第4話 進展

確かにこの少女はそう言った。

クレル=ド=ユスティーナ、

クレル公爵家の長女にして、

わずか十歳でその交渉の能力を高くかわれ、

港の交易の管理権の一部を任命された、公爵家の跡取り。

その能力の高さは首都にも伝わり、皇位継承権は第六位。

貴族だとは思っていたのだが、まさかの大物中の大物である。


仕事柄名前を調べる機会はあった。

しかし、まだ十歳という年齢もあって顔まで把握するつもりはなかった。

それ以前に彼女は過保護な祖父のせいで、公爵家の敷地からは出られなかったため、見ることも難しかったのだ。


(つまり、昼間の奴等はそれを知っていたから近づいたのか。)


恐らく誘拐による身代金か、殺害が目的だったのか分からないが、俺の想像よりめんどくさい事態だったようだ。

隣を見ると、ミリアも非常に驚いた顔をしていた。

皇位継承権第一位だったミリアも名前くらいは聞いたことがあったのだろう。

大抵、皇位継承権を持つ者同士が直接顔を会わせる機会は、暗殺などの観点からゼロと言っていい。

つまり、クーデターが起こる前ならばミリアをこの部屋から出していたかもしれない状況だが、幸か不幸か、クーデターのお陰でその必要はないようだ。

クレル=ド=ユスティーナにしてもいきなり心を開きかけていたミリアが、部屋からいきなり出ていったら驚くだろう。


「私のことはユスティーナとお呼びください。」


「それで、お名前を教えていただけますか?」


ユスティーナが当然の質問をしてきた。

名前を聞かれて、咄嗟に偽名が出そうになるのは職業柄だが、

流石にユスティーナに嘘をつくのは憚られた。


「ジンと申します。」


「ジンさん?ですか。」


ユスティーナが何か引っ掛かるような顔をしていた。

この事については特に思い当たる節はないのだが……


「どうかしましたか?」


「いえ、珍しい名前だと思いまして。」


なるほど。

確かにこの辺りでジンという名前は俺しかいないかもしれない。

二文字の名前の人自体が少ないのだから。


「よく言われます。自分を拾ってくれた人がつけてくれた名前なんですよ。」


「そうですが。変なことを聞いてしまい、すいません。」


ユスティーナがとても申し訳なさそうな顔をしていたので、

俺は慌てて気にする必要はない旨を告げて、

ひとまず収まった。


「そういえば、あなたのお名前は?」


暫しの沈黙のあと、ユスティーナが思い出したように、ミリアに名前を聞いた。

俺は最初に部屋に入ったときに言っているものだと思っていた。

よく自己紹介も無しに打ち解けられるものだと少し感心した。


「ミリアと言います。ユスティーナ様。」


「ミリア?あの皇位継承権第一位のミリア様と同じ名前なんですね。」


その言葉にミリアは少し反応して、何かを求めるように俺の方を見てきた。

どうやら真実を告げてもいいか?ということのようだ。

ユスティーナだけなら告げても何の問題もないような気がするのだが、あまり広まるのも不味い気がする。

確かにこれは考えものである。

しかし、ユスティーナが積極的に言いふらすような人間でないのは、少し話しただけでもわかるので、俺は目線だけで許可をだした。


「ユスティーナ様。私がそのミリアです。」


すると、ミリアは驚いたような顔をして、少し考えるような素振りをしたあと、


「それは面白い冗談ですね。」


と言った。

どうやら信じてもらえなかったらしい。

実際自分の目の前にさっきまで知らなかった少女がお姫様だと聞いても、信じられないのは当然だろう。

そんな反応も予想の内だったのか、ミリアはゴソゴソとポケットをまさぐると、とある六角形の紋章を出した。

その紋章は、金や銀の装飾が施されていて、二つの羽と、一本の剣が描かれている。

紋章は複雑で、金属で作られていて、偽造品でないのは、明白である。

その紋章を見た瞬間、ユスティーナは急に慌てて、


「み、ミリア様!失礼しました!」


さっきまでとは考えられないくらい大きな声だ。

第一位と第六位にそこまでの格差があるわけではないのだが。

それにしても、他の継承権持ちの候補者の特長、

第一位となれば、特徴くらいは聞いていそうなものだが、


「えーっと、この王国でのクーデターの時に捕まって、今は獄中にいると聞いていたので……」


なるほど、そんなことになっていたのか。

恐らくミリアの居場所を特定されて、祭り上げられるのを防ぎたかったというところだろう。


「そんなことはありません。ユスティーナ様。」

「私はこの通り元気ですよ。」


ユスティーナの不安を削ぐようにミリアが優しく話しかけていた。

しかし、やけにミリアに対して情があるんだな。

同情しているだけかもしれないが。


「そ、それならお礼をするので是非家にいらしてください。

