第9話 放課後の話
「ということが、あったんですよ」
「ふーむ、なるほどね」
放課後、部室でのことである。
どこで話を聞きつけたのか、部室に入るなり先輩が「何か面白いことがあったらしいね?」と話しかけてきた。
だが、こちらには、これといって面白いことに遭遇した記憶などない。
何のことなのかと訊ねてみれば、どうやら朝のことを聞きたい様子だったので、暇つぶしにと話していたというわけだ。
「で、それからどうなったの?」
「それで終わりですけど」
「えー、終わりとかあり得ないでしょ。普通、ここからが盛り上がるところじゃない。最初は敵だったオロチが仲間になるとかさ、共通の敵を倒すために一時的に手を組むとかさ。最後まで敵として戦い続けるって展開も燃えるよねぇ」
「燃えるとか、知らねぇよ」
なんで戦うことは前提となっているのか、意味が分からない。
俺はどこかの戦闘民族とは違うのだ。ただ、ゆっくりと暮らせればそれでいい。
「ちょっと待ってくださいッ」
今まで大人しく話を聞いていた矢吹が、突然大声を出す。
そういえば、コイツも今日から読書部に入ったんだったか。ずっと黙っていたので、存在をすっかりと忘れていた。
「それで終わりでは、なかったじゃないですか」
「え、そうなの?」
先輩の問いに、矢吹が力強く頷く。
そんな姿に、俺の口から溜息が漏れた。
ホント溜息ばっかり吐いてるな、俺。
「今日、ウチのクラスに転校生が来たんです。物部樹(もののべ いつき)君っていうんですけど」
「ほほう、それはなんともグッドなタイミングだねぇ」
「絶対に怪しいですよね!!」
全然怪しくないだろ。
転校してきた日に、たまたまパワードスーツの男か現れたからといって怪しんだりしたら可哀想ではないか。
こういう些細な事がイジメの温床となっていくのだ。
「これは調べる必要があると思います」
「調べるって何を?」
面白がっている表情をしながら先輩が尋ねると、矢吹は指を二本立ててみせる。
「調べることは二つです。一つ目は、オロチが正義の味方なのかどうか。二つ目は、オロチがこちらの仲間になってくれるのかどうか。そして、三つ目は……」
そう言ってから、矢吹は自分の指が二本しか立っていないことに気付いて、首を傾げる。
「なんで、三つ目があるんですか?」
俺に聞かれても、知るわけがないだろうが。
細かいことは無視することにしたのか、矢吹は言葉を続ける。
「三つ目は、オロチと物部君が同一人物かどうかです」
「なるほどなるほど。で、どうやってそれを調べるつもり?」
「まず、二つの部隊に分かれます。一方は、物部君の監視を、もう一方はオロチの捜索をします。そして、オロチが現れたときに物部君が消えれば、彼はクロということです!」
それだと、三つ目しか分からない上に、三つ目も偶然見失ったときにオロチが現れたという可能性が拭えないと思うのだが。
「どうですか、安部先輩?」
「よし、その作戦でいこう!」
この作戦でいくのかよ。
てか、作戦ってなんだよ。
「矢吹、ここが何をする部活か知ってるか?」
「私は読書が嫌いです!!」
読書部の根底を否定された。
読書が好きで部活に入ったわけではないので、そういう場合もあるだろうが、もうちょっと空気を読めよ。
「私は外に出たいです!!」
「うるせぇ。部室の隅で静かにしてろ」
「だよねぇ、読書って退屈だよねぇ」
「部長のアンタが、読書を否定すんなよ……」
もう、全体的にグダグダだった。
物部のことを調べたいなら勝手にやってくれ。
人数も二人だし、丁度いいではないか。
このまま二人とも部室を出ていくのだし、部活も中止だろう。だから、俺は帰りの支度をし始める。
「なんで、帰ろうとしてるんですか!?」
「ちょっと用事を思い出した。では、サヨウナラ」
俺は雑誌をバックにしまうと、ソファーから立ち上がり急いで立ち去ろうする。
「待ちたまえ、港後輩」
待てと言われて待つと大体良くないことが起こるのは自然の摂理なのだが、待たなくても良くないことが起こりそうなので、仕方なく足を止める。
足を止めるが、顔は正面の扉を向いたまま。
「キミに用事なんてないだろうが!」
「もう二度と来ません」
「嘘嘘嘘、冗談だよ、港後輩! だから、出ていこうとしないで! 矢吹君、港後輩を連れ戻して!!」
廊下に出たところを、矢吹に腕をガッチリとロックされ捕獲される。
腕に押し付けられる、矢吹の薄い胸。
どうせなら、もう少し胸がふくよかな方が俺の好みなのだが。そんなことを思いながら見下ろすと、矢吹はこちらを睨み上げていた。
