9 襲撃者の正体

 俺の目の前には、以前のループにて俺を無残に殺した襲撃者が微笑んでいた。

 彼女は、今回のループでも同じ手口で俺を殺そうとしていた。


「何故だ! 一体どうしてお前がそんな事をするんだ! 教えてくれ、アリスティア!」


 そう、襲撃者の正体は、アリスティアだったのだ。


 候補の端にも上がらない程に、彼女を信頼していた俺が受けた衝撃は非常に大きかった。

 ショックのあまり、全身の震えが止まらない程だ。


「それはですね。私が魔王様を愛しているからですよ」


 今まさに俺を殺そうとしている彼女だったが、表情からそんな様子は窺えない。

 ただいつものような優しげな微笑みを浮かべているだけだ。


「何を言っている! それでどうして俺を殺す事になるんだ!」


「それは勿論、あなたとずっと一緒に過ごす為ですよ。魔王様」


 アリスティアが何を言っているのか、俺にはさっぱり理解出来ない。

 だが彼女の表情は、何を当たり前のことを、とそう言わんばかりだ。


「……どういう事だ? 説明してくれ」


「魔王様は、ずっとループを繰り返していらっしゃる。以前、そう語ってくれましたよね?」


「ああ、確かにお前にはその話をしていたな……」


 ループなどという突飛な話を、アリスティアはいつも変わらぬ笑顔で受け入れてくれた。

 故に俺も最近では、ループが始まる度、彼女にその事を説明するようにしていたのだが……。


「実を言いますと、私もループしているんですよ。魔王様と同じ様に、ね……」


「はぁっ?」


 こいつは今なんと言った?

 自分もループしている、だと……。


「いえ、より正確に表現するのならば、実際にループしているのは私であって、魔王様はそれにただ巻き込まれているだけなんですよ」


 なん、だと……。


「魔王様とずっと一緒に過ごす為、私は魔王様が不慮の事故等によって死ねば、その瞬間ループが発生するように魔法を掛けました。ちょっとした手違いで、魔王様まで記憶を保持したままループすることになってしまいましたが……」


「……ならば俺の死を回避する為、ループするようにした。そういう事、なのか?」


「ええ、その認識でほぼ間違いありません」


「ならば、何故今、俺を殺そうとする!」


 アリスティアが言っていることが正しいのなら、余計に不可解だ。

 どうして俺を生かす為に行動していた彼女が、俺を殺そうとする。


「それは……。魔王様が悪いのですよ」


 そこでどうして俺が悪くなるのか。まるで意味が分からない。


「魔王様が勇者を倒す為に修行をしましたよね? その結果、どうなりましたか?」


「……? 四天王をも上回る、魔王らしい実力を身に付けたな。だが、それがどうしたというのだ?」


 魔王が、魔王らしい強さを得た。

 その事に一体何の問題があると言うんだ。


「強くなり過ぎたんですよ、魔王様は。このまま、魔王様が強くなり続ければ、もはや誰も魔王様を殺せる存在が居なくなります。そうなると、魔王様の死を起点としているループが発生しなくなります」


 そう言えばさっき、不慮の事故などで死んだ場合、ループすると言っていたな。

 裏を返せば、老衰などの寿命による死は、ループの適用範囲外ということなのか。


「ループが発生しないまま、魔王様が老いて死ねば、それですべて終わりなんです。そんなの私には耐えられないんです……」


 悲しそうに俯きながら、そう語るアリスティア。

 そこまで俺の事を……と、ちょっとだけ感慨深い気分になる。


 いや、待て待て。そうじゃないだろう!


