第25話 ある日の朝
ひと一人の命に危険が迫っていようと、朝は毎日やってくる。
俺は大きな欠伸を漏らしながら、学校に向かうべく玄関を出る。すると、何故か玄関の前に矢吹が突っ立っていた。
「おはようございます、坂上さん!」
「どうした、朝からストーカーの真似事か?」
「いやいやいや。朝から美少女がお出迎えという、全国の男子高校生感涙ものの状況で、その反応はないですよ!」
「自分で、美少女とか言ってれば世話ねぇよ」
玄関の鍵を閉めて歩き出すと、矢吹がすぐ横へと付いてくる。
「何が目的なんだ。はっきり言って、俺にねだっても何もでてこないぞ」
「ほんと、坂上さんは疑り深いですね。一緒に学校に行きたいという純粋な気持ちです」
「それが気持ち悪いって言ってんだよ」
だいたい、どうやって俺の家を知ったのだろうかと思うが、よくよく思い出してみれば、矢吹は街中に監視カメラを仕掛けているんだった。
それを使って脅された日には、何も反論が出来なくなる。
外で悪いことをするのはやめておこう。元々、するつもりもないが。
「今日で最後かもしれないじゃないですか。こうやって、一緒に学校へ行くのも」
矢吹の声のトーンが少しだけ低くなる。
「だから、大切にしないとって……」
これで終わるような、そんな言葉。だから、俺はそれを否定してやる。
「寝惚けるなよ。明日も明後日も、卒業するまで嫌ってくらいに顔を合わせるだろうが」
矢吹は何も言葉を返さない。
ただ、黙って隣を歩いている。
「矢吹は俺達のこと信用してないのか」
「信用しているとは言えないです。でも、信用したいとは思っています。自分から頼んでおいて、すいません」
「いや、それでいい」
矢吹の言葉に、俺は安心を覚える。
肩の荷が少しだけ降りたような、そんな感覚が体を包む。
「会ってからそれほど日の立っていない人間が、『信用します』なんて言ったら、俺はソイツのことを信用しない。何か裏があるんじゃないかと勘繰る。普通はそうだろ?」
同意を求めるが、矢吹から同意の答えは返ってこなかった。
まぁ、いいけどな。
「俺達のことは信用するな、期待するな。俺もそれなりに頑張るつもりではいるが、それが矢吹の頑張るってことと同じかどうかも分からん。だから、俺をあてにするな」
矢吹が俺へと顔を向けるが、何を言っているんだという表情をされても困る。俺も自分で何を言っているか分からないのだから。
「つまり、俺も頑張る、矢吹も頑張れ」
そう無理矢理締めると、矢吹は小さく吹き出しついには大笑いへと変化させる。
「なにを言ってるんですか、坂上さん。頑張るに決まってるじゃないですか。私だって消えたくありませんから」
矢吹が瞳の端に浮かんだ涙を指で拭う。
そこまで大笑いしなくてもいいと思うのだが。そんなに変なことは言っていないつもりだし。たぶん。
「坂上港、朝から女子を泣かせるとは流石だな」
「誤解を生むような発言はやめろ」
通学路の途中、十字路を結ぶ横断歩道の手前で、華が腕を組んで仁王立ちしていた。
まるで、「ここから先に進みたければ、私を倒してから行け」とでも言い出しそうな雰囲気だ。
確か、華の家は学校を挟んで反対側だったはずだが。
「このような処で会うとは、偶然だな」
「完全に待ち伏せしてたよな」
「人聞きが悪い事を言うのは止めて頂きたい。完全なる偶然だ」
「ほう。だったら、何でお前がこんなところにいるんだ?」
俺の質問に、華は腕を組んだまま汗を流す。
「今日は、たまたまこの道から学校へ行こうと思ったのだ」
「もうちょっとマシな言い訳をしろよ」
呆れすぎて、溜め息すら出ない。本当にダメな奴だな、コイツは。
「理由なんてどうでもいいじゃないですか。折角会ったんですから一緒に学校に行きましょう」
「いや、私は悪の手先とは一緒に通学はしない」
「じゃあ、なんでここにいたんですか!?」
「言ったでしょう、偶然だと。偶然出会ったので、私は坂上港と一緒に学校へ行きます。星先輩がどうしてもと懇願するのであれば、私も鬼ではないので仲間に入れることも吝かではありませんが」
面倒くさいやつだな、コイツ。
矢吹の顔が完全にひきつっているではないか。
それでも矢吹は、華へと歩み寄ろうと一歩を踏み出す。その姿に俺は感動すら覚える。
俺なら、確実にひっぱたいているぞ。
「で、では、華ちゃん。い、一緒に学校にいき、行きましょう?」
矢吹のことを今までタダのアホだと思っていたが、どうやら俺の目は節穴だったようだ。
ここまでいいようにされながら、しっかりと言い切るとは。コイツの忍耐力は底なしなのか。
「やはり駄目ですね。さぁ、坂上港、一緒に学校へ行こう」
「完全に私のことバカにしていますよね。なんなんですか、アナタ。私がここまで下手に出たって言うのに!!」
底なし沼の忍耐力を溢れさせるとは、華もとんでもないヤツなのかもしれない。
もし、俺に今のと同じことをやったら、確実に蹴り飛ばすが。
「冗談ですよ、星先輩。ほら、私達が楽しそうに話しているのを後ろでじっと聞いていると良いです」
「キーーーッ!!」
あぁ、もう面倒くさいな、コイツら。
静かに出来ないのだったら、勝手に学校に行ってくれないだろうか。と実際に言って聞いてくれるようなヤツらでないことは、重々理解している。
だから、俺が勝手に学校に行くことにする。
先に歩いていることにようやく気付いたのか、後ろから競うようにしながら二人が追いかけてくる。
あのまま後ろでやり合ってくれていれば良かったのに。
「なんで勝手に行っちゃうんですか!」
「そうです、坂上港。私と行く筈ではないか」
どちらかと一緒に行くとは言ってないのだが。勝手にコイツらが待ち構えていただけで。
「お前ら、ホントに元気だなぁ」
今、マトモな女の子が近寄ってきたら一瞬で惚れてしまいそうな気がする。
こうも変人ばかりに囲まれていると、マトモな人間なら近付いて来ないような気がしなくもないのだが。
「朝から両手に花とはいいご身分だね、港後輩」
校門の前で先輩と合流する。
これで、読書部全員集合、とはいかないが、まぁいつも通りのメンバーが揃う。
この光景を明日以降も眺めるために、俺は少しだけ頑張ることにしよう。
非常に面倒臭いのだが。
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