戻らなかったことを祖父たちに説明しなければならないので……」


そんなことをユスティーナが提案してきた。

俺としてはもちろんお礼が欲しくて助けたわけではないので、丁重にお断りしたいのだが、


「ミリア、どうする?」


一応ミリアに確認をとってみる。

ミリアがもう少しユスティーナと話をしたそうだったからだ。


「私としては、一度お邪魔したいと思います。」


やっぱり。

まぁ、ミリアが行きたいと言うならば、行かないわけにもいくまい。

俺は溜め息を押し殺しながら、


「では、少しの間お邪魔させていただきます。」


仕方なく了承の言葉を口にした。


「ありがとうございます!」


反対にユスティーナは非常に嬉しそうだった。

しかし、これでめんどくさい状況になったのは確かである。

普通の貴族なら家まで送り届けて、

はい、さようならでいいのだが、

相手が公爵家となるとそうわいかない。

貴族とはプライドの高い生き物で、自分の最愛の孫を助けてもらって、そのまま返すとなれば面子も丸潰れだし、失礼になる。

そして、この町で公爵家の機嫌を損ねることは長期間滞在するにあたって、是非とも避けたい状況である。

つまり、最低でも一週間程度はクレル公爵家に滞在することになってしまいそうである。

トラブルは避けたいところである。


(無理だろうなぁ)


これから起こるであろうことを予想し、遠い目になりながら、

楽しそうにおしゃべりするミリアとユスティーナを見ていた。


そのあとミリア達は二人で一緒に寝てしまった。

一応、一緒に寝ようと言ってみたのだが、一蹴された。

一人寂しく椅子に腰掛けながら、俺は明日会うであろう男の事と

、避けられそうもないトラブルを思うだけで、胃が痛くなってきた。


(胃薬は……無いか……)


薬と言っても固形のものは馬鹿高くて買えないので、

基本的に粉末を購入する。

そのため、大量に持ち運べないので持ち運ぶ薬は厳選しなければならないのだ。


(うわぁ、ポーションしかねぇ。)


ポーションとは体力を回復する青色の液体だ。

苦味と辛味と甘味を足して酸味で割ったような味がする。

使う機会は多いので大量に売れたいるのだが、

全くと言っていいほど人気がない。

これ以外に即席の体力回復の手段が無いため仕方なく……といった感じだ。


(他の薬もあわせて買ってくるか。)


薬屋はいつ必要になるか分からないといった理由からかなり遅くまで開いている。

今の時間でも何の問題もなく買い物できるはずだ。

ミリア達が心配なので、一応灯りを点けたままにして、

二十メートル程の高さの窓から飛び降りた。

普通の人間なら間違いなく死ぬか良くて重症だが、

情報屋と呼ばれる連中は小さい頃から特別な訓練、

または改造を施されている。

このくらいは何の問題も無いのだ。


(さてと、)


こうして俺は部屋を出て、夜の町へと歩みを進めていった。


暫く歩いていると、一人の女とすれ違った。

一般人が見ると、ただすれ違っただけにしか見えなかったはずだ。

しかし、この時点で俺と女の間で三つの情報交換が行われた。


一つ、お互いが情報屋であること。

二つ、女の側が仕事中であること。

三つ、お互いに危害を加えるつもりは無いということ。


詳しく、すれ違い様の様子を説明すると、

まず目があった瞬間に体運びでお互いが一般人でないことを認識した。


そして俺は左手をポケットに入れた。

これは情報屋界隈で通じるサインのようなものである。

ざっくり訳すと、

「初めまして!これからよろしくね!」

といった感じだ。


すると、相手は俺に軽蔑の目で見て、

舌打ちを二回行った。

危うく蔑まれたことに興奮して、聞き逃しかけたのは内緒だ。

女の行動を訳すと、

「キモいし、仕事中だから話しかけんなク○野郎」

と言ったところだ。


うん、この人とはいい関係が築けそうで、いいイメージだ。

決して容姿に興奮した訳ではない。

小さい女の子にしか興味がないからな。

単純に情報屋の中では新人に近いと感じたからだ。


他にも何人か情報屋以外の『裏』とすれ違いなから、俺は薬屋にたどり着いた。

まぁ典型的な薬屋らしく黄色い看板と六文字の店名が特徴的だった。

薬屋に入って、適当に商品をとり、

偽の金貨で支払い以上のお釣りを頂いて、店をでた。

会計を通さなかった分を合わせると、かなりの額になるだろう。


(ついでに仕事でもしてくか。)


帰り道、勤労精神皆無の俺としては珍しく仕事をしようと思い立った。

明日は、カエルが降るかもしれない。

そう考えて、俺は港の方に足を進めていった。

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