「なので、また一緒の時を過ごす為、ここで私が魔王様を殺します」


 悲し気な表情から一転して、輝かしいばかりの笑みをこちらに向けながら、両手に魔力爪を構えるアリスティア。


「貴様! 魔王様に対して非礼が過ぎるぞ!」


 そんなアリスティアの態度に、それまで黙っていたジェレイントが堪えかねてか、怒りの表情を見せる。

 やはり彼が俺に対して見せていた忠誠心は、本物だった。


 信じきれなくて御免な、ジェレイント……。


「魔王様の敵は、僕が排除する! 行くぞ、ブリアレオス!」


「がっはっは、しゃーねーなぁ。アリスティアの嬢ちゃん、悪いが死んでもらうぜぇ!」


 勇者の仲間共と対峙していたはずの2人が、反転してアリスティアへと向かう。

 空気を読んでくれたのか、幸いにも勇者パーティに、動き出す気配は見られない。


「覚悟!」


「死ねや、おらぁ!」


 左右から同時に、アリスティアへと攻撃が飛ぶ。


 アリスティアの華奢な肉体では、2人の攻撃は耐えられまい。

 来たる惨劇に目を塞がないよう、必死にその瞬間の訪れを見守る。


 ガガンッ、と大きな衝突音が俺の耳へと響いてくる。


「なっ」「まじかよ……」


 何処にそんな力が存在するのか、小柄な身体であるアリスティアが、2人の攻撃を軽々と魔力爪で受け止めている。

 余りの不可思議な光景に、攻撃を仕掛けたはずの2人が呆気に取られている。


「あなた達は邪魔よ……。そこで死んでいなさい」


 そう冷たく宣言すると同時に、二筋の閃光が走る。


「がっ!?」「ぐげぇっ!?」


 ジェレイントとブリアレオス。2人の身体がほぼ同時に、縦に真っ二つに引き裂かれた。

 目の前で血飛沫を上げながら倒れる2人の死体を見つめながら、俺は恐怖に立ち竦んでしまった。


「おっ、おかしいだろ! いくらお前でも、四天王2人を相手にして、そうあっさり勝てるはずが……」


 確かにアリスティアは四天王の中でも頭一つ抜けた力を持つ。だが、それも魔王として十全な力を得た俺よりも劣る程度の実力のはず。

 四天王2人を同時に相手にして、鎧袖一触するなんて実力ある筈が無い。

 だが、今のアリスティアから感じる魔力は、俺の知っているものとは、質も量も異なる。


 まるでこれは……。


 そんな俺の疑問に答えるかのように、アリスティアが語りだす。


「実は私、始祖吸血鬼(オリジンヴァンパイア)になる以前は、ヒューマンだったんです」


 そう言えば、始祖吸血鬼(オリジンヴァンパイア)は他の吸血鬼たちと違い、純粋なヒューマン種のみが使える、進化の秘法と呼ばれる儀式を行うことで至る存在だと聞いたことがある。

 ならば、アリスティアがかつてヒューマン種であったというのは、別になんらオカシイ話ではない。


「……それが一体どうしたと言うのだ」


「まだヒューマンだった頃、私はこう呼ばれていました。勇者アリスティアと……」


「はっ? はぁぁ!?」


 ここに来て、また訳の分からない事実が判明した。

 アリスティアが勇者……だと……。


「勇者だった私は、当時の魔王を退治した後、まあ色々とありまして人間共と決別しました。そして、進化の秘法を使い、始祖吸血鬼(オリジンヴァンパイア)となりました」


 そうして語ってくれた。

 勇者だったアリスティアが魔族として生きた日々の事を。


「――そうやって魔族としての生に満足していた私ですが、ある時、重大な事実に気付きます」


「何に気付いたと言うんだ……」


 一体何に彼女は気付いたと言うんだ……


 アリスティアの言う重大な事実とやらに俺は身構える。

 ゴクリ、と唾を呑み込み、次の言葉を待つ。


「そう、私はまだ、恋をした事が無かったのです……!!」


「……は? はぁぁぁ!?」


 余りの突飛な発言に、思わず状況も忘れ叫んでしまう。


 いきなり何を言い出すんだ、お前は!


 まさに開いた口が塞がらないとは、こういう状況を指すのだろう。

 だがそんな俺の様子など、お構いなしにアリスティアは話を続ける。


「長い人生(とき)を生きて来た私ですが、これまで運命の人と出会うことは叶わず、未だ恋知らず処女(おとめ)のままでした」


 キラキラとした瞳でそう語るアリスティアを前に、俺はなんだか眩暈がしてきた。


「そこで私は考えたのです。運命の人を待っていても出会えないのなら、逆にこちらへと呼びつけてしまえばいいと……!」


 駄目だ。なんかもう色々付いていけない。

 ……アリスティアってこんな変な奴だったっけ?

 俺の中の美しかったアリスティア像が、ガラガラと音を立てて崩れていくのを幻視した。


「そこで思いついたのが、魔王召喚の儀式を利用することでした。本来の儀式は、ただ魔王としての適格者を呼び出すだけのモノでしたが、私はその儀式に改良を施し、私の運命の人を呼び出す儀式へと進化させたのです!」


