第17話 反撃
ここまでか。
かなりやりすぎた気もするが、先輩の言うように物部兄が暴れたら昨日の比ではないくらいに被害が出るだろう。
それを少しでも分かって貰えたというのならば、巻き込まれた甲斐があったというものだ。
「もういい、やれ……」
物部兄は俯いたまま、アタッシュケースを勢いよく押し出した。
兄の言葉と同時に動き始めた物部妹は、いつの間に外していたのか両手のロープをバラすと、椅子ごと体を前転させて体を縛っていたロープからも抜け出す。
そして、アタッシュケースの上部に付いていたボタンを押した。
瞬間、アタッシュケースがバラバラに分解され、それぞれのパーツが自動的に物部妹の体へと貼り付いていく。
「ありゃりゃ、これは」
物部妹の体を覆うのは、鉛色のパワードスーツ。
「地球刑事オロチ、参上!」
両手を交差させるポーズと共に、アイカメラが蒼く灯った。
なるほど、罠に填められたのはこちらの方らしい。
ソファーに座って成り行きを見守っていただけの俺の頭に、オロチの右手が押し当てられる。
「ミシャグチドライヴ!」
言葉に反応し、オロチの右腕が駆動、銃口のような形へと変形する。
「動かない方がいいですよ、先輩」
中身が女の子だと分かっているのに、声が男のモノだというのは、なかなか不気味だ。
もっとも、戦闘員の機械音声に比べれば、だいぶマシだが。
「遊びは終わりだ。聞かせて貰おうか、本当の事を」
倒れていた椅子を起き上がらせ、物部兄が腰を降ろす。
「本当のこと?」
「坂上先輩に発言権はないので、喋らないで下さいね。ここでは、私達がルールです」
オロチの異形の右腕が一層強く押しつけられ、頭に鈍い痛みが走る。
もう少し人質は丁寧に扱って欲しいものだが、文句を言ったら次は殴られかねないので黙っておく。
「同じ言葉を繰り返すようで申し訳ないんだけどさ、本当のことって言われても、皆目見当も付かないんだよねぇ」
「あんたはそうかも知れないが、そっちの陰に隠れている方はどうかな」
物部兄が机の陰へと視線を送ると、陰からそっと矢吹が顔を覗かせる。
アイツ、ずっとあそこに隠れてたのか。
「俺が何を訊きたいのか分かるはずだろ、矢吹星」
眼鏡の奥の視線が、矢吹の瞳を射抜く。
矢吹は小さく肩を震わせた。
「私は、なにも、知りません……」
矢吹の答えに、物部兄は落胆したように首を振る。
「華、やれ」
「ですって。残念でしたね、坂上先輩」
頭部に直接モーターの駆動音が響いてくる。
どうやら、オロチは本気で俺の頭を吹き飛ばすつもりらしい。
「待て、物部妹」
「発言権はないと先ほど言ったはずですが。それに、私は物部妹ではなく、物部華です」
「分かった。訂正しよう、物部華。喋っても死ぬ喋らないでも死ぬという状況なら、俺は喋ることで一部の望みを賭ける方が生産的だと思うのだが」
物部兄妹が、視線を交わす。とりあえず、すぐに殺されるという状況は回避したようだ。
「俺は矢吹が何を知っているのか、さっぱり微塵もこれっぽちも知らない。なのに殺されるというのは理不尽すぎるのではないだろうか」
「理不尽ですよ。だって、理不尽に殺すのですから」
「そもそも、正義の味方が何の罪もない一般市民を殺すというのは非常に問題があると思うのだが」
「先程、兄が言いましたよね。正義の前には、小さな犠牲もやむ得ないと」
それに、と物部妹、もとい華は言葉を続ける。
「罪のない一般市民を殺すのは、正直私にも迷いがありました。だから、貴方が死ぬべき人間か、そうでないのかを調べるために、ここにやって来たんですよ」
確かに、ただ矢吹を襲いたいだけなら、最初からオロチの格好をしてここにくればいいだけの話だ。
なのに、わざわざ普通の生徒としてここにやってきた。
いや、待てよ。何かおかしくないか?
そもそも、何故人質を取る必要がある。
俺の思考を遮るように、華はさらに言葉を続けた。
「貴方は確かに何もしなかった。ですが、助けようともしなかった。見て見ぬ振りをしましたよね。そんな貴方を私は悪だと断定しました」
自分のことを正義などと思ったことは一度もないが、まさか悪と断定されることになるとは。
一言「やめておいた方がいいですよー」とか適当なことを言っておくべきだった。
「だから、躊躇なく殺すことが出来ます」
先輩が西部劇のガンマンのように拳銃を手の中で回すと、物部兄に銃口を突きつける。
「さっきから、殺す殺すってさ、ちょっと物騒すぎるよねぇ。もしも、もしもだよ、キミが港後輩をやったら、僕はキミ達を悪だと断定する」
「誰に向かって、悪だと言っているッ」
怒号と共に椅子から立ち上がる物部兄だったが、大きく体が揺らぎ、再び椅子へと腰を落としてしまう。
「兄さん、無理はしないで下さい。私がちゃんとやりますから」
額に浮かぶ汗を拭って、物部兄は力なく頷いた。
「体調が悪そうだね、大丈夫かな。無理せず、横になった方がいいと思うけど」
「余計な会話は無用です。矢吹先輩、早く教えて下さい」
「立っているだけでも、やっとの状態なんでしょ。急いで病院に行った方がいいんじゃないかな。樹君からさ、焦りの音がうるさいくらに聞こえるんだよ」
「これ以上喋ると、本当に坂上先輩を殺しますよ!」
「いいよ。やりなよ」
その言葉に、部室内の音が一気に消失する。
予想していたが、やはりこういう結果になったか。しかし、こちらの許可くらいは取って欲しいのだが。
「出来ないとでも思っているのですか」
「先輩、これ貸しですからね」
「いやいや、これは随分と大きなモノを借りちゃったなぁ」
ケラケラと笑う先輩に、俺はため息しかでない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます