第20話 招かれざる客
「坂上さん、私とこの人、どっちを選ぶんですか!?」
「だから、どっちも選ばねぇよ」
「そうだよね、どっちも選ぶわけないよね。港後輩は僕を選ぶんだからさ」
「会話に入ってくんな、面倒臭いから」
「相変わらず、冷たいなぁ港後輩は。キミのそういうところが好きなんだけどね」
先輩の言葉に華が目を見開き、俺の顔を凝視する。
「坂上港、まさか六雲先輩と貴方は!?」
「断じて違う」
否定しているのに、華は疑わしげな目で俺を見てくる。何故、先輩の方を信じるのかが理解できない。
彼が適当な人間だと、昨日嫌というほど知ったと思うのだが。
「私の勝負下着をあげたのに……」
とんでもないタイミングで言葉を放り込んでくる、矢吹。
「冗談、ですよね」
しかし、それは本当のことなので俺は否定する言葉を持たない。すると華は、仰け反るようにして俺から体を離す。
「それでも。それでも、私達には坂上港の力が、力が必要? なんだ」
自分の言葉に自信が持てなくなったらしい。
いっそ、このまま諦めてくれればいいのだが。
「坂上さん、時間がないんです。私と一緒にヘルタースケルターと戦って下さい。もう一枚あげますから!」
下着を貰ったら、俺がやる気になるという発想はどっから出てきたのだろうか。
俺は、そんなことを言った覚えは一つもないのだが。
「ならば、私は今穿いているのを渡す」
ソファーから立ち上がろうとする華を、慌てて押し留める。
コイツ、本当にやりかねないから怖いんだよな。
「下着では物足りないと、そう言うのだな……」
華は息を細く吐き出すと、何かを決心したようにソファーの肘掛け部分に背中を預けリボンタイを緩める、そしてそっと目を閉じた。
「私を好きにするといい……。衆目の中というのはいささか抵抗があるが、坂上港が望むなら甘んじて受けよう。さぁ、遠慮はするな!」
「どうやら、本気で俺と戦いたいらしいな」
「男女の交わりは戦いだと聞いた事がある。初めてなので優しくして貰いたいが、激しい方が好みというのなら私は構わない──、イダァッ!!」
思い切りゲンコツで頭を叩いてやったら、ようやく妄想が停止した。
頭をさすりながら、華が体を起きあがらせる。
「なるほど、叩いたり打ったりするの方が良かったのか」
「いい加減、下ネタから離れろ!」
後ろを振り向くと、矢吹もリボンタイを緩めようとしていたので、とりあえず一発殴っておく。
「暑いから襟元を少し開けたかっただけなのに!」
「だったら、窓を開けろ!」
俺はツッコミ担当ではない。
溜め息を吐いて、雑誌を読む作業を再開する。
心頭滅却火もまた涼し。雑誌に集中していれば、両サイドの雑音など聞こえなくなるはずだ。
「このままだと、永遠に平行線だよねぇ。何かいいアイディアはないかな」
思わず先輩の声に反応しそうになって、必死で堪える。
ここで、反応したら相手の思う壷だ。心頭滅却、心頭滅却。
「華ちゃん、何かない?」
「星先輩と殴り合って、勝った方が坂上港の力を借りられるというのはいかがですか?」
「それは、私が不利すぎるじゃないですか!」
矢吹が暴れて、視界が上下に揺さぶられる。
とても、文字を追える状態ではないが、俺は必死に耐える。今は我慢の子だ。
「正義が勝つのは道理。勝った方こそが坂上港を手に入れられるのは理に叶っていると思うのですが」
「なんでもかんでも暴力で解決すればいいってもんじゃないですよ」
「じゃあ、矢吹君は何かアイディアがあるのかな?」
先輩の言葉に唸りながら思考を巡らせる矢吹。
真横から聞こえるのでかなりうるさいのだが、我慢できない程ではない。
どことなく、忍耐力が付いてきたような気がする。
「オセロとかどうでしょうか。白黒はっきりと付ける辺りが、私達にはぴったりだと思うのですが。私、頭脳戦得意ですし」
お前のどこに頭脳戦が得意な要素がある!
と、ツッコむのを寸前のところで押し留める。
今のは、かなり危なかった。が、レベルアップした俺の敵ではない。
「そのような子供騙しの遊戯で勝敗を付けようなどと笑わせないで下さい。もっとも、お子様の星先輩にはお似合いですが」
「誰が子供ですかッ。私は凄くセクシーな下着を身に着けているんですからね!」
何故、すぐにそっちの話に切り替わるんだ。
頭の中がピンク色に染まっているのではないだろうか。
「どうやら、大人の下着がどういうものなのか知らないようですね。いいでしょう、私が本物を見せてあげます」
コイツも同じように、頭の中がピンク色に染まっていた。
「では、どちらがセクシーなのか勝負しましょう。勝った方が坂上さんを手に入れられる。それでいいですね?」
「望むところです。坂上港、どちらにより興奮するか審判をお願いします」
『勝負ッ』
「勝負じゃねぇよッ」
声を重ねて同時に立ち上がろうとした矢吹と華の頭に、拳を落とす。
敗北感が俺の身を包む。どうやら、この二人を無視することは俺には不可能のようだ。
明日から、耳栓を用意することにしよう。
矢吹と華は揃って自分の頭をさすりながら、恨みがましい視線で俺のことを見上げてくる。
「坂上さんが優柔不断だから、こうなったのに」
「星先輩の意見に同意します」
「人のせいにするんじゃねぇよ」
優柔不断どころか、すぐに断定してやっただろうが。コイツらの記憶装置は壊れているのではないだろうか。
「まさに甲乙付けがたしって感じだねぇ。まぁまぁ、焦らないでじっくりと話し合ったらいいよ。お互いが納得できるまでね」
「俺の主張はどこに消えたんだ」
先輩が、楽しそうにケラケラと笑う。
この人が二人で遊ぶのを飽きるまで、このやり取りが続くのかと思うと登校拒否になりそうだった。
校門前で先輩と華と別れて、三つ先の角で矢吹と別れた。
これで、ようやく俺だけの時間が訪れる。
華がいないことをチャンスと思ったのか、帰り道中ずっと続く勧誘トークを聞かされて、俺のヒットポイントは毒の沼を行進するかのごとく削られまくった。
おかげで、自宅の玄関に到着した時にはヘトヘトになっていた。アレほど集中力を鍛える練習をしていたというのに、一日のトレーニングでは何の意味もなかったらしい。
玄関で適当に靴を脱ぎ散らかして、リビングへと直行する。
疲れたといっても誰が食事を用意してくれるわけでもない、先に食事を作らないと今日はこのまま食べずに寝てしまいそうだ。
さて、冷蔵庫の中に何が入っていただろうかと思い出しながらリビングの電気を付けると──。
十人ばかりの戦闘員と、ドクター・ダロムがテレビを見てくつろいでいた。
テレビの明かりに気付かないとは、どれだけ疲れているんだ俺。
「遅かったな、少年。待ちくたびれたぞ」
一人掛け用のソファーに座っているダロムが、首だけをこちらへと向けてニヤリと笑った。
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