4 勇者の情報を得よう

 気が付けば、俺は無限ループへと陥っていた。


 アリスティアに召喚されて、玉座の間で目覚めてから、約半年後、必ず魔王城へと攻めて来た勇者にその命を奪われるのだった。

 そして復活し再び始まりの玉座の間へと舞い戻る。

 ずっとその繰り返しだ。


「あーもう! やってられるか!」


 俺はループを繰り返す度、精神が徐々に摩耗していくのを感じていた。

 何をやっても、半年経てば殺され強制リセットを食らうのだ。それも無理がない話だ。


 だが何より、一番心にくるのは、一向に勇者対策が進展しないことだ。

 少しでも希望が見えれば、ループのし甲斐もあると言うのに……。


 一応記憶だけは保持したままなので、勇者の情報などは一応、蓄積されてはいるものの、それも微々たるものでしかない。

 勇者を倒すための方策は、未だ手掛かりすら掴めていない。


 何度とないループの中で、俺は、勇者についての調査を命じていたが、ロクな成果は得られていない。


 そもそも勇者とは、伝承の中にのみ存在する、かつて魔王を倒した英雄の事をそう呼ぶそうだ。

 なんでも魔王の出現に合わせて、勇者もまた人間、しかもヒューマン種に限定されたモノの中から、突如として目覚めるらしい。

 ……要するに魔王である俺が召喚されたから、あんな厄介な奴(カノンベル)が生まれたってことか。救えない話だ。


 カノンベルは、ここ魔王城から遠く離れた辺境の街で生まれ育ち、ある時を境に、突如として勇者としての使命に目覚め、仲間を集め、魔王討伐に旅立ったとのこと。

 どのループにおいても、その程度の情報しか得られていない。

 そもそも、カノンベルが勇者として目覚めたのはここ最近の事らしく、まともな情報が手元に届く前に、俺が奴に殺されてしまうのだ。


 どうも色々と手詰まりな印象を受ける。

 四天王達と協力して事に当たろうにも、どうも上手く行かない。


「ブリアレオスよ。人間達の中から、四天王一人では勝てない相手が出てくるかもしれない。だから今の内に我らで協力して当たる準備をしようじゃないか」


「おいおい。そんな人間いてたまるかよ。もし本当にそんなのがいるんだったら、俺の前に連れて来いよ。直ぐにぶっ殺してやっからさぁ」


 脳みそまで筋肉なブリアレオスは、常時こんな感じで人間を舐めきっている。


「なぁ、四天王全員で協力して事に当たれば、侵略速度も上がるんじゃないか?」


「ひょっ、ひょっ。奴らのように扱いにくい駒なぞ、不要だのう。儂の配下の妖魔師団がおれば、それで十分じゃて」


 策士なラエボザは、自分の思い通りにならない存在など、唾棄すべきものだとでも思っているのだろう。

 他の四天王と協力することなど、考慮にも値しないらしい。


「ジェレイント、ちょっと俺と話をしないか?」


「すいませんが、魔王様。今、少々取り込んでおりまして……」


 おい! お前、さっきまで暇そうにしていただろう!


 ジェレイントに至っては、そもそも俺とまともに会話を交わすことすら嫌がる。

 今のように、何かにつけ適当な理由を付けては、俺から逃げ回るのだ。


 ……何か嫌われるようなことでもしたかな?

 いや。何度ループしても、同じ感じだから、きっと何かやむにやまれぬ理由があるのだろう。きっとそうだ。


 こんな感じで、四天王達には、そもそも協力の余地すらないように見える。

 ああ、ホントにアリスティアの存在だけが救いだよ……。


 だが、アリスティアと2人だけでは、勇者たちには対抗できないことは、ループの中で嫌という程、思い知らされている。


 正直、打開策が思いつかない。

 半年という短い期間で、癖の強い部下たちを制御するなんて、精神的には凡人の俺には、土台無理な話なのだ。


「どうされました、魔王様。お元気が無いように見えますが……」


「ああ、実はな――」


 途方に暮れていた所に優しい声を掛けられ、俺は思わずポロポロと事情を全部話してしまう。


 全部、喋り切ってから、実は俺はループしているなんてぶっ飛んだ話をしてしまい、頭のおかしい奴だと思われたのではと、後悔しかけるが、幸いにもアリスティアは信じてくれた。


