第4話 決行は土曜日
校庭から聞こえる運動部の声が徐々に小さくなり始め、下校の時間が近付いている事を知らせている。
「ありがとうございます、坂上さん! 本当に、ありがとうございます!」
「いやいや、お礼なんていいよ」
「アンタが言うな」
身を乗り出しながらお礼を言ってくる矢吹に向かって、俺は犬を追い払うように手を振った。
「そもそも、なんでヘルタースケルターを倒さないといけないのか、俺にはよく分からないのだが」
「言われてみれば、確かにそうだね」
俺の言葉に先輩も同意する。
ヘルタースケルターは悪の組織などと名乗っているが、別段悪いことをしているというわけでもない。強いて挙げるなら、集団で行動しているため道が通りにくい事があるのと、威圧感が半端ではないことくらいだろうか。
ゆえに、俺にはその理由が全くわからない。
だが、その質問が何かに障ったのか、矢吹が勢いよく机を叩いた。
「何を言ってるんですか、坂上さん!!」
叩いた手が痛かったのか、両手を振っている姿がどうにも締まらない。
「悪の組織ですよ、倒すべき相手に決まっているじゃないですか!」
「なんだその、犯罪者だから殺すみたいな短絡的な思考は」
「いや、いくら犯罪者でも殺人はよくないと思いますけど?」
「なんで急に真面目になるんだよ」
キョトンとした矢吹の表情に、ゲンナリとする。
「悪の組織が倒すべき相手っていうのは分からなくないんだけど、それを何で矢吹君がするのかがよく分からないんだよねぇ。いや、楽しそうだから何でもいいんだけどね」
「先輩、いま楽しそうって言いましたよね」
「何を言ってるんだい、港後輩。そんなこと言うわけないじゃないか」
「……彼らを倒さないと、大変なことになるんです」
呟くような矢吹の言葉に、俺と先輩の視線が集中する。
「だから、倒さないといけないんです」
先ほどまでとは明らかに印象の異なる真剣な声だった。
部室の中を静かな時間が流れる。と、チャイムの音とともに、廊下から下校の時刻を知らせる放送が流れ始めた。
「とにかく、決行は明日です」
「明日とはまた、随分と急だね」
「善は急げですから!」
一瞬にして雰囲気を元に戻す矢吹。
あれは一体何だったのか、聞いたところで答えてくれそうにもない。だったら、気にしないでもいいか。
「明日の十二時に千歳船橋駅の目の前の広場に集合で、お願いします」
そう言うが早いか、矢吹は駆け足で部室を出ていこうとする。
扉を開けて出ていく直前、くるりと反転して頭を深々と下げる。
「よろしくお願いします」
そして、俺達の反応を待たずにそのまま走り去ってしまう。
「なんだか、妙なことになったねぇ」
「妙な事に巻き込んだのは、先輩ですけどね」
本当に妙なことになった。
何故、平穏な日常を愛する自分が、こうも妙なことに巻き込まれなければならないのか。
きっと、先祖の誰かがとんでもない呪いを受けたに違いない。
「それにしても」
と、先輩が唐突に真剣な声色を出す。
「キミがヒーローになる条件に、部員になってもらうだけじゃなくて、もう一回パンツを見せてもらうっていうのも入れておいた方がよかったかな?」
「うるさい、黙れ」
もう、ため息すらでなかった。
明日は、とんでもない土曜日になりそうな予感がする。
窓から吹き込んでくる冷めた風は、冬の匂いを少し混じらせていた。
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