5 誰か勇者を止めてくれ

 人間の領土の奥地にある、辺境の街ノースシュタット。

 その近くまで俺たちはやって来ていた。


「魔王様、少々ここでお待ちを。偵察に行って参ります」


 アリスティアが、勇者カノンベルの様子を探る為、先行する。


「ここは本当に寒いな……」


「なんせ大陸の北の果てですからね……」


 部下の一人が、俺の呟きにそう言葉を返す。

 思えば、何度となくループを繰り返した俺だが、こんな遠くまで来たのは初めてだ。


 まだ、この世界は知らない事だらけだな……。


「魔王様。只今、戻りました」


 偵察から帰って来たアリスティアが、勇者カノンベルの様子を報告する。


「現在、勇者カノンベルは、聖騎士アイゼンハルトと思わしき人物と共に、剣の鍛錬をしているようです」


「成程。それで奴は、既に勇者として目覚めていたか?」


 ここが肝心だ。勇者の覚醒前に間に合っていなければ、ここまでわざわざ出向いて来た意味が無くなる。


「それは恐らく大丈夫かと。あの者から感じる魔力は人間として常識的な範囲内でしたから」


 良し! これでもはや俺の策は成ったも同然だ!


「ならば後は逃がさないようにするだけだな。……本当は、寝込みでも襲うのがベストなんだが、悠長に夜を待っていて覚醒されれば意味も無い。直ぐに動くぞ!」


「「はっ!」」


 俺の言葉に、全員が声を揃える。


「アリスティアにはアイゼンハルトの相手を頼む。その隙に俺は、お前の部下たちを率いて勇者を倒す」


「畏まりました。全ては魔王様の仰せのままに……」


 アリスティアが頭を垂れて、そう頷く。


「では行くぞ!」


 そうして、勇者討伐作戦が開始された。


 ◆


「っ!? カノン! 俺の後ろに隠れろ!」


 カノンベルが剣を振るのを黙って見守っていたアイゼンハルトが、突然動き出したかと思うと、彼女の腕を掴み後ろへと追いやる。


「師匠!? どうしたの?」


「敵だっ……」


 カノンベル達は気が付けば、四方を取り囲まれていた。


「鍛錬中、邪魔をして済まなかったな、勇者カノンベルよ。いや、今は只のカノンベルか……」


「っ!?あなた達は一体……」


「死にゆく者に名乗らないのも失礼というものか。いいだろう。我が名は魔王ナイトレイン! 魔王軍を統べしモノだ!」


 そうカッコつけた名乗りを上げるが、実際は魔王軍を統べているわけではないし、魔王として何かをやった訳でもない。

 でもさ、何かこういうの憧れるじゃん?


「ま、魔王だと!? 確かに、この感じる魔力の量……。まさか、本当に魔王なのか……」


 アイゼンハルトが驚愕も露わに、そう呟いている。

 一方のカノンベルはと言えば、アイゼンハルトの後ろに隠れたまま、ただ生まれたての小鹿のように震えているだけだ。


 ……勇者として目覚める以前は、あんな人を見ればすぐ殺しに掛かってくる、狂犬のような性格じゃなかったんだな。


 今は、年相応のただの少女であるカノンベルに、俺はそんな感想を抱く。

 こんな幼気(いたいけ)な少女を殺さなければいけないのかと、俺の中にある良心が疼きを覚えるが、俺の人生には代えられない。


 悪いが、俺の為、犠牲になってもらうぞ!


「さて、お喋りはここまでにしておこう。悪いが殺させて頂く。……皆の者、手筈通りにせよ!」


 事前に下した指示通り、アリスティアがアイゼンハルトに対して突っ込んでいく。


「魔王様の為、あなたはここで死になさい!」


「ぐぅぅ!! まさかお前は、四天王のっ……」


 とはいえ、アイゼンハルトもかつては魔王軍に恐れられた程の猛者だ。

 いくらアリスティアとはいえ、鎧袖一触という訳には行かなかった。


 アリスティアが繰り出した魔力爪による連撃を、どうにか凌ぐアイゼンハルト。


 終始アリスティアの攻勢が続くも、決定打とはならない。

 一方のアイゼンハルトもまた、反撃へと転じることは出来ていない。

 ……恐らく後ろにいるカノンベルを気遣っての事だろう。


 一見、戦闘は膠着状態に陥っているように見えるが、そこは四天王最強の吸血姫アリスティア。

 僅かづつだが、アイゼンハルトとカノンベル、両者の距離が開いていく。


「今だ!」


 当然、俺たちもボーっと2人の戦いを見ていた訳ではない。

 カノンベルを殺す隙をずっと窺(うかが)っていたのだ。


「紅蓮・火炎撃クリムゾン・ファイアーブラスト!!」


 未だロクな実戦経験を積んでいない俺ではあるが、それでも魔王だけあって、魔力の質と量はピカイチだ。

 遠距離から、魔法を放つ分だけならば、例え素人の俺でも問題は無い。


 果たして、俺が放った巨大な火炎の球体は、カノンベルへと直撃コースを描く。


 殺った! そう勝利を確信した俺の視界に、影が飛び込んでくる。


「ぐあああっ!?」


「師匠っ!?」


 その影の正体は、アイゼンハルトであった。

 奴はアリスティアが抑えていたはず!?


