2章
第8話 地球刑事オロチ
目の前に、鉛色に輝くパワードスーツが立っていた。
俺が戦闘員達に集団リンチにされてから、二日後の朝のことである。
一向に痛みの退かない体を引き摺るようにしながら登校していると、不意に後ろから声をかけられたのだ。
機械で無理矢理変換された不気味な声に、振り向くのをかなり躊躇いながら背後を確認すると、予想通りそこには戦闘員が五人も立っている。
何やらこちらに用事があるようだが、生憎こちらには用事はない。
軽く挨拶を済ませてその場を立ち去ろうとしたのだが、戦闘員達も「はい、そうですか」というわけはいかないようで、俺の肩を掴んできた。
その時、何の脈絡もなく、頭上から振ってきたのがパワードスーツである。
コンクリートを陥没させて着地するその姿は、まさに落下という体であった。
突然の来訪者に、どう反応したらいいのか困る俺と戦闘員達を余所に、パワードスーツは一瞬で四人の戦闘員達を問答無用でなぎ倒した。
そして、現在にいたるのである。
「なんなんだよ……。なんだってんだよ……」
あっという間に一人となってしまった戦闘員が声を震わせながら、鉄パイプを構える。
「一体、オメェはなんだってんだよぉッッ」
恐怖に駆られながらも戦意を喪失しないあたり、流石は戦闘員といったところだろうか。
叫び声と共に、パワードスーツに向かって思い切り鉄パイプを振り降ろす。
それに対して、パワードスーツは受け止めようとも、避けようともせず、ただ黙って戦闘員の一撃を受ける。
辺りに響く、甲高い金属音。
思い切り顔面部へと振り下ろされた鉄パイプだったが、ダメージを与える事はできなかったらしい。
パワードスーツは、振り下ろされたままになっている鉄パイプを掴むと、針金でも曲げるかようにその形を歪なものへと変える。
戦闘員から短い悲鳴が漏れた。
「地球刑事オロチ」
パワードスーツから若い男の声が響く。
戦闘員とは違い、はっきりとした声。
「俺の名は、地球刑事オロチ」
名乗ると同時に何やら複雑なポーズを取り始める、オロチ。
「俺の名は、地球刑事オロチだ!!」
特撮ヒーローモノなら背後で爆発でも起こりそうな勢いでオロチは、決めポーズを取った。
何で、三回も名乗ったのだろうか。
「何が地球刑事だ、ふざけてんじゃねぇぞッ」
「ふざけてなどいない。貴様等のような屑がのさばっているというのに、この街には警察官が一人もいないと聞いてな。排除したのか排除されたのか知らないが、俺が来た以上、貴様等に明日はないぞ!」
オロチのアイカメラが、不気味に蒼く輝く。
「今日から、俺がこの街のルールだ」
「それが、ふざけてるって言うんだよッ!!」
早く逃げ出すべきだと思うのだが、プライドなのか仲間の仇討ちなのか、ひしゃげた鉄パイプを手にオロチへと再び襲いかかる戦闘員。
だが、鉄パイプが届くことはなかった。
振り降ろすよりも早くオロチの鋭い蹴りが戦闘員の腹部に突き刺さり、ゴム鞠のように跳ね飛んでいく。
壁に激突して、ぐったりとしているが大丈夫なのだろうか。
「無事か、少年?」
蹴り足をゆっくりと下げながら、オロチが首を向ける。
「あー、大丈夫です。俺は」
周りで倒れている連中が無事かどうかは分からないが。
「無事で何より。困ったときは、この俺を呼ぶといい。俺の名はオロチ。地球刑事オロチだ!」
「あ、はぁ……」
こういう場合、どうリアクションを取るのが正解なのだろうか。誰か俺に教えてくれ。
なんだか微妙な反応をしてしまったが、オロチは特に気にしていないようで、俺に親指を立てて見せる。
「よろしく、正義!」
そして、二階建ての家を軽々と飛び越える跳躍で、俺の視界から消えていった。
その姿は蚤のようで、物凄く格好悪かった。
しばらくの間、オロチが去っていった方向を見つめてから、俺は思った。
学校に行こうと。
「坂上さん、おはようございます!」
掛けられた声に振り返ると、朝から馬鹿みたいに笑顔を浮かべている矢吹が立っていた。
何が起きたのか分からない状況では、矢吹の存在が多少ありがたい。
全部がどうでもよくなるからだ。
「お体大丈夫かなって心配していたんですけど、大丈夫そうで何よりですって、これどうしたんですか!?」
周囲に散らばる戦闘員達の姿に、矢吹が目を丸くする。
「まさか、全員坂上さんが倒したんですか」
「そういう風に見えるか?」
「はい、見えます!」
即答だった。
ひしゃげた鉄パイプが転がっている上に、民家の塀に突き刺さっている戦闘員までいるというのに、矢吹の中で俺はどう映っているのだろうか。
「なんか知らんが、空から地球刑事って名乗るパワードスーツの男が降ってきて、コイツらを倒してどっかに飛んで行ったんだ」
「どうやら、まだお体の具合が良くないようですね」
「まぁ、普通そういう反応になるよな」
見ていた自分ですら何が起こったのかよく分かっていなのだ、見ていなかった矢吹が理解できるわけがない。ないのだが、コイツに憐れむような視線を送られると無性に腹が立つのは、どうしたものか。
「バーカ」
「何で急に悪口を言われたんですか、私!?」
このまま放置しておいて車に跳ねられても寝覚めが悪いので、救急車だけは呼んでおいた。
あとは、勝手にどうにかしてくれ。
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