第24話 二日前
残り二日。
──矢吹が消えるまで、あと二日。
俺達は、部室で先輩の発案した恐ろしき計画書に目を通していた。
先輩に常識があるとは初めから思っていなかったが、ここまで常識を逸脱しているとは。俺の目測がかなり甘かったと思い知らされる。
計画書自体はシンプルなもので、読み終わるのにそれほど時間はかからなかった。だが、読み終わっても誰も言葉を出せないでいる。
なんと言ったらいいのかが分からないからだ。
そんな俺達の気持ちに気付いていないのか、無視しているのか、たぶん後者であろうが、先輩は楽しそうにホワイトボードに計画の追記をしていく。
「これで確実に上手くいく! って言えないのが悲しいところだけど、今まで出てたどのアイディアよりも成功確率は高いはずだよ」
「ですが、安部先輩。さすがにこれは……」
微妙な雰囲気の矢吹に、先輩は書く手を止めて振り返る。
「別に、無理してまでこの作戦でいく必要はないよ。もっといい作戦があるなら、それに変更した方がいいしね。ただ、僕が面白かどうかを差し引いても、現状これよりいい物が出てくるとは思えないんだけどね」
先輩は、表情だけで「どうする?」と矢吹に訊ねる。
矢吹は答えに窮し俺へと視線を向けてくるが、俺がどうするかを決めるわけにはいかない。
これは、矢吹が自分で選ばなければいけないことだから。
俺達は矢吹を手伝うことはできても、矢吹になることは出来ない。責任なんて取りようもないのだから。
矢吹は腕を組み、自分の中の何かと必死に戦う。
確かに、この作戦では悩む気持ちも分からなくもない。
現に、華なんか汚物でも見るような視線で計画書を見ている。
誰も何も言わない。
ただ、じっと、矢吹の中で決着が着くのを待つ。
どれくらい時間が経ったのだろうか、空がすっかりと暗くなった頃、矢吹は大きく息を吐き出した。
「この作戦で、宜しくお願いします」
矢吹が頭を下げると、先輩がニヤリと笑った。
「もう時間がない、僕の方でも色々と準備があるしね。作戦はタイムリミット当日に決行することにしよう」
「失敗した時の事を考えると、前日の方が良いのでは」
「確かに前日にすれば余裕が出る、でも余裕が出れば気の緩みも生まれちゃうからね。ここは一発勝負といこうじゃないか。どのみち、これが失敗したら僕達に打つ手はないんだから」
一度きりの作戦。先輩もなかなか面倒なことを考えてくれる。
「矢吹君、それでいいかな?」
矢吹が力強く頷く。
計画書に追記事項を記入しているうちに下校時間を知らせる放送が流れ始め、解散となった。
なのに、俺はまだ部室に残っている。
先輩に残ってくれと言われたからだ。おかげで、矢吹と華に変な目で見られてしまった。
アイツら、完全に勘違いしていやがる。
ホワイトボードは部室の隅へと片付けられ、俺は定位置に。こうしていると、部室にまだ先輩と俺の二人しかいなかった時のことを思い出す。
思い出すといっても、つい最近のことだが。
「なんだか、ここも随分と騒がしくなったねぇ」
先輩が窓から吹き込む風を浴びながら、楽しそうに呟く。
「賑やかにしたのは、先輩ですけどね」
「いやいや、僕は面白そうな人達を集めただけだよ。約一名、全然来ないけど」
ケラケラと先輩は笑うが、俺はちっとも笑えない。
あれから一度も見かけていないのだが、ちゃんと生きているんだろうな。
あの行き過ぎたドッキリが原因だと面倒なので本当に勘弁してもらいたい。
「正直、港後輩が矢吹君に協力するとは思ってなかったよ」
先輩は首だけを俺へと向けて、薄く笑う。
「なんで協力したの?」
「なんでですかね」
冷たい風に晒されながら、理由を考えてみる。
協力したところで損しかないのに、何故やろうと思ったのだろうか。
いくら考えてみても、答えは一向に出てこない。
「僕はね、港後輩にずっとやる気を取り戻してあげたかったんだよ。キミがやる気を失ってしまった理由の三分の一くらいは僕の責任だからね」
「あれは、単なる事故ですよ。誰も悪くないし、どうしようもないことです」
「それは、港後輩の考え方で、僕はそうは考えてないんだなぁ、これが。あれは人 為的に起こったことだよ。だから、回避する方法だってあったはずなんだ」
靄のかかった記憶が読み込まれそうになる寸前、脳が自動的に記憶をシャットダウンする。
もう過ぎたことだ。どうこう言ったところで何が変わるわけでもない。
それは先輩も分かってくれているようで、議論はそこで終了する。
「港後輩がやる気を出すようにって、いろんな事件に首を突っ込んだよね」
「その度に、俺ばかりが割を食いましたけどね」
「いやいや、僕も結構助けたと思うんだけどなぁ」
そもそも、先輩が事件に関与しなければ、助けれるような状況にならなかったのだが。
「それでも、キミはやる気にならなかった。選ぶことをしなかったよね。それなのに、矢吹君はいとも簡単に変えちゃった。港後輩に選択をさせたんだよ。いやいや、彼女は凄いよ」
含みのある言い方だが、俺は首を傾げざるを得ない。
「俺は自分で選んだんですかね。状況に流されただけのような気もするんですけど」
「それでも、協力するかしないかは自分で選べたはずだよ。それに、今までのキミなら保留していただろうしね」
言われてみれば、そうなのかもしれない。
自分で選択したという実感は、微塵もないのだけれど。
「妬けちゃうよねぇ、本当に」
口の端を吊り上げる先輩を、俺は半眼で睨みつける。
「そういうこと言ってるから、俺が勘違いされるんですよ」
「冷たいねぇ、港後輩は。キミのそういうところが好きなんだけどさ」
お決まりのやり取りに、俺は肩を竦める。
「実際どうなんですか、あの作戦」
「緩く見積もって、成功率は二割ってところだろうねぇ」
二割か。
もう一割多ければ、天気予報ならかなりの確率で雨が降るのだが。
「現状、これ以上確率の高い作戦を考えるのは無理だろうしね。準備期間もないし」
「なら、先輩の話術に期待するしかないですね」
「港後輩がどれくらいしっかりとサポートしてくれるかにかかっているよ」
先輩の知恵に俺が付いていけるわけもなく、期待されても正直困る。
俺に出来ることなんて、たかが知れているのだ。
「港後輩が折角やる気になったんだ、その火を消さないくらいには頑張らせて貰うけどね」
「俺のことはいいんで、矢吹のことをどうにかしてあげてください」
「確かに、その通りだね」
ケラケラと笑う先輩の声が、誰もいなくなった校舎の中に響いていく。
結局は先輩に頼らないといけない辺り、この人との関係はなかなか切っても切れなそうだ。
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