4章
第21話 ドクター・ダロム
ダロムがテレビの電源を切ると、戦闘員達が同時に俺へと体の向きを変える。
「お前の家なんだから、楽にしろよ」
顎で示されて、俺はダロムの向かいのソファーに座る。
テーブルを挟んで、2メートルもない距離。
こんなことなら、もう少しソファーとソファーの間隔を広くしておくべきだった。
「しかし、広い家だな。研究者ってのは、そんなに儲かる仕事なのかね?」
ダロムがテレビからこちらへと、ソファーごと反転する。
「確か、少年の両親って遺伝子の研究をしてるんだっけか。海外を飛び回ってるからほとんど家にいないって聞いてるけどよ、高校生一人じゃ生活すんのも大変だろ」
「昔からなんで、慣れてますから」
「たいしたもんだよ。俺がガキの頃なんて、一人で生活するなんて考えたこともなかったね。最近の子供はどうなんだなんて話を聞くけどよ、俺がガキの頃よりだいぶマシだよな」
ダロムが横にいる戦闘員に同意を求めると、戦闘員は曖昧に頷いた。
「世間話をしにきたってわけでもないでしょ」
「そう焦るなよ、短気は損気だぜ。今のは、話の枕ってやつだよ。大事だろそういうの」
コチラのことは全てお見通しだと脅した上で、果たして何が出てくるのか。そして、俺を脅したところで彼らに何の得があるのか。
「それで、本題に入るけどよ」
ダロムがソファーから立ち上がる。
それと同時に戦闘員達も一斉に腰を上げた。
向こうが行動を起こすのはもう少し会話を重ねてからだと思っていたので、反応が遅れる。
俺は立ち上がるタイミングを逃し、威圧感をまき散らすダロム達をただ見上げることしかできない。
詰んだ。
そう思った瞬間、ダロム達が勢いよく一斉に頭を下げた。
「先日は、ウチの若い奴らが迷惑をかけて申し訳なかった!」
『申し訳ありませんでしたッ』
「……え?」
部屋の中にダロムの声と、戦闘員達の重なった声が反響した。
あまりの迫力に、ソファーから半分ずり落ちながら、間抜けな声を出してしまう。
「こいつらが謝ったとは聞いたんだけどよ、やっぱり頭が詫びないと示しが付かないだろ」
ダロムが指さした方に、八号と十八号の姿があった。
確かに、謝られたような気がしなくもない。あの日はあの日で色々とあったので、よく覚えていないのだが。
「少年に因縁を付けた連中は、二度と暴力の振るえない体にしておいたからよ。今後は何もしていない人間に襲いかかるような恥知らずな真似は必ずさせないと約束する。だから、どうか許して欲しい」
「総統って名乗ってる人間が、こんな一般人に頭を下げていいんですか?」
俺の言葉に、ダロムはキョトンとした表情を浮かべると、すぐに口元に笑みを浮かべる。
「組織のトップっていうのは、普段はふんぞり返っていざって時に仲間の尻拭いをするもんだ」
「それだと、組織が立ち行かないと思うんですけど」
「それで潰れりゃ、それまでの組織だったってことだろ?」
だろと聞かれても、俺には答える言葉を持たない。
だが、この人は敵にすれば恐ろしいが、仲間にすれば頼もしい存在なのかもしれない。仲間になることは一生無さそうだが。
「特に気にしてないっていうか実害はなかったので、別にいいですよ」
「そうか、そう言って貰えると助かる」
安心したように表情を緩めるダロムに、「ただし」と付け加える。
「これは貸しですから」
「テメェ、総統が下手に出てれば付け上がりやがってッ」
俺に掴み掛かろうと八号が動いた瞬間、ダロムが横から蹴り飛ばす。
その衝撃に、窓ガラスを突き破り庭へと転がり出る八号。
「誰が勝手に喋っていいって言ったよ?」
割れた窓から、秋の冷たい風が吹き込んでくる。
明日からどうするんだよ、コレ。泥棒が入り放題ではないか。
そんな俺の心配を気にも留めず、ダロムは荒々しくソファーへと座ると両手を口の前で組む。
