第19話 新しい部員
「はいはい、我らが読書部に入った、物部華ちゃんです。拍手―」
部室の中にまばらな拍手が起こる。
翌日、物部兄妹は両方とも来ないのではないかと思っていたのだが、妹の方は部活に来てこうして紹介されている。
兄の方は、学校自体を休んでいた。
「では、華ちゃん自己紹介をどうぞ」
自己紹介を促された華は、先輩の方を一瞬だけ見ると何かを諦めたように椅子から立ち上がる。
「一年二組、物部華。好きな物は、正義。嫌いな物は、矢吹星」
これ以上言うことはないと、華はパイプ椅子に再び腰を下ろした。
ソファーに座っている俺を睨みつけたながら。
俺の横では、矢吹が華を睨みつけている。
何故、部室の中に人数分の椅子が用意されているのに、コイツは俺の横に座っているのだろうか。
「で、樹君はどうしちゃったのかな。まさか、初日から逃げ出した、なんてことはないよね?」
「兄はそんな卑怯な事はしません。元々体が弱かったのが、昨日ので悪化しただけです」
華は腕を組んで不機嫌そうに鼻を鳴らす。
横では矢吹が華の態度を見て、同じように鼻を鳴らしている。
意外と仲が良いんじゃないだろうか、コイツら。
「何しに来たんですかね、あの人」
「部活しにきたんだろ」
「絶対読書するタイプじゃないですよ。何か裏があるに違いありません」
お前も、読書するタイプじゃないけどな。
そもそも、華は読書がしたくて入ったのではなくて、先輩に脅されてこの部活に入ったのだから、裏も何もないと思うのだが。
「女の子が二人も増えると、部室も一気に華やかになるよねぇ」
「目、腐ってんじゃないですか?」
俺は嘆息して、雑誌を読むのに集中する。
表面上は静かな部室。だが、ギスギスとした雰囲気がどうにもウザったい。
俺の集中力が足りないのだろうか。
先輩は特に気にした様子もなく、笑顔で部室内の様子を見守っている。いや、あれは単に状況を楽しんでいるだけか。
「坂上港」
フルネームを呼ばれ視線を向けると、目の前に華が立っていた。
どうやら、先輩を見つめることに集中していたらしい。嫌な事実であった。
「話がある」
話があると言われてロクなことが起こった例がないので、どうしようもないことなのだろうなと思いながら、言葉の続きを待っているが、いつまで経っても華は続きを喋ろうとはしない。
「ここでは、話にくいことなのか」
「いや、そんなことはない。少し、寄って貰えると助かるのだが」
言葉通りに、ソファーの上を矢吹側に移動する。
すると、空いた位置に華が腰を下ろした。
「なぜ、わざわざここに座った」
「話をする時は、相手と視線を合わせるのは常識だろう」
そうかもしれないが、だったら椅子を横に持ってくればいいではないか。
二人でも狭く感じるソファーの上に、三人も座ったら鮨詰め状態だ。話を聞くのに向いている環境とはとても言えない。
横では、矢吹の視線が更にキツくなっているし。
「坂上港、私達と一緒に戦わないか」
「戦うって、何と」
「決まっている。この世の全ての悪とだ」
あまりにも華の表情が真剣すぎて、ツッコんでいいものかどうか迷ってしまう。
昨日のことに懲りて、少しは自重してくれるものだとばかり思っていたのだが、俺の考えは甘かったらしい。コイツも矢吹と同じ生き物なのだ。
「なに言ってるんですか、いきなり! 坂上さんは、私と一緒にヘルタースケルターを壊滅させるという大事な仕事があるんですから」
矢吹、お前がいきなり何を言っているんだ。
あれだけやらないと言ったのに、まだ諦めていなかったのか。
「安心して下さい。ヘルタースケルターも悪ですから私達が壊滅させて見せます。星先輩は、ここでゆっくり本でも読みながら待っていて下さい」
「私達って、俺を勝手に入れるんじゃねぇよ」
付き合いきれないと雑誌へと視線を戻した瞬間、華に両頬を手の平で挟まれて無理矢理首の向きを変えられる。
「正しい者が損をし、悪しき者が得をする。そのような世界を私は否定したい。坂上港、どうか協力して欲しい」
華の両手を軽く掴んで、離させる。
「しつこいな、お前も。俺はやらないって言っただろ」
「ならば、世界はこのままで良いというのかッ」
「すぐに熱くなるなよ、鬱陶しい。誰もいいとは言ってねぇだろ。ただ、それをどうにかするには一介の高校である俺には荷が重いって言ってんだよ」
荷が重い以上に、面倒くさいという理由があるのだが、それを言うとうるさそうなので、伏せておく。
「坂上港には、特別な力があるではないか。悪を滅する選ばれし力が」
背後から、矢吹が首肯しているのが伝わってくる。
同意してんじゃねぇよ。
「俺にはそんな大層な力なんか、ねぇよ」
「誤魔化すのは止めてくれ。私はあの日確かに、坂上港の背中から伸びる青白い腕のような物を目撃した。あれは一体──」
「華ちゃん、勧誘するのは別に構わないけど、それは聞いちゃダメだ。港後輩が自分から話すならいいけど、こっちから聞いてはいけない」
黙って聞いていた先輩が、文庫本から視線を上げないまま優しい声で諭す。しかし、華はそれでも納得出来なかったらしく、「でも」と続ける。
「もしも、また同じことを聞いたら、僕は本気でキミを潰しにいくよ。矢吹君も例外じゃないからね」
「分かりました、もう聞きません。それでも、私は坂上港の力が必要です。これは、兄も同じ意見です」
「私だって、坂上さんの力が必要です!」
すぐに勧誘を再開するあたり、二人の方が俺よりもよっぽど根性がありそうだ。だからといって、二人を助ける気には微塵もならないのだが。
「思ったんだけどさ、矢吹君と華ちゃんが手を組んだ方が早いんじゃないの?」
先輩の意見に、矢吹と華は俺を挟んで視線をぶつける。
目的が交差しているのだから、その部分だけでも手を組めば早いと思うのだが。
マンガでも敵同士だった二人が、同じ目的のために一時的に手を組むとかあるわけだし。それに、そういう展開は二人とも好きそうな感じがするのだが。
「私は、悪の手先と組む趣味はないです」
「私だって、こんな自分勝手な正義を押しつける人と一緒に戦いたくなんてないですね」
同族嫌悪だろうか、歩み寄る余地がなかった。
矢吹と華が手を組んでくれれば、俺は無事解放されて万々歳なのだが、どうにかして二人の仲を取り持てないものだろうか。
二人の共通項を色々と探してみるが、自分勝手な正義という部分しかでてこない。
「坂上さん、約束しましたよね。私と一緒に戦ってくれるって」
「勝手に記憶を改竄するな」
「そんなッ。私が一晩かけて必死に作った参号スーツだって喜んで着てくれたじゃないですか」
「そうか、オマエにはあれが喜んでいるように見えたのか。いい眼科を紹介してやるから、今すぐ行ってこい」
俺たちのやり取りを見て、華が悪役のようにニヤリと笑う。
「星先輩、坂上港は貴方とは戦いたくないと言っています。いい加減、諦めたらどうですか」
「確かに華の言うとおりだが、俺はオマエとも戦いたくないけどな」
「なッ。仲間になるのなら、新型のパワードスーツを造ってもいいと兄は言っている」
もう既に造り始めているのではないかという、嫌な疑問が湧いてくる。
あんな危ないシロモノ、絶対に着たくないのだが。
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