3 部下達と協力しよう

 魔王城の玉座の間で目覚めた俺は、アリスティアから現在の状況を聞く。


 どうやら俺の予想は当たっており、やはり以前この場所に召喚された時と、全く同じ状況のようだった。

 ただ一点、異なるのは、俺にその当時の記憶があるということだけ……。


 すなわちこれは、俺がループしているという事に他ならない。

 その事実に内心俺は衝撃を受けていたが、時間は待ってはくれない。


 その後、記憶の通りに四天王を紹介され、アリスティア以外の3人からは警戒の目を向けられる。


「それで、これからについてなのですが――」


「ひょっ、ひょっ、ひょっ。別に今まで通りで良いのではないかのう、アリスティアよ。魔王様には、象徴としてこの玉座の間に座っておってもらえば、それだけで魔王軍の士気も上がろうものよ」


「まあ、待て……」


 このままでは、以前と同じ繰り返しだ。

 そうなれば、俺を待っているのは、勇者に殺されるという悲惨な末路だけだ。


 一度、死を経験したから言えることがある。

 ハッキリ言って、あれはヤバい。


 何がヤバいって、痛みも勿論そうなのだが、それ以上に精神に受ける負荷がキツイのだ。


 恐らく他人からは一種に見える死の瞬間は、本人の体感では永遠にも感じられる程に長い時間へと引き伸ばされるのだ。

 いつ訪れるとも知れない完全な死に怯え続けながら、その間、ただひたすら耐えねばならないのだ。

 それは、こうやって言葉で語る以上に大きな負荷となり得る。


 正直、もう2度と御免被りたい経験だ。

 ならばどうする。答えは一つしかない。勇者の襲来に備え、対策を練るべきだ。


「どうかしましたか、魔王様?」


 その為には、何が必要か?

 俺は、四天王達の顔を一通り見ながら、考える。


 魔王軍の中でも飛び抜けた実力の持ち主だったはずの彼らが、いくら勇者相手とは言え、どうして易々と敗れたのか。

 答えは簡単だ。


「四天王達よ! 魔王ナイトレインの名の元に命ずる! 連携訓練をするぞ!」


 そう。彼らは、個人で勇者たちに挑んだ。

 いくら彼らが強くとも、数の暴力の前では無力……なのだろう。多分。

 ならば、彼らを連携させれば、勇者を倒せるのではないか。

 そう思ったのだが……。


「「はぁ?」」


 何を言うのか、そう言わんばかりに呆然とした声を上げる四天王達。


 あれ、どうしてこんな反応!?

 俺の予想と違うぞ。


「仰せのままに、魔王様!」


 そんな中、ただ一人アリスティアだけは、その場に跪(ひざま)いて、俺の言葉に頷いてくれる。

 やっぱり彼女は、俺にとって癒しの存在だ。

 ……メイド達に浮気してごめんよ。


「はっ、話にならないな。バカバカしい。僕はこの辺で失礼させてもらうよ」


「……儂も実験が途中じゃったから、そろそろお暇させてもらおうかのう」


「2人も居なくなるんじゃ、俺も帰るかな。んじゃ、またな」


 3人はそれぞれ、そう言い置いてこの場から去ろうとする。


「あなた達っ、待ちなさい!」


 アリスティアが、それを阻止すべく声を上げるが、彼らに耳を貸すつもりはないようだ。

 コツコツと去っていく足音だけが響く。


 結局また、アリスティアと2人きりになってしまった。


「上手く行かないものだな……」


 死への恐怖に焦り、深く考えないまま行動をした結果が、このザマだ。


 その後、俺は機会を見ては、どうにか四天王達に連携を取らせようと行動する。

 だが、最初の一言が上から目線の言い方だったのが、いけなかったのか、以降も四天王達は、俺の話に耳を傾けることはなく、そうしている内に気が付けば、半年という月日が過ぎ去っていた。


