に対し、水を差す存在がいた。


「けっ、おまえら。余所者相手に馬鹿みたいに騒ぐのはやめろっ!」


 俺の仕事ぶりを見守っていた村の女の子達に、そんな罵声を浴びせる。

 そいつは、この村唯一の20代男性にして村長の息子、ザシャだ。


 彼はでっぷりとしたお腹を揺らしながら、俺へと近づいてくる。


「余所者がいい気になるなよっ!」


「……」


 そう粋がるザシャを、無言で俺は睨み付ける。


「うっ、と、兎も角あんまり調子に乗らないことだっ!」


 俺の無言の圧力にビビったのか、声を上擦さらせながら、捨て台詞を残して去っていく。


 やれやれ、面倒な奴だ。



 多少の波風はあれど、俺は概ね穏やかな日々を過ごしていた。


 俺がここに来てからもう5ヶ月。

 劇的な変化こそ無いモノの、村の暮らしぶりは向上の兆しを見せている。


 荒れ放題だった村の畑を整地し、森の害獣たちを駆除した。

 これによって、今後の農作物の収穫は上向くだろう。

 何より狩った獣たちの肉によって、一時的ではあっても村の食糧事情は大きく改善した。


 俺という男手が加わったことで、出来なかったことが出来るようになり、村は少しずつだが活力を取り戻し始めていた。


 だが、アリスティアと約束した期限まで残り1ヶ月程。

 ここから魔王城へと戻る時間を考えれば、俺に残された時間は後僅かだ。


 このまま約束を破って居座ることも考えたが、そうすればまず間違いなくアリスティアが俺を殺しに来るだろう。

 そうなれば、この村に迷惑を掛ける可能性がある。


 それにきっとアリスティアも、俺が約束を守ると信じたからこそ、ここへ来るのを許してくれたんだ。

 大人しく帰ろう……。


「マリア。俺は明日、この村を去ろうと思う」


「どうして!? キミの御蔭で、やっとこの村も少しずつ立ち直って来たのに……」


 ローズマリアが顔に手を当て、驚いた表情でこちらを見つめてくる。


「済まない。約束があるんだ……」


「ボクよりも、その約束の方が大切なの……?」


 そう言って潤んだ瞳でこちらを見つめてくる。


 やめてくれ、それは反則だ!


「違うんだ。……だがこのまま俺がこの村にいると、きっと迷惑を掛けてしまう……」


「なんで!? せめて理由(わけ)だけでも教えて……」


 そう言ってこちらにすり寄ってくるローズマリアに対し、俺は言葉に詰まる。

 勿論、彼女の事は信頼している。

 だがそれ以上に俺の隠し事は大きすぎるのだ。

 下手に知れば、彼女に危険が及ぶかもしれない。


「ボクのことが信用できないの?」


 ローズマリアが悲しそうな表情を浮かべながら、そう言う。


「違う! 驚かないで聞いてくれ――」


 結局、俺は全部彼女へと話す事にした。

 どうせループすれば、全て忘れてしまう。

 そんな半ば投げやりな打算もあったと思う。



「そうだったんだ……」


 俺が魔王であること、ループしていること。それらの詳しい事情を告げられて彼女は、驚きの表情こそ浮かべたものの、それだけだった。


「俺の言っていることを信じるのか?」


「うん。確かに驚きはしたけど、レインが嘘を言うはずないもんね」


 この無条件の信頼には、かつてアリスティアが俺のループを受け入れてくれた時と同じ嬉しさを感じる。

 もっともアリスティアの場合は、真実を知っていたが故の態度だったのだが……。

 だが、ローズマリアは違う。

 彼女は間違いなく普通のヒューマンであり、ループの事など知っているはずがない存在だ。


「でも魔王っていう割に、レインは普通の人とあんまり変わらないよね~? ちょっと力持ちなくらい?」


「ああ、これで魔力を抑えているからな」


 そう言って俺は、腕に付けていた魔力封印の魔法具を取り外す。


「わぁっ!!」


 その瞬間、ローズマリアがビックリしたようにその場を飛び退く。

 その反応を見て、俺はすぐに魔法具を身に付ける。


「驚かせたようで済まないな。だがこれで分かってくれたか?」


「う、うん。魔王って凄いんだね~。良く分かんないけど凄くビックリしたよ」


 目をぱちくりさせながらも、そう笑顔ではにかむローズマリア。

 そこには悪意など感じられず、俺は内心でホッと一息ついた。



「そ、それでさ。その、今夜、ウチに泊まっていきなよ……」


 若干の照れを見せながら、そう言うローズマリア。


 流石に年頃の女性の家に泊まるのはマズイいう訳で、これまで夜は村の空き家で寝ていた。


 それなのに、わざわざそんな事を言ってくるのは……。


「あ、ああ……」


 きっと、そういうことなのだろう。

 俺も年頃の男性だ。

 そういう事を考えない訳じゃない。


 ……僅かにアリスティアの姿が俺の頭をよぎるが、努めてそれを振り払う。


 ◆◆◆


 翌朝、目を覚ますと隣にはローズマリアの寝顔があった。

 食料事情が改善されたおかげか、その顔立ちも以前より肉付きを得て、健康的な魅力に溢れている。


 この寝顔を見れただけでも、半年頑張った甲斐はあったよ……。


「ああ、おはようレイン……」


 やがて目覚めたローズマリアが、寝ぼけ眼をこすりながらそう言う。


「おはよう、マリア」


 マリアが若干ガニ股で立っているのを見て、ホントに致したんだなぁと、改めて感慨深い思いに耽る。


「えへへ。目が覚めたらレインが近くにいるって、なんだか安心するね」


 まだトロンとした眼をこちらに向けながら、そんなことを言うローズマリアの姿が可愛すぎた為、俺は思わず彼女を抱きしめる。


「ちょっ、どうしたの、レイン。もう、甘えん坊さんだなぁ~」


 そんな風にして、最後の2人きりの時間を甘々に過ごした。


 だが幸せな時間はそう長くは続かない。

 俺は魔王城へと戻る為、これからこの村を後にすることになる。


 ◆


 見送りには、ローズマリアは勿論、村の女の子達全員が駆けつけてくれた。

 村長の息子ザシャの姿は、無い。


 まあ、あんな奴に見送りに来られても、こっちが困るだけだけどな。


「それじゃあ、レイン。元気でね。……用事を済ませたら絶対ここに戻ってきてよ!」


 ローズマリアのその別れの挨拶に、俺は目頭が熱くなるのを感じる。


「ああ……」


 色々な想いが、頭を巡るが、結局そう短く返すことしか出来ない。


 多分俺はもうここには戻ってこれない。

 これから魔王城へと戻り、ループをやり直すからだ。

 そしてそれは彼女も知っている話である。


 彼女が言った言葉の意味は、ループしても再びこのシュティルハイム村に来いということだ。

 ループをやり直した後では、ローズマリアは俺の事を覚えていないだろう。

 それでも、また俺に会いたい。

 そう言ってくれているのだ。



 思わず泣き出しそうになる衝動を必死で抑えながら、こうして俺はシュティルハイム村を去った。

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