第18話 決着

「無視するな!!」

 兄妹揃ってカルシウムが足りていないらしい。

 床を思い切り踏みならすと、右腕で俺の頬を殴り飛ばす。

 首から上が無くなったかと思う衝撃を受け、ソファーから体が半回転して転げ落ちる。

 口の中に広がる、鉄の味。

 歯は折れていないようだが、痛みで口がうまく開けない。

「痛めつけるのは可哀想だからさ、一思いにやってあげなよ」

 ニヤリと口の端を釣り上げる先輩の眉間に、華が右腕の標準を定める。

「なんなんだ、貴様!! 悪だと断定すると言ったり、殺せと言ったり無茶苦茶じゃないか!!」

「その通りだ」

 痛む頬をさすりながら、華の前に立つ。

「この人は無茶苦茶なんだよ。だから、相手にするな」

「相手にするなって、酷いなぁ港後輩は。そういうキミが好きなんだけどね」

 先輩の笑い声を背中に受けて、俺は肩を竦める。

「殺すなら早くしろよ。やらないんだったら、早く帰れ」

「何故、自分が殺されるかも知れないという状況で、そんなに冷静でいられるんですか?」

「冷静に見えるんだったら、オマエのカメラぶっ壊れてるよ。本当は逃げ出してぇよ、死ぬのなんてまっぴらだしな。でも、仕方ないだろ。先輩が死ねって言ったんだからさ」

「安部先輩が死ねって言ったら、坂上先輩は死ぬんですか」

 当然の質問に、俺は当然のように答える。

「当たり前だろ、そんなの」

 なのに、華は俺の答えに納得がいかなかったらしい。

 怒っているのか、全身が小刻みに震えている。

「何も知らないで、いい気なものだな」

 脂汗を流しながら、物部兄が不敵な笑みを浮かべる。

「貴様がそのせいで命を散らそうとしているのに、何も喋ろうとしない矢吹星が、一体何を隠していると思う?」

 そういや、矢吹がなんだかと物部兄が話していたな。自分の命が危険に晒されていたので、すっかりと忘れていたが。

「矢吹星は、ヘルタースケルターと繋がっている」

「は?」

 思わず、自分の口から間抜けな声が漏れる。

 物部兄が何を言っているのかが分からず、矢吹へと答えを求めるために視線を移す。だが、矢吹は顔を蒼くするばかりで何も言おうとしない。

「昨日、気になる点があって矢吹星を尾行させて貰った。そこで撮れたのが、これだ」

 物部兄は制服のポケットから写真を取り出す。

 矢吹と戦闘員がどこかの建物に入っていこうとしている姿が映っている。

「俺達の目的は、ヘルタースケルターの一掃だ。そのためには本部の場所を知る必要がある。教えて貰おうか、矢吹星。奴等の本部の場所を」

 何の話をしているのか、まるで付いていけない。

 ヘルタースケルターの壊滅を望んでいた矢吹が、ヘルタースケルターと繋がっている。そんな馬鹿な話があるのだろうか。

 だとしたら、俺は一体何を頼まれていたというのだ。

「最初に言ったよな。正義のためには、小さな犠牲も致し方ないと。小さな犠牲とは、坂上港、貴様の事だ」

「いや、おかしだろ。そこまで証拠があるなら、何故人質なんか取る必要があるんだ。直接、矢吹に聞けばいいだろ」

「考えが浅いな。矢吹星に証拠を突き付けたところで、答えない可能性は十分にあった。だから、貴様を人質にとって訊き出そうとしたのだよ。もっとも、仲間を見捨てるような極悪人だった訳だが」

 なんだ、何が起きているんだ。

 頭が混乱して、考えが上手く纏まらない。

「これでよく分かっただろう。奴がどういう人間なのかが。坂上港、貴様は利用された上に裏切られて死ぬのだ」

「いやいや、ご高説痛みいるんだけどさ、物部君。考えが浅いのはキミの方だよ。矢吹君がヘルタースケルターと繋がっていることなんて最初から知っていたよ。知っていた上で、読書部に入って貰ったんだ」

『は?』

 今度は、先輩以外全員の声が重なる。

「強がりは止めろ。知っていて、何のための仲間に入れる必要がある!」

「そんなの決まっているじゃない」

 確かに、先輩がそんなことをする理由は一つしかない。

「楽しいから」

 先輩が、悪魔的な笑みを浮かべる。

「さて、遊びは終わりにしようか。矢吹君、見せてあげるよ。僕のやり方ってやつをさ」

 先輩が拳銃を華へと向ける。そんな先輩を、華は鼻先でせせら笑う。

「そんな拳銃が私に効くとでも思っているのですか」

「だから、考えが浅いんだって。こんなモノこんな所で撃ったら、人が集まって来ちゃうじゃない。それに、銃刀法違反で捕まっちゃうよ。捕まえる警察官が、この街にはいないけどさ」