「そんな顔しても、絶対に逃がしませんからね」
「……矢吹ってズレてるよな」
矢吹に腕を捕まれたまま教室へと連れ戻され、ソファーへと腰を下ろされる。
横で俺の腕を掴んだまま離そうとしない、矢吹。
なんだ、この状況は。
「そうしていると、まるで恋人みたいだね」
ケラケラと先輩が笑う。
「でも、港後輩は僕のモノだからね。取っちゃ駄目だよ」
ニヤリといやらしく笑う先輩を、ジト目で見つめる。
いつから、俺はアンタのものになったんだ。
矢吹は、一度俺の顔を見つめてから、視線を先輩へと移す。
「安部先輩と坂上さんって、付き合ってるんですか」
「そんなわけねぇだろうがッ」
「そうだよ」
俺と先輩の声が重なる。
「どっち!?」
矢吹に常識を求めるのは酷な話だろうが、常識で考えて欲しい。
俺は同性愛を否定したりはしない。
だが、もしも、万が一にも、俺が男性のことを好きだとしても、先輩だけは絶対選ばない。俺にはその自信と確信がある。
「話が逸れたけど、僕が物部君を監視して、港後輩と矢吹君がオロチを探すって感じでいいのかな?」
「はい」
「よくない」
お互いの意見がぶつかり、俺と矢吹は顔を向け合う。
「いいですよね」
「俺は帰る」
「坂上さん、部活するつもりあるんですか?」
「忘れているようだから言っておくが、ここは読書部だ」
「これも、読書部の立派な活動です!」
どこをどう解釈したら読書部の活動で、パワードスーツの男を捜すことになるか理論的に教えて欲しい。
平行線のままにらみ合っていると、先輩がニコニコとしながら近付いてきて、俺の左耳にそっと話しかける。
「もしかしたら、オロチがヘルタースケルターを壊滅してくれるかもしれないじゃない。そしたら、お役御免になるかもよ」
「お役御免って、土曜日の時点で約束は遂げたじゃないですか」
「それは、港後輩の気持ちでしょ。矢吹君もキミと同じ気持ちだといいんだけどね」
ニヤニヤしている先輩を睨み付けてやると、ヒラヒラとしながら逃げていく。
「私は仲間外れですか」
膨れっ面で見上げてくる矢吹の額を、中指で弾く。
「何するんですか!?」
「いい加減、腕を放せ」
まだ俺が逃げると思っているのか、一向に手を離そうとしない。
どれだけ、コイツの中で信用がないのだろうか。
「離さないと、オロチを探しに行けないだろ」
溜息混じりに言うと、矢吹は驚きと嬉しさが混じったような不細工な表情を浮かべて、すぐに手を離す。
「聞きましたか、安部先輩!?」
「ちゃんと聞いてたよ。物部君の監視は僕に任せて、いってらっしゃい」
どちらかと言えば、物部の監視の方が良かったのだが。誰も居ないなら、監視していると言いつつ部室でのんびりと過ごすことが出来たのに。
「坂上さん、これ」
何の脈絡もなく、矢吹が自分のバックから紙袋を取り出し、俺へと渡してくる。
可能ならば、受け取りたくない。だが、受け取らないと差し出した格好のままずっと固まっていそうだ。
そのまま固まらせておくのも、それはそれで面白いかもしれないが。
何か変なものでも入っているのではないかと、慎重に紙袋を手に取ると、何も入っていないのではないかと思えるほどに軽い。
何故だか中身を取り出すことに無性に抵抗感を覚え視線で中身を訪ねるが、矢吹は早く開けてみろと視線で返してくる。
そっと紙袋の口を開くと、中に入っていたのは黒いレース地の布だった。
別の言い方をすると女性用の下着だった。
だから、俺は思いきり下着を床へと投げつけた。
「ちょっと、何してるんですか!?」
「変なものだったんで、つい」
「変なモノって、これ私のお気に入りだったんですからね」
お気に入りだったら、自分でちゃんと持っておけよ。
「昨日約束したからちゃんと持ってきたのに、坂上さんヒドすぎます! 鬼、悪魔、暗黒神!!」
「暗黒神ってなんだよ」
バックを手に部室から出る。これ以上、付き合っていると頭がオカシくなりかねない。
と、扉の向こうに見知らぬ少女が立っていた。
黄色い上履きとリボンタイ。一年生だろうか。
鉢合わせしたことに驚いているのか、こちらを見上げたまま固まっている。
「何か用?」
「あ、いえ、あの……、なんでもないです」
見知らぬ下級生は、頭を下げると廊下の奥へと走り去っていく。
「どうかしましたか?」
後ろから矢吹に声を掛けられた俺は、首を傾げることしか出来なかった。
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