 そう驚きながらも、倒れた彼の姿を見れば、その理由はすぐ判明した。

 彼はカノンベルの危機に際し、アリスティアに後背を晒すことも厭わず、飛び込んできたようだった。

 それを示すように、彼の背中には、アリスティアの魔力爪で引き裂かれた大きな傷がある。


 ……この傷では、俺の魔法を受けずとも、死は免れなかったはずだ。

 こうなることが分かっていたにも関わらず、命を張ってカノンベルを庇った彼の行動は、まさしく称賛に値すると言えるだろう。

 俺は心中で、彼の冥福を祈る。


「魔王様。申し訳ありません……」


「アリスティアよ。別に気に病む必要はない。殺す順番が僅かばかり前後しただけだ」


 アリスティアが恐縮した表情で、謝ってくるが、別に問題はない。

 アイゼンハルトが死ねば、カノンベルを殺す障害は無くなったも同然。 

 もはや俺の勝利への道筋に、揺らぎは無い。


 では終わりにしよう。

 アイゼンハルトの亡骸に縋りつくカノンベルへと、俺は魔力で生み出した剣の切っ先を向ける。


「済まないな……。さらばだ」


 思えば、感慨深い。

 俺は何度この少女に、殺されたのだろうか。


 首を刎ねられた事、身体を真っ二つにされたこと。魔法で全身を焼かれたこと。

 思い返せばいくつもの死に様が、俺の頭をよぎる。


 あれ、俺こいつに大分酷いことされてね?

 そう思えば、もはや僅かばかりにあった良心の呵責も消え去り、いっそ清々しい気分で俺は剣を振り下ろした。


 ガツンッ。

 振り下ろしたはずの剣が、その途上で何かに阻まれる。


「えっ?」


 いつの間にか、カノンベルが立ち上っており、俺の剣を自身の剣で、防いでいた。


「魔王! あなただけは絶対に許さない! 師匠の仇はこの私、勇者カノンベルが討つわ!」


 ぶわっ、と大きな風が吹いたような感覚を受ける。

 見れば、いつの間にかカノンベルの魔力が急激に膨れ上がっている。

 この圧力はまさか……。


「魔王様っ! 退いて下さい!」


 アリスティアが、退避を促す声を上げるが、一歩遅かった。


「魔王! 覚悟!」


 勇者の放つ剣の一閃に、俺はなんら反応出来なかった。


 ◆◆◆


 薄暗い闇の中に、俺の意識は沈んでいた。

 もう何度めだろうか。この空虚な空間を訪れるのは。


 折角、覚醒前の勇者を殺そうとしたのに、まさか止めを刺す直前で覚醒されるとは……。

 なんてご都合主義だよっ……。


「――魔王様っ! 魔王様っ!」


 そんな事を考えていると、声が意識の外から響いてくる。


「――お目覚め下さい! 魔王様!」


 この声はアリスティアだな。

 もう、ここに戻るつもりは無かったんだけどな……。


 俺の意識はゆっくりと覚醒していく。

 目の前には、もう何度も見慣れたアリスティアの姿があった。


「ああ、良かった。ようやくお目覚めになられましたか、魔王様……」


 アリスティアは、瞳から涙が零れ落ちるのを拭いながらも、花が咲いたような笑みを見せてくれた。

 だがそんな素晴らしいモノを見たにも関わらず、俺の心は暗く沈んだままだった。


 ◆


 それでも、覚醒前に勇者を倒すという案の魅力を捨てきれなかった俺は、その後、何度も挑戦を繰り返す。


 時に夜を待ち、寝ている所に奇襲を。

 食後で、身体が重くなっている所を。

 アイゼンハルトが傍を離れている一瞬を。


 考え付く限り、あの手この手を使って、カノンベルを殺そうと試みるが、なぜかいつも止めを刺す寸前で、アイゼンハルトが庇い、結果、カノンベルが勇者へと覚醒する。

 何をどうやっても、その繰り返しだ。


 カノンベルの勇者としての覚醒は、もはや運命づけられた事実のように確実に発生する。

 結局の所、俺が繰り返したループによって得たのは、ただその事実を思い知っただけであった。


 誰か勇者(アイツ)を止めてくれ!


 俺は、心の中でそう叫んだ。

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