第11話 オロチVS

 俺と矢吹は無言のまま、細い道を歩いていく。

 明かりの点いた家から、夕飯の匂いが流れてきて空腹を刺激してくる。

 帰ってから夕飯の支度をするのも億劫だ。どこかで食べていこうか。

「坂上さん、あの……」

「断る」

「まだなにも言ってないじゃないですか!」

 矢吹が怒るが、聞かなくても何を言おうとしているのかくらい分かってしまう。

「あれだけボコられて、まだ俺にやれっていうのか?」

 矢吹が言葉を詰まらせたことから、どうやら俺の予想は当たったようだ。

「今日実感したんです。坂上さんはやっぱり、ヒーローなんだって」

「人助けをする人をヒーローって呼ぶなら、警察官も消防士も医者もみんなヒーローだろうが。それに、実際に助けたのは、オマエだよ」

 俺はただ後ろから見ていただけだ。

 矢吹が助けようと思わなければ、無視して通り過ぎていただろう。所詮、俺はそういう人間なのだ。

「そんなことないです! それに、坂上さんには隠された力が……」

「ねぇよ、そんなもの」

 即座に矢吹の言葉を否定する。

「俺は、どこにでもいる普通の高校生だ。オマエが望んでるようなもんじゃない」

 平穏と平和を望む、ただの一般市民だ。それ以上でもそれ以下でもない。

「いやいや、それはどうッスかね、お兄さん」

 突然かけられた声に、俺と矢吹は同時に反応する。

 俺達がいる路地奥の闇から生えるようにして一人の戦闘員が姿を現す。

 その胸には、十八号と刻まれている。一昨日、最初に話しかけた戦闘員のうちの一人だ。

「あれだけ痛めつけたっていうのに、もう歩いているなんて、かなりただ者じゃないと思うんッスけど?」

 仮面奥の機械音声が僅かに笑う。

「それはさておき、今朝方はすみませんでした。ウチらの中にもチンピラみたいな連中が紛れ込んでましてね。いやいや、お兄さんに怪我がなくてなによりッス」

 丁寧に頭を下げてくる十八号に、俺をどう返したらいいのかが分からず思わず、ついつられて頭を下げてしまう。

「で、その時にオロチと名乗るパワードスーツの男がいたらしいんッスけど、お兄さん何か知りませんかね?」

「俺達も探してて、知ってたら逆に教えてほしいんですけど」

「あらら、そうでしたか。でも、なぜオロチを?」

「オイ、小僧。隠してるとタダじゃすまさねぇぞ」

 十八号の奥から、筋肉質で大柄な戦闘員が姿を見せる。

 その胸に刻まれた番号は八。

 十八号と同じく、あの場にいた戦闘員の一人だ。

 八号の言葉に、十八号はわざとらしく首を左右に振って肩を竦める。

「なんで出て来ちゃったんスか。八号さんが出てくると、話がややこしくなるじゃないッスか」

「うるせぇ。俺の勘がこいつは怪しいって言ってやがるんだ」

 この八号、矢吹と同じ世界の住人らしい。

 勘だけで責められたのでは、溜まったものではない。

「勘とか憶測でものを言わないで欲しいんッスけど。それじゃあ、開きかけた口も堅く塞がっちゃうッスよ」

「塞がったなら、無理矢理こじ開ければいいだろうが」

「そんなこと絶対にさせません!」

 十八号が現れたときから俺の陰に隠れていた矢吹が、八号に対抗する。だが、八号が不機嫌そうな声を出すと再び陰へと隠れてしまった。

 文句を言うなら、俺を盾にしないで欲しいのだが。

「大丈夫ッスよ、お嬢さん。知らないならそれでいいんで」

「隠してるだけかもしれねぇだろ」

「お兄さん達が、あいつを隠して何の得があるって言うんスか?」

「それは、例えば……、面白いからとか」

 八号の答えに、十八号は盛大に溜め息を吐く。

「お時間を取らせてすいませんでした。暗いから、気を付けて帰る──」

 十八号の言葉は、突如空から降ってきた鉛色の人影にかき消される。

 その重量に陥没したアスファルトの中心、片膝を付いた状態からゆっくりと立ち上がる人影は、両手を交差させて複雑なポーズを決める。

「地球刑事オロチ、参上!」

 探していた人物が、とうとう目の前に現れた。

 全く困っていないのに。

 突然の来訪者に、その場の全員が一瞬時間を奪われる。だが、流石は戦闘員、すぐに十八号が立て直した。

「あなたが、オロチですか。いやいや、朝からずっと探してたんスよ。今朝は仲間が世話になったよ──」

 十八号は言葉を言いきることなく、オロチの蹴りによって路地の遙か先まで吹き飛ばされる。

 何が起こったか理解できずに呆ける俺と矢吹だったが、八号の反応は素早かった。オロチへと一瞬で間合いを詰めると、どこから取り出したのか金属バットで殴りかかる。

 オロチは鉄パイプの時のように、金属バットを無防備状態で受け止めようとはせず、半身をずらして紙一重の位置でかわす。

 本来振り降ろすべき場所に何もなく、たたらを振むようにしながらアスファルトをバットで思い切り殴り付ける八号。

 アスファルトの破片が飛び散る中、オロチは振り切った八号の腕を蹴り抜こうとする。

 だが、八号は金属バットから手を素早く離すと、飛び跳ねるようにして後ろへと下がった。

 一進一退の攻防に、空気が引き絞られる。

 俺は矢吹と共に、二人に気付かれないようにそっとその場をあとにしようとするが、壁際まで下がったところで矢吹が服の裾を掴む。

「お願いします。逃げないでください」

