第23話 作戦会議
矢吹と一緒に部室へと入ると、先輩と華が既に来ていた。
どこから持ってきたのか、室内にはキャスター付きのホワイトボードが用意されており、準備は万端という感じだ。
俺は鞄を適当な机の上に置くと、ソファーではなく、ホワイトボードの前に置かれたパイプ椅子の一つに座る。
それを待ってから、先輩はホワイトボードの横へと立ち、わざとらしく咳払いをした。
「それでは、ヘルタースケルター壊滅作戦会議を始めます」
先輩の言葉に、俺達は黙って頷く。
だが、その反応に満足できなかったらしく、先輩は首をがくりと落とす。
「そこは拍手をするところでしょうが。分かってないなぁ、キミ達は」
「先に言わないと分かるわけないでしょ」
「そういうのは、雰囲気で察してよね。まったく」
余計なことは言わなくていいから早く始めてくれないだろうか。
時間がないと、先輩に伝えているはずなのだが。
「まずは状況を全員で把握するところから始めようか。昨日、港後輩がドクター・ダロムに言われたことをなるべく詳しい形で聞きたいんだけど。矢吹君、聞いてもいいかな?」
先輩の問いに矢吹が首を縦に振った。
俺は出来るだけ詳しく何があったのかを話し、ところどころで先輩が相槌を打ちながらホワイトボードへと書き込んでいく。
「いくつか疑問点が浮かぶけど、とりあえず一番重要なことは一週間以内にどうやってドクター・ダロムを倒すかってことだね」
「相手の本拠地を強襲して、張り倒せば早いのでは」
「いやいや、それはいくらなんでも無茶でしょ」
華の意見を、先輩はあっさりと否定する。
「この中で、純粋に暴力で戦えるのは、華ちゃん一人しかいない。それに対して、ヘルタースケルターは二百から三百の戦闘員がいるんだよ。これ、一人で相手にできる?」
「頑張ればなんとか……」
華の言葉尻が小さくなっていく。
頑張ってなんとかなる問題でないことは、ここにいる誰もがわかっていた。そもそも、どうしようもないからこその会議なのだ。
それに、オロチは強いとはいえ二人の戦闘員に負けてしまっている。それを考えると、まず無策に突撃しても負けるだけだろう。
「期間は一週間あるけどさ、一週間のうちに何度も挑んだとしても消耗するのはこっちだけで、向こうは痛くも痒くもないんだよねぇ。だから、確実に一撃で仕留められるような作戦を考えないとダメなんだよ」
「となると、総統と戦闘員達を分断するのが一番でしょうか」
先輩が難しそうな表情を作り、自分のこめかみを指で叩く。
「それが一番なんだろうけど、じゃあどうやって分断するのかってところが問題なんだよねぇ」
ダロムだって年中戦闘員達と一緒にいるわけではないだろうが、その隙を狙うのはかなり難易度が高そうだ。
高校生相手にどの程度警戒しているのかは分からないが、直接消すと言ってきた以上、無警戒だと考えるのは難しい。
先輩の言う通り、失敗した場合一週間以内に回復できる怪我で済むかどうか分からない。迂闊な行動は避けるべきだろう。
「なかなか難儀だねぇ」
出るアイディア出るアイディアのことごとくが潰れていく。しまいには、アイディアそのものが出なくなる。
四人いれば何とかなるかと思っていたが、そう簡単にはいかないらしい。
これ以上続けてもロクな考えが浮かばないだろうから、各自の宿題とするという話で、この日は解散になった。
大丈夫、まだ六日ある。
そう思っていたのも、既に三日前のことだ。
今日もまた、部室は有効な手だてが浮かばないまま静まり返っている。
「意見のある人、挙手ー」
先輩の声に、誰も反応出来ない。
頭の中にあったモノはこの三日間の内に出し切ってしまっている。今更新しいモノを浮かばせるのもかなり厳しい。
「発想を転換させてみようか。ドクター・ダロムは倒せばいいって言っただけで、どう倒さなくちゃいけないとは言ってないんだよね?」
「言ってないですね」
何を言おうとしているのか疑問に感じながら答えると、先輩は「ふむ」と一人納得する。
「だったら、例えばオセロで倒したとしてもいいわけだ」
先輩の言葉に、矢吹が顔を明るく輝かせる。
「私、オセロだったら得意です!」
こいつの言う『得意』という言葉を信用できないものはない。
矢吹に知性を感じたことなど、今まで一度もないのだが。
「どう倒さないといけないとは言ってないが、どんな勝負にでも乗るとも言ってない。オセロを持ち出した瞬間、戦闘員達にボコボコにされるのがオチだぞ」
自分が集団リンチに合う図でも想像したのか、矢吹が言葉を詰まらせる。
そんなことにも気付けないのでは、例え向こうがオセロで勝負してくれたとしても勝てるとは思えないのだが。
「別に僕はオセロで勝負をしろって言った訳じゃないからね。ようは、相手に負けを認めさせれば暴力的な解決でなくてもいいってことでしょ」
「どのように敗北を認めさせるのですか」
「それを、これから考えようよ」
結局、その場での足踏みになってしまう。
負けを認めさせる方が、本人を倒すよりは簡単かもしれないが、それは程度の話であって解決方法にはなっていない。
どうやって、ダロムに負けを認めさせるというのか。
「港後輩、なにかいいアイディアはないのかな?」
「ないですね」
「そんな、あっさりと」
思い浮かばないモノは思い浮かばないのだから仕方がない。
だいたい、ダロムのことをよく知らないのに弱点を突こうとするのが間違っているのだ。
「何か弱みにでも漬け込んで、脅せればいいんですけど」
「坂上さん、その考え方完全に悪人ですよ」
「私は坂上港を見損なった」
酷い言われようだった。
仕方がないだろうが、それくらいしないと勝ち目がないのだから。
正攻法で勝てる相手だったら、こんなところで話し合いなどせずに直接倒しに行っているというのに。
「港後輩、やっぱりキミは最高だよ」
楽しそうに愉しそうに、先輩が邪悪な笑みを浮かべる。
嫌な予感が体中を這いずり回る。
どう考えても、これはロクでもないことにしかならない。
「そうか、そうだよ。なんで僕は気付かなかったんだろうか。そうだよね、正攻法で行こうとしていたのが間違いだったよ。読書部には読書部のやり方ってやつがあるんだからさ、それを見せつけてやればいいんだ」
「あ、あの、安部先輩?」
「六雲先輩が壊れた」
矢吹と華は心配するが、俺は知っている。
あれこそが、安部六雲の絶好調なのだと。
「やっぱり、僕には港後輩がいないとダメなようだね。いやいや、これからもよろしく頼むよ」
ニコニコしている先輩の言葉に、矢吹と華が同時に俺を見る。
うぜぇから見るんじゃねぇよ。
「明日までに作戦を纏めてくるからさ、今日はこれで解散ね。いやぁ、楽しくなってきたぞコレは」
言うが早いか、先輩は荷物を纏めるとさっさと部室から出ていってしまう。
玩具を見つけた先輩には、俺達の姿など映っていないらしい。
「どうしましょうか、坂上さん」
「どうするって、帰るしかないだろ」
「六雲先輩は大丈夫なのか」
どう見ても大丈夫ではないだろう、あれは。
三人同時に溜め息を吐いて、帰りの支度をし始めるのだった。
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