2 勇者が城に攻めて来た

 御付きのメイドたちと共にぐうたらな日々を送っていた俺の前に、晴天の霹靂(へきれき)たる事件が立ち塞がる。


「失礼致します! 魔王様! 敵がこの魔王城に攻めて参りました!」


「あ~、了解。四天王達に頑張ってくれと伝えておいてくれ」


 この半年、何度も人間達の軍がこの城へと攻めて来たことがあったが、そのいずれも四天王が一人でも出張ればすぐに撃退出来ていた。

 なのでこの時もそうなるだろうと、俺は欠片も疑っていなかった。


「し、失礼しますっ!」


「何度もうるさいわねぇ。魔王様は忙しいんだから、邪魔しないでよ」


 メイドのミリアが、そう言って伝令を追い出そうとする。

 だがこのときは珍しく、尚も伝令は食い下がってきた。


「も、申し訳ありません。で、ですが、どうしてもお伝えしなければならない事が……。四天王のラエボザ様が破れたのです!」


 ……ああ、あの爺が負けたのか。

 ただなぁアイツ、頭はいいかもだけど、戦闘能力自体はそんなに高くなさそうだし、不意打ちかなんか食らえば以外とあっさり負けそうだしなぁ。

 多少驚きはしたが、別にそれだけだ。

 四天王達は、まだまだ残っている。


「ふむ。それで?」


 俺は伝令に続きを促す。


「現在、ブリアレオス様が迎撃に向かっております」


「そうか、なら安心だな」


 ブリアレオスなら、多少の不意打ちなどモノともしない硬さがある。

 それにあの怪力は、まず人間じゃあ太刀打ち出来ないだろ。



 その考えが甘かったことは、直ぐに来た新しい伝令で分かった。


「伝令! ブリアレオス様が破れました!」


「っ!? なんだと!」


 安心しきって、眠りかけていた俺の脳みそが一気に覚醒する。


 あのデカブツがやられたとか嘘だろ、おい……。


 余りの事態に立ち尽くしていた俺に、更なる悲報が届く。


「伝令! ジェレイント様が破れました! 現在、敵の迎撃にアリスティア様が向かっております!」


「なっ、それは本当か!?」


「はっ、はい! 事実でございます!」


 あの騎士(ナイト)気取りのキザな奴も、やられちまったのか……。

 あれ? もしこれでアリスティアが負けたら、俺、ヤバくね?


「ど、どうしましょうっ。魔王様っ」


 メイドのフィアが不安そうな表情で、こちらを見上げる。

 おいおい、そんな目で見つめられても困るぜ……。


 フィアの不安が皆へと伝達したのか、玉座の間が俄(にわ)かに騒がしくなってきた。


「おいおい、マジでどうするんだよ。これ?」


 今俺に出来るの事は、アリスティアが侵入者を上手く撃退することをただ祈るだけ。

 だが、そんな俺のささやかな祈りは、通じず、新たな伝令がやってくる。


「ま、魔王様! アリスティア様が破れ、現在侵入者がここ玉座の間へと――」


 言葉は遮られ、ブシャーっ、と血飛沫が舞った。

 扉を開けたまま、アリスティアの敗北の報を知らせてくれた伝令の首が、ドタリと地面に転がった。


「そう、ここに魔王がいるのね」


 落ち着いた、だが激情の込められた声色が響いてくる。

 そちらへと視線をやれば、扉の傍に出来た血溜まりを、サッと飛び越えていく人影が見えた。


「あなたが、魔王ナイトレインね!」


 長い赤髪を靡かせながら、まだ年若いヒューマン種の少女が部屋の中へと入って来た。

 その後ろには、仲間と思しき連中が続く。


 何故か俺の名を叫んでいるように聞こえるのは、気のせいか?


「我が名は、勇者カノンベル! 人間種族の未来の為、あなたを倒しに来たわ!」


 その手に持った、如何にも勇者が持ちそうな荘厳な装飾に飾られた長剣を掲げながら、そう宣言する。


 ちなみに彼女が言う人間種族とは、ヒューマン種を中心とし、それにエルフ種とドワーフ種を加えたモノたちの総称だ。

 逆に言えば、魔族とは人間種族以外の知能を持った生物のことを指す。


 いや、そう言われても俺、何もしてないと思うんだけど……。

 ずっと魔王城で食っちゃ寝してただけだし……。


 だが、そんな俺の思いは露程にも伝わっていないらしく、既に勇者は臨戦態勢だ。


 ヤバい……。これはマジでヤバい。

 俺は一応、魔王とは呼ばれているものの、実戦経験どころか、まともな訓練すらした事が無い。

 ……百戦錬磨な四天王たちを悉(ことごと)く倒した勇者相手に、素人の俺なんかが敵う筈もないのだ。


 よし……。

 ここは、話し合いでどうにかする場面だ!

 この半年、メイド相手に鍛え抜いたコミュニケーション能力、見せてやるぜ!


「ま、まあ待て、話せば分かる……」


 そんな風に内心で意気込んでいた俺だったが、いざ勇者を前にすると、雰囲気に気圧されてつい、どもってしまった。


 俺は恐怖に思わず、両手を掲げ、降伏のポーズを取りながら、後ろへと一歩後ずさる。

 だが、その動きは一歩遅かったようだ。


「っ問答無用!」


 勇者が一気に前へと加速し、俺との間の距離を一瞬でゼロにする。


「殺(と)ったわ!」


 勇者の手に持った剣が、煌くのが見えた。

 次の瞬間、俺の意識は消失した。


 ◆◆◆


 薄暗い闇の中に、俺の意識は沈んでいた。

 魔王として転生し、そして勇者によって殺された。

 それだけは覚えている。


「――魔王様っ! 魔王様っ!」


 そんな事を考えていると、声が意識の外から響いてくる。


「――お目覚め下さい! 魔王様!」


 この声は……。

 まさかっ!? アリスティア!?


 俺の意識は急速に覚醒していく。

 目の前には、見慣れた少女の姿があった。


「ああ、良かった。ようやくお目覚めになられましたか、魔王様……」


 アリスティアは、瞳から涙が零れ落ちるのを拭いながらも、花が咲いたような笑みを見せてくれた。

 ……ああ、前にもこんな光景を見た気がする。


 あれ、もしかして俺、ループしてる?

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