「逃げないで下さいって、逃げないと巻き込まれるぞ」

「それでも、お願いします」

 何故、矢吹が逃げようとしないのか皆目見当も付かない。

 矢吹の思考が少しは分かるようになったと思っていたが、コイツのことは全く理解していなかったようだ。

 この場に留まって、俺に何をさせようというのか。

 視界の端では、オロチと八号が激しく激突している。

 パワーではオロチの方に軍配が上がるようだが、八号の方が戦い慣れていた。

 オロチの攻撃を巧みに躱し、急所を最短距離で的確に狙い打つ。

 それをオロチはパワーで強引に凪ぎ払う。

 戦いは五分と五分。

 こんな人間離れした戦いが繰り広げられている中で、俺は一体何をしたらいいのだろうか。

 そんな疑問を矢吹へと投げかけると、矢吹は首をゆっくりと横へと振る。

「坂上さんは、ただそこにいてくれればいいですから」

「せめて、どういうことだか説明しろ」

 俺の質問に矢吹は何も答えようとはしない。そんな態度に自然と舌打ちがでる。

 オロチと八号の戦いは、そろそろ決着が付きそうなところにまできていた。

 急所を突いていた八号だったが、ダメージは八号の方が圧倒的に多い。

 パワードスーツに覆われたオロチと、全身タイツの八号とではそもそも防御力の差が歴然であった。

 タイツのあちらこちらが破れ、血を滲ませる八号。その息はあがり、肩が激しく上下している。それに対して、オロチはダメージがあるのかないのか、外側からでは窺うことができない。

 その精神的な差も二人の勝敗を大きく左右しているようだ。

「諦めろ、ヘルタースケルター。貴様等は正義の前に屈するしかないのだ」

「うるせぇ。俺はまだ負けてねぇッ!!」

 八号のセリフは、今朝方、鉄パイプでオロチに襲いかかった戦闘員の言葉に似ていた。

 八号の手がオロチに蹴り上げられ、金属バットが空高く舞い上がる。

 オロチはさらに蹴り上げた体勢から、体を回転させ八号の腹部を狙う。

「はい、残念でした」

 闇に紛れるようにして、オロチの背後に十八号が立っていた。

 十八号が、オロチの無防備な背中にそっと手を当てる。その瞬間、青白い閃光と共に何かが爆ぜる音が辺りに響いた。

 声すら出せずに膝から崩れ落ちるオロチ。

 パワードスーツの隙間から細い煙が立ち昇る。

「いやいや、試作品とはいえハンドスタンガンの威力は半端ないッスね」

 未だに放電を続けている自分の両手を見つめる、十八号。そんな戦闘員の頭を、八号が拾った金属バットで叩く。

「テメェ、もっと早く来いよ。死にかけたじゃねぇかッ」

「痛いじゃないッスか。そんなんで叩かれたら、マジで死にますよ!」

 倒れ伏すオロチの横で、やいのやいのとやりとりをしている戦闘員二人組。

 あの化け物みたいな強さのオロチが負けてしまった。

 正義のヒーローっぽいヤツを、ただの戦闘員が倒してしまうなんてそんな馬鹿なことがあっていいのか。

 これでは、ヘルタースケルターの壊滅をオロチに頼めないではないか。

「負けてしまいましたね」

 矢吹が、呆けたように呟く。

「負けちまったな」

「やっぱり、本物のヒーローは坂上さんしかいないですね。今こそ、真の力を発揮するときですよ!」

「どうしてそうなった」

 力強く拳を握りしめる矢吹を、半眼で睨む。

「しかし、残念ながらスーツを持ってきていないんですよね。一生の不覚です」

「持ってきたとしても、絶対に着ないけどな」

 矢吹が頬を膨らませるので、額を思い切りデコピンで弾いてやる。

 ストレス解消完了。

 そんなことをしている間に、戦闘員達は二人掛かりでオロチを持ち上げていた。

 連れて行ってどうするつもりか知らないが、あれだけ派手にやったのだからロクなことにはならないだろう。

「お騒がせしたッス。ではでは、ウチらはこのへんで」

 十八号が片手でひらひらと手を振る。

 重そうにしながら、闇の中へと消えていく二人の戦闘員。その姿は、完全に人拐いだった。やっていることも誘拐なのだが。

「助けなくていいのか」

「私に助けられると思いますか?」

 確かに助けられるとは思わないが、そんなに自信満々で言わなくても。

「それに助ける義理もないですしね」

「てっきり無茶を承知で助けに行くと思っていたのに、随分と冷たいんだな」

「冷たいなんて心外ですね。私は坂上さんの助けになればとオロチを探していただけで、彼本人には微塵も興味がないのです。それに、常々ヒーローは一人で十分だと思っていますしね」

 悪役のようなセリフを言うヤツだった。

 そもそも、オロチを探すことは俺にとって一つも利益がないのだが。

「では、帰りましょうか」

「本当にあっさり見捨てたな」

 オロチには本当に興味がないようで、矢吹は振り返ることもなく歩いていく。

 万が一、オロチの中身が物部だったらヤバいのではないだろうかと思わなくもないが、矢吹の言う通り助ける義理はない。

 そして、矢吹の言う通り助けに行ったところで助けられるとも思わない。

 なので、オロチが連れ去られたことは忘れることにした。

 中身が物部でない場合、大損をすることになるしな。うん。

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