「悪の組織に貸しを作ろうなんて、面白れぇじゃねぇか。いいだろう、これは貸しだ」
ダロムの言葉に戦闘員達がざわめく。だが、ダロムは覆す気はないらしい。
「許して貰おうとしたのはこっちだ。貸し一つで済むなら、安いもんじゃねぇか。それに、俺は楽しみでもあるんだぜ。少年が貸しをどう使うのかがな」
窓ガラスを直すことに貸しを使うことは出来ないらしい。
リビングの窓ガラス二枚。一体、いくらかかるのだろうか。
「そんな心配そうな顔しなくても、窓はこっちで直してやるから安心しろよ。もちろん貸しはナシだ」
貸しをなしにして貰ったことで貸しを作ってしまったような気がしなくもないが、そこは気付かないフリをしておこう。
「用件も済んだようですし、そろそろ帰って貰えますか」
「そう言うなよ。こっちは、まだ終わっちゃいねぇんだからよ」
ダロムの言葉にげんなりとする。
コイツら、このままウチに居座る気じゃないだろうな。
「少年の知り合いに、矢吹星ってのがいるだろ」
矢吹の名前に、物部兄の言葉を思い出す。
そういえば、矢吹はヘルタースケルターと関わりがあるのだったか。
「一週間後、消えてもらうことになった」
ちょっとコンビニに行ってくると言うような気楽な感じに、思考が付いていかない。
矢吹が消える、何故そうなったんだ。
「正直、言う必要もないんだけどよ、友人がいきなり消えたら心配するだろ。だから、先に伝えておいてやろうと思ってな」
俺は深く息を吸って、ゆっくりと肺の中の空気を全て吐き出す。
「それは、どうやったら回避出来るんですか」
「はっ、どうやったら回避できるときたか。益々気に入ったぜ」
犬歯を剥き出すダロムは獰猛な肉食獣のようにも見え、一瞬でも気を抜くと頭から一飲みにされてしまいそうだ。
「あいつを救いたいなら、一週間以内に俺を倒してみせろ。そしたら、消すのはやめてやるよ」
「一介の高校生に倒せるような人間には見えないんですけど」
「倒せなきゃ、矢吹星は消えるだけだ」
何故、俺にそれを伝えた。
本当にただの親切心で伝えたとはとても思えない。何か理由があるはずだ。
それを知ることが、矢吹が消えることとどう繋がるのか分からないが、今の俺にはその糸口しか見えない。
「ただし、俺達に挑むっていうなら本気で相手させてもらうぜ。別に殺しやしねぇけどよ、半殺し以上は覚悟しておけよ」
戦闘員達の陰陽マークのようなマスクの目が、一斉に俺を見る。
数の上でも、戦力でも圧倒的に不利。
ならば、矢吹を連れてこの街から逃げ出すか。
いや、それも無理だ。それを知らせるために、俺の両親のことを突きつけてきたのだろう。この街にいる限り、奴らに死角はない。
「それじゃ、用事も済んだことだしそろそろ帰るとするわ。邪魔したな、少年」
ソファーから立ち上がると、ダロムは俺の横へと歩み寄り肩を軽く叩く。
そして、何も言わぬまま、戦闘員達を引き連れて去っていく。
気が付けば、庭に転がっていた八号も姿を消していた。
俺は背もたれを滑り、半ば体を椅子に埋めるようにして安定させる。
どうしようもないくらいに、面倒なことになった。
回避する方法は見えない。戦って勝つ見込みもない。
ならば、矢吹のことを諦められるかどうか真剣に考えてみる。
アイツがいることで、俺が得することは何一つない。むしろ、平穏を壊してくる分マイナスともいえる。いない方が得だろう。
では、見捨てるか。
そもそも、アイツはこのことを知っているのだろうか。
知って、どうしたいと思うのだろうか。
頭の中を、疑問が何重にも輪になりながら回転する。
答えは出ない。
全ては、明日考えよう。
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