「失礼致します! 魔王様、敵がこの魔王城に攻めて参りました!」


 いよいよ予期していたXデーがやって来た。

 前回とは違い、現在、玉座の間にメイド達の姿はなく、ただ一人アリスティアが傍に控えていた。


「どうしましょうか、魔王様?」


 アリスティアが、首を傾げながら俺へと伺いを立てる。

 その角度、その表情はまさに俺のツボにばっちり突いており、俺の下心を刺激するが、今はそんな事を考えている場合ではない。


「至急、四天王達をこの玉座の間へと集合させよ!」


 四天王達を連携させるという俺の策は、もはや体を為していないが、それでも足掻かない訳にはいかない。


「分かりました。直ぐに伝えて参りますので、少々お待ちを」


 そう言って、アリスティアが、四天王達を呼びに向かう。

 これで、全員集まってくれれば、取り敢えず勇者パーティを相手に単独で戦う、なんて無茶な事態にはならないはずなのだが……。


 もどかしい気持ちを感じながら待っていると、程なくしてアリスティアが戻って来た。


「……申し訳ありません。時既に遅く、ブリアレオスは敵の迎撃に向かっておりました」


「そうか……。それで他の2人は?」


「ラエボザは、何か策があると言って、城のどこかへと消えて行きました。ジェレイントは、その……」


「その、なんだ?続きを教えてくれ」


 アリスティアが何やら口篭もっているが、気にせず俺は続きを促す。


「その、実は、ジェレイントは、魔王様が信用ならない、と。そう言って、部屋から動きません」


「成程、な」


 確かに、それは言い辛いよね。

 ごめん、アリスティア。無理に聞き出しちゃって。


 そうして結局、アリスティアと2人で勇者パーティを迎え撃つことになった。

 何かの間違いで、四天王達が勇者を倒してくれれば、それが一番なんだけど、正直、望み薄かな……。


 それを証明するかのように、聞こえてくる城内の騒めきの声は、徐々にここに近づいてきている。


「ここね! 魔王ナイトレイン!」


 扉を勢い良く蹴破って、赤髪の美少女が姿を現した。


「我が名は、勇者カノンベル! 人間種族の未来の為、あなたを倒しに来たわ!」


 ああ、既視感(デジャヴ)を感じる。

 名乗りながら、剣を見せびらかすように掲げるその姿は、以前見たものそのままだった。


「あ、ああ。……良く来たな勇者カノンベルよ。我が城の歓迎は、喜んでもらえたかな?」


 務めて余裕ぶった表情で、俺はそう答える。

 わざわざそんな演技をしたのは、以前の経験で、下手な命乞いは、逆に寿命を縮めると知っていたからだ。


「ええ、強いのが3人程、歓迎してくれたわ。でもまだまだマナーがなっていないわね」


 目論見は上手くいったらしく、会話に乗ってくれる。

 ハッキリ言って、勇者の情報が少なすぎるのだ。

 少しでも情報を手に入れて、起死回生の一手に繋げたい。


「そうか、それは済まなかったな。部下の非礼は、この私直々に詫びるとしよう」


「いいえ、結構よ。だって、ここであなたは私に倒されるのだから!」


 勇者が剣を構え、臨戦態勢となる。

 それに応じてか、傍に控えていたアリスティアが、俺を庇うように一歩前へと進み出る。

 彼女が居てくれるおかげで、俺はまだボロを出さすに済んでいる。


 ……もしこれを生き残れたら、思いっきり感謝しないとな。


「まあ、待て。勇者カノンベルよ。何故、其方は戦う?」


「はぁ? そんなの決まっているでしょ。魔族によって虐げられるている人間種族の未来を救う為よ!」


 最初もそんなことを言っていたな。

 だが、今回は俺も多少は状況を把握している。

 反論をさせてもらおう。


「それは違うぞ。魔族だって必死なのだ。魔界の大地はもはや死に絶え、もはやあそこは魔族であろうと、生きていける土地ではなくなった。故に、我らは只、この地上に受け入れて欲しいだけなのだ」


