6 魔王、自らを鍛えることを決意する
覚醒前の勇者カノンベルの討伐に失敗した俺は、覚悟を決める。
「やはり勇者を倒せる存在は、魔王。そう、この俺自身しかいない」
俺の知る限り、魔王軍において、勇者を倒せる可能性が秘めた戦力は、俺を除けば四天王のみ。
他がいくら束になっても、恐らく勇者1人にさえ、軽くあしらわれるだろう。
それに、勇者には、師匠であるアイゼンハルトを含め、何人もの強い仲間がいる。
彼らは、結成半年も経たない急造パーティにも関わらず、10年来の仲間のような連携を見せる。
そんな彼らを前にしては、いくら個々の実力が高かろうと、四天王一人ではまず敵わない。
ならばこちらも連携して当たればいいだけの話なのだが、奴らはそれぞれが癖が強すぎて、協力するなどという思考は、頭の端にも上がらないようだ。
唯一アリスティアだけは、俺に協力してくれるが、俺と2人で組んで戦っても勇者パーティには勝てない。
というのも、俺が足を引っ張っているからだ。
俺の魔力は、魔王というだけあって、四天王達よりも頭一つ抜けて高い。
だが、言ってしまえば、ただそれだけなのだ。
ジェレイントのように長年培った剣の腕も、ブリアレオスのような剛力も、ラエボザのような知略に長けた頭脳も、俺は持ち合わせていない。
端的に述べれば、そう、俺は魔力が高いだけの一般人なのだ。
それでは、アイゼンハルトによって長年鍛えられ、磨き上げられた剣の腕を持つ勇者カノンベルには対抗できない。
「アリスティア。俺に戦闘訓練を付けてくれ。それも徹底的にだ!」
「て、徹底的に、ですか?」
「ああ。俺が泣き言を言おうとも、構わず、限界まで鍛えて欲しい」
このループで出会って、間もないうちにそんな事を言ったせいか、アリスティアが困惑した表情で俺を見ている。
なので、事情を説明し、改めてお願いする。
「成程……。畏まりました。魔王様が、勇者に勝てるくらいまでなら、私が鍛えて差し上げます」
「ああ、頼んだ」
そうして、俺の修行に日々が始まった。
自分で言い出したことではあるのだが、アリスティアはその言葉以上に容赦なく俺を鍛えた。
「魔王様! また、足元がお留守ですよ!」
「くっ」
剣に、魔法に、体術に。
戦闘に必要な、ありとあらゆる技術を、この半年近く俺はみっちりと叩き込まれた。
魔王という存在である以上、元々才能はあったのだろう。
俺はメキメキとその実力を伸ばしていった。
「はぁぁぁ!」
「くっ、やりますね……。流石は魔王様」
遂に俺は、四天王最強であるアリスティア相手でも、1対1で圧倒できる程の実力を身に付けた。
そしてこの半年で、大きく変わったのは、俺だけでは無かった。
「おや、今日も訓練ですか? お疲れ様です。魔王様」
そう言って、恭しく頭を垂れるジェレイント。
その言葉端には、ループ当初に感じられた警戒感は一切無かった。
「おおっ、今日も頑張ってるじゃねぇか。今度俺とも模擬戦やろうぜ」
親し気な口調で、そう笑いかけてくるブリアレオス。
彼もまた、以前に見せていた敵意は、すっかりと消え失せている。
「ひょっ、ひょっ。頑張りますなぁ」
ラエボザだけは、相変わらず不気味な笑みの裏で、何を考えているのかは良く分からない。
ラエボザは兎も角として、これまで何をやっても、こちらとの距離を保とうとしていたジェレイントとブリアレオスの2人が、俺に歩み寄りを見せている。
……その理由は、きっと簡単な事だったのだ。
彼らは、俺が魔王に相応しい実力を示さなかったから、俺を魔王として認めていなかっただけなのだ。
現にこうして、その地位に見合った実力を身に付けた俺は、彼らに魔王として遇されている。
自身の力で勇者を倒そうと、実力を付けたことで、図らずしも四天王の連携という、かつての目標を達成しつつあった。
その事実に、若干複雑な思いもあるが、それでも嬉しい結果には違いは無い。
……今の俺は、そう。
まさにビッグウェーブに乗っている感に溢れていた。
◆◆◆
そうして、心も身体も絶好調の状態で、勇者を迎え撃つ日がやって来た。
俺は作戦を練るべく、四天王達を玉座の間へと集める。
今回は、なんと全員が集まってくれた。
「――という訳で、四天王諸君には、俺と協力して勇者の迎撃に当たってほしい」
「ひょっ、ひょっ、ひょっ。申し訳ありませぬが、儂は自身の策があります故、ご助力致しかねますのぉ」
そう言ってラエボザの奴が、玉座の間を去っていく。
だが、今回はジェレイントとブリアレオスの2人は、俺の要請を受け入れてくれた。
「成程、魔王様がそう仰るのならば、騎士として従わない訳には行きませんね」
ジェレイントが剣を顔の前へと掲げ、忠誠のポーズを取る。
「がっはっは、魔王様にそこまで言われちゃなぁ。今回は従っといてやるぜ」
ブリアレオスがこん棒を地面へと突き付けながら、そう言う。
四天王4人中、3人。そして、四天王以上の力を身に付けた魔王たるこの俺。
この4人で、勇者パーティを迎え撃つ。
これまでで最高の迎撃チームの結成に、胸の鼓動が高まるのを感じた。
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