第22話 回答

 昼休み、矢吹を部室に呼び出した。

 二人きりで話せる場所が、部室しか思い浮かばなかったからだ。

 俺はいつものソファーに座り、矢吹は向かいの椅子に。

「矢吹、聞きたいことがある」

 どう切り出したものかと半日頭を悩ませた結果、シンプルに質問をするという答えにたどり着いた。

 あまり回りくどいと、矢吹が理解できない可能性がある。

「今日の下着の色は紫です」

「何故、お前は……」

 シンプルな切り出しでも、結局はこうなるらしい。

 一気に話す気力が削がれる。

「冗談ですよ冗談。なんか坂上さんの顔が怖かったので、場を和ませようと」

 俺は盛大にため息を吐いて、肩の力を抜く。

 コイツ相手に気負おうとした俺が馬鹿だった。いつも通りにいくとしよう。

「昨日、ドクター・ダロムがウチに来た。それで、宣言されたよ、一週間後に矢吹を消すって」

「そう、ですか」

 前々からの言動で自分が消されるということを知ってるのではないかと思っていたが、どうやらその通りだったらしい。

「答えたくなかったら答えなくてもいいんだが、俺にヘルタースケルターを壊滅させてくれって言ってたのと、今回のことは繋がっているのか?」

「全てではありませんが、部分的には」

 これ以上の言葉は言わないということは、ここから先は聞くなということか。

 なら、俺が聞けることは一つしかない。

「で、矢吹はどうしたいんだ」

 矢吹が真っ直ぐに俺の瞳を見つめてくる。だから、俺も矢吹の瞳を見つめる。

「私はヘルタースケルターを壊滅させるだけです」

「消されたくないからか?」

 俺の質問に矢吹は首を横へと振って答える。

「この街を守るためです」

 そう言って、矢吹が微笑む。

 自分が消されるというのに、街のために戦うことを選ぶなど、完全に頭がどうかしている。

 だが、それでそこ矢吹だと思ってしまうのは、感化されすぎだろうか。

「壊滅のための作戦は何かあるのか」

「あるように見えます?」

 微塵も見えなかった。

 矢吹でなくても、ヘルタースケルターを壊滅する方法など考えつくとは思えない。

 どうしようもない差をどうやって埋めるのか。

「坂上さん、私に協力してくれますか」

「うーん」

「うーんって、ここは協力するって言う場面じゃないんですか!?」

「どちらかと言えば巻き込まれたくないんだよなぁ」

「えぇー!?」

 矢吹が微妙な表情になるのも分からなくないのだが、俺の気持ちも察して欲しい。半殺し以上にすると脅されているわけだし。

「話は聞かせて貰ったよ!」

 突然部室の扉が開き、先輩がテンション高く飛び込んでくる。そのあとをゆっくりと華が続いて入ってくる。

「何でここにいるんですか、先輩」

「なんでとはご挨拶だね、港後輩。そんなの、二人を尾行したからに決まっているじゃないか」

 自信満々で言い放つ先輩を、俺はジト目で見る。

「廊下で逢い引きしてるところを見かけちゃったらさ、これはもう着けるしかないよね」

「私は止めた方がいいとは言ったんだが」

 言いはしたけど、お前もしっかりと聞いていたわけか。なかなかいい趣味をしている。

「どうするんですか?」

「そんなの聞くまでもないじゃない。もちろん、一枚噛むよ」

 確かに聞くまでもない答えだった。

 しかも、助けようとか言うのではなく一枚噛むときた。完全に状況を楽しんでいるな。

 もっとも、先輩の力は借りなければどうしようもないと思っていたので、手間が省けたと言えなくもないが。

「華ちゃんだって、同じ考えだよね?」

「私は、悪を助けることはしません」

 華はきっぱりとそう言うと、俺の隣へと腰を下ろす。

 だから、何で隣に座るんだコイツは。

「悪ってさぁ。同じ部活の仲間なんだから、困った時は協力し合わないと」

「星先輩を仲間だとは認識していないので」

 昨日今日で仲良くなれるような間柄だとは思っていなかったが、オロチの力が使えないのは痛い。

 一人いるだけで状況をひっくり返せるわけではないが、いるのといないのとでは大きな差がある。

 とはいえ、やりたくないと言っているのに無理矢理誘う気もないが。

 それよりも、気になることがある。

「お前の兄ちゃん、今日も学校来てないけど大丈夫なのか」

「心配には及ばない、坂上港。兄は具合が悪い日の方が多い」

 先輩が脅したせいで具合が悪くなったのではないだろうな。もしそうだとして、そのせいで留年でもした日には寝覚めが悪いのだが。

「しかし、作戦を出すくらいは協力しよう。このような些事は早く片付けて、坂上港に協力して貰いたいのでな」

「ツンデレだねぇ、華ちゃんは」

 恥ずかしそうにそっぽを向く華の姿を見て、俺も先輩の意見に同意する。

 なんだかんだ、悪いヤツではないんだよな。

「華ちゃん、ありがとう」

「星先輩のためではありません」

 矢吹が頭を下げると、華の首はさらに角度をキツくする。このままだと首が折れてしまうのではないか。

 試してみたい衝動に駆られるが、今はそんなことをしている場合ではない。

「では、今日の放課後から作戦会議と行こうか。各自、それまでに何かアイディアを考えておくように」

 結局、昼食を摂る暇もなく昼休みは終了した。

 先輩に言われた通りアイディアを考えておこうと思ったわけではないのだが、授業中に浮かぶのはどうやったらダロムを倒せるかということばかり。

 これで成績が下がったら、矢吹に文句を言いまくってやろう。

 下がるほどに素晴らしい成績でもないのだけれど。

 午後の授業の時間を丸々使ったというのに大したアイディアは浮かばなかった。やはり、こういうことに俺は向いていないらしい。

 誰かが素晴らしいアイディアを思い浮かんでいることに期待しよう。

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