「ならば、どうしようというのだ?」

 ケラケラと笑う先輩を、物部兄が睨みつける。

「こうするのさ」

 先輩が拳銃の引き金を絞った瞬間、華の体が小さく跳ね、横倒しになる。

 部室内にじんわりと広がる、焦げたような臭い。それと同時に、パワードスーツから細く煙が立ち昇る。

 そんな妹の姿に、物部兄が椅子から転がるようにして駆け寄る。

 必死に体を揺さぶるが、華は身動き一つしない。

「貴様、華に何をした!?」

「昨日の戦闘員達の攻撃を参考に、ちょっと電気をビリッとね」

 ちょっとどころか、煙が出ているのだが大丈夫なのだろうか。

 いくら無茶苦茶な先輩とはいえ、流石に犯罪には手を染めないと思うのだが。 と、華を誘拐していたことに気付いて、絶望的な気分になる。

 スーツの中で黒こげになっていないと良いのだが。

「パワードスーツに電気を流して機能を停止させるって考えは良かったよねぇ。でもさ、直接本体に電気を流した方が早いと思わない。人間には絶縁処理が出来ないわけだしさ」

 先輩は、手品の種明かしでもするかのように朗々と喋る。

「だからさ、ロープで縛るときにちょっと細工をさせて貰ったんだよね。いやいや、事前にバレないで良かったよ」

「何故だ。妹は完璧に潜り込んだはずなのに」

「なぜだって、そんなのさ。妹ちゃんが、地球刑事オロチだって知ってたからに決まってるじゃない」

 どうやら、これで王手らしい。

 どっと疲れが押し寄せてきて、俺はソファーに身を沈める。

 まだ痛む頬をさすって、ため息を吐く。

 一週間のうちに何度死にかければいいのだろうか。本当に死神でも取り憑いているのかもしれない。

 一度、神社に足を運んだ方がいいだろうか。

「さて、敗北した物部君には、この契約書にサインをして貰おうかな」

 先輩はバックから二枚の紙を取り出すと、物部兄の前へと差し出す。

 ぐったりとうなだれる物部兄は、紙を手に取ると一読し、眼鏡の奥の目を細める。

「なんだこれは?」

「見ての通り、入部届けだよ。いやいや、部員があと二人足りなくてね、丁度良かったよ」

 ケラケラと笑う先輩の姿に、物部兄は小刻みに震えると、用紙を床へと投げ捨てた。

「貴様のような人間がいる部活に入るわけがないだろうがッ」

「残念ながら、キミに発言権はないんだよ。ほらほら、早く書かないと、妹ちゃんがまた痙攣することになるよ。一発だったら気絶するだけの電流しか流れないけどさ、何度も連続でやったらどうなっちゃうんだろうねぇ」

 拳銃をわざとらしく見せつける先輩に、物部兄が悔しそうに顔を歪める。

「そうそう、素直が一番だよ。あ、気絶しちゃってるから、妹ちゃんの分も書いてあげてね」

 書き終わった入部届けを眺め、先輩は満足そうに頷く。

「色々あったけど、全てを水に流して、同じ部活の仲間同士、一緒に頑張ろうじゃないか!」

「本を読むだけですけどね」

「港後輩、一致団結しようって時に盛り下がるようなことをいうもんじゃないよ」

 一致団結から、かなり程遠い位置にいる部活だと思うのだが。

 何より、新入部員がもの凄い形相で睨み付けているし。

「先に言っておくけど、もし幽霊部員化するようだったら、物部兄妹がオロチだってこと街中にバラすからね」

「なッ!?」

「必死に隠してるんだよね、オロチだってこと。僕もそんなキミ達のことを応援したいからさ、ちゃんと部活には来るんだよ?」

 言いたいことが纏まらないのか、物部兄は餌をねだる鯉のように口を開け閉めしている。

 てか、あれで正体を隠していたつもりだったのか。

 先輩が何も言わなくても、すぐにバレてしまいそうな気がするのだが。

 兎にも角にも、新入部員が二人増え、これで本当に全部終わったようだ。

 終わってなくても、終わってくれ。

「坂上さん。すみませんでした」

 俺との距離を空け、とすりと矢吹がソファーに座る。

 あんなことがあった後だ、流石に気まずいのだろう。いつもの元気はなく声のトーンも低い。

「別に矢吹が謝る必要はないだろ。悪いのはアイツらなんだから。……いや、先輩が一番悪いのか」

 そして、一番割りを食ったのが、この俺だ。

 骨折り損のくたびれ儲けという言葉を、本当の意味で理解できた日かもしれない。

「それでも、すみません」

「謝ってばっかりだな、矢吹は」

 ソファーの向かいでは、未だに先輩と物部兄が掛け合いを続けている。

 いい加減、華の無事を確認した方がいいと思うのだが。中で、呼吸困難にでもなっていたら、シャレにならないぞ。

「樹さんが言ってたとことか、聞かないんですか」

「聞いて欲しいのか」

「聞いて欲しくないですけど。気になったりしないんですか」

「気にならん。とは言えないけど、言いたくないことをワザワザ聞き出そうとも思わん」

 あくまでも予感だが、聞くと良くないことが起こりそうな気がする。そして、良くないことが起こる時の俺の勘は百発百中だ。

 だから、正直関わり合いになりたくない。

 知的好奇心より身の安全を選ぶ人間なのだ、俺は。

「変な人ですね、坂上さんって」

「矢吹だけには言われたくねぇよ」

 矢吹が小さく笑う。

 そろそろ下校の時刻を知らせる放送が流れる時間だ。見回りの教師に寝転がっているパワードスーツが見つかる前に、さっさと帰ることにしよう。

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