「……大変な経験をされていたのですね。分かりました。魔王様の為、ここは私が一肌脱ぎましょう!」


 月光を孕んだような美しい銀髪を揺らしながら、アリスティアがどこかへと出掛けてゆくのを、俺は黙って見送った。


 ◆


 結局、今回のループも進展がないまま、終わりそうだ。


「ああもう、いっそこれで終わりにして欲しい……」


 もうループなんてしなくていい。そんな思いを俺は抱き始めていた。

 僅か半年を繰り返すだけの人生に、何の意味がある。

 絶望の沼へと思考が沈みかけていた、そんな時だった。


「はぁ、はぁ。いらっしゃいますか、魔王様!」


「お、おう。そんなに息を切らしてどうした?」


 ずっと魔王城を留守にしていたアリスティアがようやく帰って来たらしい。


「勇者について重要な情報を得て参りました!」


「っ何! それは本当か!」


「はい! これは魔王様にしか生かせない貴重な情報かと……」


 そして、アリスティアは語ってくれた。

 勇者カノンベルが、勇者となった経緯について。


 ◆


 勇者カノンベルは、辺境の街ノースシュタットで生まれ育った。

 この土地は、人が住む土地の中でもかなり北の方に位置しており、厳しい寒さの為に、作物もロクに育たず貧しい土地であった。

 それでも彼女は12歳の時までは、優しい両親に囲まれ、貧しいながらも幸せな日々を過ごしていた。


 そんな彼女を悲劇が襲う。

 どこかから流れて来たはぐれ魔族が、街を襲ったのだ。

 魔族の領土から遠く離れていた為、ロクな軍備は存在しておらず、街は阿鼻叫喚の地獄と化した。

 そして、それに巻き込まれた彼女の両親は、亡くなってしまう。


 その地獄に終止符を打ったのは、聖王国でかつては騎士団長も務めていた、聖騎士アイゼンハルトであった。

 彼は、魔王軍との最前線で名を轟かせた猛者であったが、とある事情からその職を辞し、ここノースシュタットへと流れ着いていた。


 紆余曲折を経て、アイゼンハルトに引き取られることになったカノンベルは、彼の元で剣の道を歩む。

 剣の才能に恵まれていた彼女は、アイゼンハルトの指導の元、メキメキと腕を上げていく。


 そんな彼女に転機が訪れたのは、今から半年近く前のことだ。


「ねぇ、アイゼンハルト! 私、勇者になったの!」


「突然どうしたんだ、カノン。どこか頭でも打ったのか?」


 いきなりそんな事を言い出したカノンベルを、心配そうに見つめるアイゼンハルト。


「違うわよ! 頭の中に急に、勇者としての使命が湧いてきたの。今ならきっとアイゼンハルトにだって勝てるわ」


 その言葉通り、その後の模擬戦で、カノンベルはアイゼンハルトに対し、あっさりと勝利をもぎ取る。


 多少の老いによって、全盛期は過ぎたとは言え、アイゼンハルトは聖王国屈指の実力を持つ男だ。

 そんな彼にあっさり勝利したことで、カノンベルの勇者としての使命に目覚めたという言葉は、一気に現実味を帯びた。


 それから、アイゼンハルトのかつての伝手を頼りに、カノンベルは魔王を倒す為の仲間を募る。

 そうして、彼らを率いて魔王討伐の旅へと出発するのだった。


 ◆


 以上が、アリスティアが調べ上げた、勇者カノンベルの情報だ。


「アリスティア。良くやった! 今回は無理かも知れないが、この情報があれば、次回には奴を仕留めれるぞ!」


「お褒めの言葉、光栄に御座います」


 アリスティアが調べて来た情報が確かならば、俺のループ開始から、彼女が勇者としての使命に目覚めるまで、僅かだが時間がある。

 勇者としての力に目覚める前の、ヒューマンの少女一人くらいならば、いくらでも殺す方法はある。

 師匠である聖騎士アイゼンハルトの存在が多少厄介だが、隙を突けば問題はないだろう。

 最悪、アリスティアを連れて俺自身が出向けば、どうとでもなるはずだ。


「ふぅ、これでやっと勝てる……」


 ようやく勇者を殺す算段を付けれたことで、俺は安堵の吐息を漏らす。


「よし、今回は捨てるか」


 俺は、もう今回のループでも勝利は諦め、次回へと望みを託す。

 あんなに嫌だった死も、何度も繰り返せば、多少は慣れるというものだ。

 それよりも勝利への希望が、恐怖を打ち消してくれた。


 そして迎えた新しいループ。


 俺は念のため、アリスティアにも事情を説明しておくことにする。

 前回のループの経験を考えても彼女ならば、きっと受け入れてくれるはずだ。


「アリスティア。実はな――」


「成程、そのようなご経験を……」


 衝撃だろう俺の告白にも、表情一つ変えず、笑顔で受け入れてくれる。


 前回貰った勇者の情報といい、やはりアリスティアは、頼りになる。

 その上、超絶美少女なのだから、もはや欠点が見当たらない。

 強いて言えば、欠点が無いのが欠点かな?

 そんな風に内心でアリスティアを褒めちぎる。


「では、早速、勇者を殺しに向かうぞ!」


 あそこは人間の領土の奥地だが、少数で行動する分には恐らく問題はないだろう。

 俺は、アリスティアと彼女の部下である吸血兵団の精鋭数名を連れて、辺境の街ノースシュタットへと向かった。

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