第10話 オロチ捜索隊

 学校を出て、矢吹と一緒に駅方面へと歩いていく。

 春になれば桃色に染まる桜並木も、この季節は葉を全て落としてしまって物悲しい雰囲気を醸し出している。

「どうやって、オロチを見つけるつもりだ。まさか、このままアテもなく歩き回るんじゃないだろうな」

「大丈夫です。ちゃんと作戦があります」

 それ、二日前も聞いたような気がするのだが。

 今まで治まっていた体中の痛みが疼きだす。

「ヒーローとは困った人々を見捨てられないもの。つまり、困っている人を捜せばいいのです!」

「で、その困っている人はどうやって探すんだ」

「歩き回っていれば、そのうち見つかりますよ!」

 笑顔を浮かべる矢吹に、俺はため息を吐く。

 まぁ、そうだろうとは思っていたよ。期待を裏切らないでくれてありがとう。

 俺は意気揚々と歩く矢吹の後ろをついていく。

 そう簡単に困っている人が見つかるとはとても思えないのだが。

「発見しましたよ、困っている人を!」

 意外な事に、困っている人はあっさりと見つかった。

 車の往来の多い四車線を前に、お婆さんが立ち往生している。

 ここから横断歩道まで結構な距離がある。しかも、両手に大荷物だ。なんと典型的な困った人なのだろうか。

「これは、絶対に現れますよ。さぁ、どこからでも来るといいのです、オロチ!」

 じっと待っていたが、五分経ってもオロチは姿を見せない。

 立ち尽くすお婆さんを眺めていることに飽き始めた頃、横で矢吹が頭を書き毟り始める。

 ついに、発狂したか。

「なにやってるんですか、オロチは!」

「俺に聞かれても知らねぇよ」

 だいたい、困っている人を一人一人助けていたら、キリがないと思うのだが。

「もういいです、私が助けてきます!」

 矢吹はお婆さんに駆け寄り何か話したあと、荷物を持ってあげようとする。だが、重いらしく一ミリも持ち上がっていない。

 どうやら、お婆さんは結構な力持ちだったようだ。

 何度か荷物を持ち上げようと頑張っていた矢吹だが、とうとう諦めたのか俺へと情けない表情を向けてくる。

 本当に、予想の範囲内の行動をしてくれヤツだ。

 荷物を持ってお婆さんを道路の反対側へと送る。何度もお礼を言いながら去っていく、お婆さん。

 うん、俺は一体何をやっていたのだろうか。

「やっぱり、坂上さんは本物のヒーローですね!」

「それはどうも」

 否定するのも面倒で適当に相槌を打つ。

 機嫌良く先を歩く矢吹。このまま角を曲がったら、気付かれずに逃げられるのではないだろうか。

 そんな考えがよぎった瞬間、矢吹が驚きの声をあげる。

「あんな所に、困っている人が!」

 矢吹の指さす方向に視線を向けると、幼稚園児くらいの男の子が道の端で泣いていた。

 また困った人間と遭遇したのだ。

 迷子だろうか。

「今度こそ、オロチが来るに違いないですね!」

 ぐずぐずと泣いている男の子を、電柱の陰から見守る。その姿は、完全に犯罪者のそれであった。

 そんな危険を冒してまで待っているというのに、オロチは現れる気配すらない。 そして、男の子を助けてくれる人もいなかった。

 単純に民家に通じるだけの一本道なので、人が通らないのだ。

「来ませんね」

 矢吹はだいぶ焦れているようで、頻りに足踏みをしている。

 そんなに気になるのなら、助けに行けばいいのに。そう思っている間に、矢吹は男の子へと駆け寄る。

 結局、オマエが助けるのかよ。

 男の子の話を聞いていた矢吹が、一枚の紙切れを持って戻ってくる。

「この場所、分かりますかね……?」

 申し訳なさそうに訊ねてくる矢吹に紙を覗き込むと、そこには住所が書き込まれていた。

 どうやってここまで来たのか、書かれている住所は随分と離れた場所のものだ。

 近くに交番があるので預ければ早いのだが、矢吹は自分で連れていく気満々のようだ。場所もろくにわからないクセに。

 仕方なく、後ろで手を繋いでいる馬鹿と迷子を先導する。

 来た道をひたすら戻り学校を通り越して、上用賀へと向かう。そして、自宅の前で迷子と別れた。

 ゲームだったら、お金かアイテムを貰えるのだろうが、得られたのは徒労だけだった。

 こうなるとは思っていたが、やはりか。

 夕日は街の端に消え、闇が広がっていく。それに反応するように、街灯に明かりが灯り始めた。

「帰るか」

 俺の言葉に、矢吹が力無く頷く。

 コイツはこんなことで、オロチに本気で会えると思っていたのだろうか。いや、会えるのかもしれないが。

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