 それは進化と呼んでいいのだろうか。

 いや突っ込むべきところは、そんな些細な所じゃないな……。


「そうして行った儀式で呼び出されたのが、魔王ナイトレイン様。そう、あなた様なのです!」


 そんなしょーもない理由で、俺はこんなに苦労する羽目になったのか……。


「ナイトレイン様が私の目の前へと姿を現した瞬間、私は直ぐに確信を得ました。ああこの人こそ、私が生涯を掛けて愛す良人(おっと)となる方だと……」


 要は俺の召喚は、アリスティアにとっては婚活の一環に過ぎなかったわけだ。

 え、ちょ、ええー……。


「あなた様は魔王。ですがその魂はヒューマンのモノに極近い。故にその寿命もまたヒューマン同様、そう長いモノではありません。それを知った私は、あなたと末永く生きる為にはどうすればいいか、必死で考えたのです」


 そういう事か……。


「それで、自身をループさせるに至ったという訳だな……」


「ええ、その通りです。流石は魔王様、ご慧眼お見事です」


 花の咲いたような清々しい笑顔を向けてくるが、今の俺には、何か薄ら寒いモノしか感じられなかった。


「そして今私は、二つの研究を進めております。一つは魔王様の御寿命そのものを長くする為の方法。そしてもう一つは、魔王様の肉体をヒューマンのそれへと完全に変化させる方法です」


「寿命の方は、まあ理解できるが、俺の肉体をヒューマン種のモノにするっていうのは、どういう事だ?」


 ヒューマンは寿命が短い。完全にヒューマンとなってしまえば、今よりも更に早く死んでしまうぞ?


「その理由は簡単です。魔王様がヒューマンとなれば、私との間に子供が作れるからですよ」


「……あー」


 ヒューマンとしての性質が一部残っている為、始祖吸血鬼(オリジンヴァンパイア)は、ヒューマンとの間に子供を作る事が可能だと聞いた事がある。


「私と魔王様の間に生まれた子供ならば、きっと素敵な子に育つと思うんですっ!」


 生まれる子供は、真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)と呼ばれる吸血鬼の中でも最強の存在となる。

 それも、親が元勇者と魔王となれば、その潜在能力は、計り知れないだろう。


「それに純粋なヒューマンならば、私同様、進化の秘法によって始祖吸血鬼(オリジンヴァンパイア)になることも出来ますから、いずれにしても寿命の問題は解決します」


 高位の吸血鬼(ヴァンパイア)にはいわゆる寿命と呼ばれるモノは存在しない。

 彼らの死因のほとんどは、長い生に飽いたが為の自殺によるものだ。


「ですが、残念ながらまだ準備は整っておりません。なので、私の準備が整うまでの間、魔王様にはループを続けて貰わなければいけないのです」


「……事情は何となく理解した。だが、それならどうして俺に相談してくれなかった? 事情を知っていれば、俺にも色々とやり様はあったのに……」


「その点は申し訳無く思っています。ですが私はまだ、魔王様を完全には信頼し切れていなかったのです……」


「俺を愛しているのに、か?」


「愛と、信頼はまた別物でしょう?」


 そうにべもなく断言されれば、返す言葉もない。

 まあ、俺自身が信頼に値する存在かは、疑問の余地があるしな。


「御理解して頂けたようで何よりです。それで申し訳ありませんが、これから魔王様には死んで頂きます。また、こうして事情を知られた以上は、今後は魔王様が強くなろうとすれば迷わず殺してループして頂きますので、その点どうかご留意を」


「なっ。俺に強くなるな、とでも言うつもりか!」


 最後の最後でまた爆弾を投下しやがった。

 なんて奴だ……。


「ええ。魔王様には才能があります。無際限に修行を重ねられれば、いずれ私の手にすら負えない存在となるでしょう。残念ながらそれは看過できません」


「だが、それでは勇者カノンベルはどうする?」


「私が殺します、……と言いたい所なのですが、私もまた一応は勇者。……勇者システムにエラーが発生する危険がある為、出来れば手出しは控えたい所ですね。ですから魔王様には、私の準備が整うまでは、我慢して頂く他、御座いません」


「俺に何度も無意味に、ただ勇者に殺され続けろと言うのか……」


 なんて地獄だよ、それは……。


「別に勇者を倒してしまっても構いませんよ。但し、魔王様自身が強くなるのだけは、許容致しませんが……」


 強くならずに倒せとか、なんて無茶を言いやがる。


 おいおい、誰かアイツ(アリスティア)を止めてくれよ。


「さて、勇者たちが、置いてけぼりを食らって可哀想ですので、そろそろ幕引きとしましょうか。それではまた、次のループでお会いしましょう、魔王様」


 アリスティアが、今日一番とも言える素敵な笑顔を浮かべている。

 だが、今の俺にはそれが妙に憎たらしく感じられた。


「くそっ! 覚えてろよ!」


 その捨て台詞と共に、俺の意識は消失した。

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