10 魔王、旅立つ決意をする
薄暗い闇の中に、俺の意識は沈んでいた。
もう何度めだろうか。この空虚な場所を訪れるのは。
前回のループは色々と衝撃的だった。
襲撃者の正体もそうだが、そもそも俺が謎のループを繰り返すのは、アリスティアの所為だったとは……。
「――魔王様っ! 魔王様っ!」
そんな事を考えていると、声が意識の外から響いてくる。
「――お目覚め下さい! 魔王様!」
毎度のようにアリスティアが、俺に覚醒を促す。
俺の意識はゆっくりと覚醒していく。
目の前には、見慣れたアリスティアの姿があった。
「ああ、良かった。ようやくお目覚めになられましたか、魔王様……」
アリスティアは、瞳から涙が零れ落ちるのを拭いながらも、花が咲いたような笑みを見せてくれた。
だがもう俺には、その意図も何もかもわかっている。
そうやって俺を何度も欺いて来たんだろう?
「下手な芝居はやめろ、アリスティア」
「あら、お芝居などではなく、本当に心配しておりますよ?」
嘘をつけ、そう言いたい所だが、その表情には何ら曇りは存在しない。
理解出来ないが、多分コイツは本気でそう思っているのだろう。
それが余計に事態をややこしくしているのだが……。
「お加減はいかがですか? ナイトレイン様」
そう言って、俺を気遣うように上目遣いで覗き込んでくる。
くっ、やっぱり間違いなく可愛いんだよな……。
仕草といい、整った顔立ちといい、間違いなく一級品だ。
真実を知った今でも、やはりアリスティアの魅力には抗えないモノがある。
美少女はホント得だよ……。
「で、俺は今回のループから何をやればいいんだ?」
投げやり気味に、俺はそう質問を投げかける。
俺自身が強くなるのがダメならば、一体どうやって勇者カノンベルを倒せというのだろうか。
これまでの経験上、俺以外に倒せる可能性を秘めているのは四天王くらいだが、彼らは弱いままの俺に対しては非協力的だ。
アリスティアが隠していた実力を発揮すれば、勇者くらい軽く倒せそうだが、それも良く分からない理由でダメらしいしな。
「またメイド達とでも、遊んでいればいいのでは? 多少の浮気でしたら、男の甲斐性として受け入れる度量はあるつもりですよ?」
アリスティアは、いつの間にか――いや最初からか?――すっかり俺の嫁気取りだ。
美少女の嫁は歓迎したい所だが、その所為で何度も死ぬ羽目になるのは、ちょっとご勘弁願いたい……。
「はぁ、少し考えさせてくれ……」
アリスティアには退出してもらい、一人これまでの状況を整理する。
まず前回上手くいきそうだった、俺自身が強くなり勇者を倒すという案。
これはダメだ、前回同様、俺がアリスティアに殺されてしまう。
ではアリスティアに勇者を倒させるという案。
いい考えだと思うのだが、勇者システムがどうとか、良く分かない理由で却下される。
詳しくは教えてくれないが、どうもアリスティアには勇者カノンベルと戦えない事情があるらしい。
ならばアリスティア以外の四天王たちに勇者を倒させてはどうか。
これも難しい。ジェレイントとブリアレオスの2人は、俺が強くならないと協力してくれないし、ラエボザに至っては仲良くなれる糸口すら見つからない。
となると残るのは、強くなる前の勇者カノンベルを倒すという案だが、これは論外だ。
既に何度となく挑戦したが、必ず倒す寸前で勇者として覚醒する。
勇者として覚醒した彼女に、弱いままの俺ではまず勝ち目はないだろう。
「おいおい、八方塞がりじゃねーか!」
やはり俺自身が強くなってはいけないというアリスティアに課せられた縛りが、かなり厳しい。
ていうか、どう見ても詰んでるだろ、これ……。
現状では、もはや良い案は浮かんでくる気配すら無かった。
「この世界について知る必要があるな……」
兎にも角にも、今の俺に圧倒的に情報が不足している。
魔法の知識だって、アリスティアによって教えられたが、それはあくまで戦闘用のモノに限る。
だが実際の魔法には、アリスティアが魔法によってループを完成させたように、魔王を召喚したように、幅広い分野に活用できるだけの応用力が秘められている。
何より、俺はこの世界の事を余りに良く知らなすぎる。
何故、魔族と人間は争っているのか、魔王軍が侵略をしているのは何故か。
教えられた上辺だけの知識しか、知らない。
それ以前に、魔族の事も人間の事も実は良く分かっていない。
特にそれぞれの国で暮らす民衆の事など、まるで知らないのだ。
こういった俺の知らない情報の中に、アリスティアの裏を掻ける、あるいは強くならずとも勇者を倒せる手段が、隠されているかも知れない。
だが、そういった情報をこの魔王城にいるだけで手に入れるのは、難しい。
ならば俺の選ぶ行動は一つ。
「城を出て、旅をしよう。世界を見て回り、もっと色々な事を知る事から始めよう」
幸いと言っていいのか、ループのおかげで俺はいくら失敗を重ねようとも、心さえ折れなければ致命傷とはなり得ない。
ならば後は覚悟の問題だ。
「アリスティアよ! 俺は城を出るぞ!」
そんな俺の宣言に対してアリスティアは大分渋っていたが、粘り強い説得によってどうにか許しを得る事が出来た。
「仕方ないですね。ただし、勇者が来る半年後には、必ずこの魔王城へと戻って来て下さいね。追跡魔法を掛けますので、逃げようとすればすぐさま殺しに参ります」
もっともそんな条件を突き付けられたが。
僅か半年という短い期間ではあるが、俺は自由を手に入れ外の世界へと旅立つ事になった。
果たしてその先に一体何が待ち受けているのか、今の俺にはまだ知る由は無かった。
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