 そもそも、魔族が人間の土地を侵略する切っ掛けとなったのは、それだ。

 とは言え、人間相手に残虐な行為をしている魔族が居ない訳ではないので、勇者の言っていることも、別に間違いではないのだが。

 ……特にラエボザ辺りは、相当えぐい事してるみたいだしね。


「詭弁を! あなた達が民を浚い、非道な実験を行っていることは知っているわ!」


 そんなことを考えていたせいか、案の定、突っ込まれたよ。

 ラエボザめ……。


「ふむ。そうかもしれぬ。だが、ならば勇者よ? 全ての人間が清廉潔白であると、果たして其方は言い切れるのかな?」


 正直、人間種族のことは、良く知らないが、多分これは勇者にとって耳の痛い話のはずだ。


「くっ、それでも、あなた達がここで倒さなければならない敵であることに、変わりは無いわ!」


 開き直りきれてない辺り、割と素直な性格をしていることが伺える。

 俺の話をこうしてちゃんと聞いてくれるだけでも、ある意味では四天王達よりマシだと思えてしまうのが悲しい。


「そうか、残念だ……」


 いや本当に。

 てかね。やっぱり無理だよ。

 出会ったばっかりの相手から、会話だけで弱点を引き出すとかさぁ!

 だって現実は、漫画や小説じゃないんだよ……?


「魔王ナイトレイン! 覚悟!」


 そしていよいよ戦闘が始まった。


「魔王様! 私が、勇者の仲間共は抑えます! なので、魔王様はどうか勇者をっ!」


 そう言って、アリスティアが勇者の後方に控えていた、そいつらへと向かって突っ込んでいく。


「皆、10分だけ持ち堪えて! その間に私が魔王を倒すわ!」


「「応っ!」」


 やれやれ。

 俺もこの半年、遊んでいた訳じゃないんだぜ。

 アリスティアにお願いして、ちょくちょく魔法の特訓とかしていたのだ!

 その成果を、今ここで披露させてもらおう。


 魔王と呼ばれるモノの実力。伊達ではないことを教えてやる!


「行くぞ! 勇者カノンベルよ!」


「やあぁぁぁ!!」


 ザシュッ、という肉が斬れた音と共に、俺の視界がクルクルと回転しながら地面へと落ちる。

 あれっ?


「皆! 魔王ナイトレインは打ち取ったわ!」


 どうやら、俺の実力は、ただの付け焼き刃だった模様です。

 10分どころか、なんと10秒も持ちませんでした。


 だってねぇ……。

 たとえ俺が魔王で、いくら魔力がずば抜けていたとしても、中身は所詮は戦闘の素人。

 ちょっと訓練したくらいで、まともに戦える程、現実は甘くないよ……。


 そんな今更な言い訳を自分にしながら、ゆっくりと俺の意識は消失していった。


◆◆◆


 薄暗い闇の中に、俺の意識は沈んでいた。

 魔王に転生し、勇者によって殺された後、この場所へと舞い戻り、復活。

 それから時を経て、勇者に再び殺された。


 勇者カノンベル、アイツ、マジなんなの?


「――魔王様っ! 魔王様っ!」


 そんな事を考えていると、声が意識の外から響いてくる。


「――お目覚め下さい! 魔王様!」


 この声はアリスティアか。

 また、戻って来てしまったようだ。


 俺の意識はゆっくりと覚醒していく。

 目の前には、やはりアリスティアの姿があった。


「ああ、良かった。ようやくお目覚めになられましたか、魔王様……」


 アリスティアは、瞳から涙が零れ落ちるのを拭いながらも、花が咲いたような笑みを見せてくれた。

 ……何度見ても、素敵な笑顔だ。


 また死んだという現実から目を逸らしながら、俺はそんなことを思っていた。

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