7 魔王、勇者を迎撃する

 アリスティア、ジェレイント、ブリアレオス。……そして魔王たるこの俺。


 これまで経験したループの中で、最高の迎撃チームが結成された。


 各々の戦力を分かりやすく数値化してみれば、アリスティアを基準の10とし、ジェレイントとブリアレオスは9。そして俺は12という所か。

 俺の見立てだから、多少のズレはあるだろうが、そう大きくは間違ってはいないはずだ。


 以前のループでの俺の戦力は、多く見積もっても精々2に満たないことを考えれば、今回の迎撃チームの強さが分かろうというモノだ。

 以前が10+2=12だったのが、今回は、10+12+9+9=40。その戦力比は、3倍を超える。

 勿論、実際の戦闘における強さは、そんな足し算で測れるような単純なモノではないが、それでも俺を安心させるには十分な説得力があった。


 勝てる。今回のループこそ、勇者に勝てるぞっ!


「では、作戦を練るとしよう、まず――」


「魔王様、宜しいでしょうか」


 俺がそう言いかけた所に、アリスティアが横から声を上げる。


 アリスティアが俺の言葉を遮るなんて珍しいな。


「どうした、アリスティアよ」


「迎撃作戦についてですが、私に勇者の仲間共を抑える役目をお任せ下さい」


「ふむ……」


 アリスティア自身は知らないはずだが、以前のループで確か、彼女は一人で奴らを抑えることに成功していた。

 それを思えば、決してその提案は大言壮語ではないだろう。


「……良いだろう。ではその隙に、残った我らで早急に勇者を仕留めるぞっ! 良いな二人ともっ!」


「仰せのままに」


「複数で一人をボコるってのは性に合わねぇが、しゃあねぇな」


 ◆


 そして決戦の時はやって来た。


「伝令! ラエボザ様が敗北しました!」


 アイツ、策があるとか言ってる癖に、いつもあっさり負けてやがんな。


「いよいよ来るぞ。皆の者、覚悟を決めよ」



 程なくして、玉座の間の入り口の扉を蹴破る音が聞こえてくる。


「見つけたわよ、魔王ナイトレイン!」


 勇者として覚醒したカノンベルは、いつも鬱陶しいくらいに強気な表情で、この玉座の間へと乗り込んでくる。

 もう何度も見慣れた光景だ。


「我が名は、勇者カノンベル! 人間種族の未来の為、あなたを倒しに来たわ!」


「待っていたぞ、勇者よ。だが、貴様の進撃もここで終わりだ」


 今回は、以前とは違いハッタリではない。

 ガチで勝つ気満々だ。


 下手な問答は、今回は不要! ただ全力をもって打ち倒すのみ!


「行くぞ! 大地槍・乱舞アースグレイヴ・ダンシング


 いつも受け身に回っていたからな。

 今回はこちらが先手を取らせてもらおう。


 俺の魔法によって石床が割れて、そこからいくつも土の槍が勇者たちを襲う。


「ちっ」


 咄嗟の回避によって、彼らの隊列が崩れる。


「アリスティア、今だ!」


「行きます!」


 アリスティアが突撃を仕掛け、それによって勇者とその仲間たちが分断される。


 よし! 狙い通りだ!


「さてと、勇者よ。悪いがこれで3対1だ」


 勇者の前へと進み出て、そう宣言する。

 俺の動きに連動するように、ジェレイントとブリアレオスの2人も、勇者を取り囲むようにして両側から距離を詰めている。


 言葉にせずとも、仲間たちには自然と俺の意図が伝わる。


 うーん。いいね。この如何にも連携しているって感じ。


 こうしていると、あれほど嫌だったはずの実戦に、楽しさを感じてしまっている自分に気付く。

 人間変われば変わるもんだ。

 まあ俺は人間じゃなくて、魔王だけどな!


「くっ、卑怯な!」


 流石に自身の不利を理解したのか、勇者がそう吐き捨てる。


 ふふん。そんなことを言っても、ただの負け犬の遠吠えにしか聞こえないぜ?


「では蹂躙を開始するとしよう」


 今俺はまさにビッグウェーブの頂点に立っている。

 多少の荒波じゃぁ、びくともしないぜ!


「おらぁ! 死ねやぁ!」


 左手側からブリアレオスが、その手に持った巨大なこん棒による攻撃を仕掛けていく。


「くっ」


 流石に剣では受け切れないと判断したのか、勇者はバックステップでそれを躱す。


「甘いですね。収束・雷撃波コード・ライトニングボルト


 その隙を逃さず、ジェレイントが雷撃の魔法を放つ。

 その一撃を勇者はどうにか剣で弾くが、その衝撃で態勢を崩す。


「貰ったぞ!」


 そこに俺が魔力で造った剣の一撃を放つ。


「きゃあっ!」


 直撃こそ避けられたものの、勇者を弾き飛ばされ、剣を失っている。


「終わりだな」


 長かった。

 思えばこの場面へと辿り着くまでに、俺は一体いくつの死を重ねたのだろう。

 もはや、正確な数は俺自身も覚えてはいない。

 だが、その死は無駄では無かった。


 勇者カノンベルは、武器を失い俺の前に無防備な姿を晒している。


 彼女の仲間達もアリスティアが抑えている。

 仮にそれを突破したとしても、今はジェレイントとブリアレオスの2人がいる。


 もはや俺が、勇者に止めを刺すのを邪魔するものは居ない。


「安らかな死を……」


 そう小声で祈りを捧げるように呟き、剣を振り下ろす。



 ……剣が勇者カノンベルへと突き刺さる寸前、俺の身体に異変が起こった。


「がっ、はぁっ」


 剣を取り零し、血を吐き出す。


 なんだこれ……。

 ハッキリとは分からないが、どうやら背後から、何かに切り裂かれたらしい。

 内臓をごっそりと持っていかれたのか、全身から力が抜けていく。


 目の前に視線をやれば、勇者もまた俺の方を見ながら、驚愕の表情で浮かべている。


 一体何が……。


 その声にならない俺の問いかけに答えは無く、俺の意識は消えていった。


◆◆◆


 薄暗い闇の中に、俺の意識は沈んでいた。

 まさかまたここを訪れる羽目になるとは……。


 一体何が起こったんだ。

 今度ばかりはあまりに不可解だ。

 何もかも順調だったはずなのに……。


「――魔王様っ! 魔王様っ!」


 そんな事を考えていると、声が意識の外から響いてくる。


「――お目覚め下さい! 魔王様!」


 アリスティアの声が聞こえてくるが、俺の意識は、前回のループの出来事に割かれており、気にする余裕など無かった。


 俺の意識は気が付けば、覚醒していた。

 だが、そんなことはどうでもいい。


「ああ、良かった。ようやくお目覚めになられましたか、魔王様……」


 一体何が起きたんだ。

 お願いだ。誰か教えてくれ!

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