第二話 信長のヤボウ
曰く、【歴史科】に通う奴は全員歴史以外のテストはほぼ壊滅らしい。
そりゃもちろん、前の人間が得意としてたことはできるさ。関孝和なら数学、アリストテレスなら哲学、とかね。だけど卑弥呼の時代に英語なんてあったか?「やあやあ我こそは」とかのたまってる時代に今ほどの宇宙概念なんてあるか?自分こそが世界の中心とか思ってるようなやつらだぞ。天動説唱えて死刑になっちまったやつだっていんだ。
無理だな。
好奇心旺盛なやつは覚えるだろうけど、ずっとそれを信じてきたわけだから中々覆せないだろう。それを楯に取って戦ってきた人間も、いる。それこそが正義だと信じて死んだやつも。
前を行くでかい背中の持ち主はそのうちの一人
織田信長
尾張に生まれ京で死に、また生まれた人間。天下統一して第六天魔王とか名乗って天下無双街道突っ走ってたからかすげぇ数裏切られてる。
弟にすらやられてるし、松永には2回やられてるし。まぁそんな奴でも部下にして信頼してたっていうからすごいよな。カリスマ、ってやつ…?
そんなことはともかく、そういう理由で模試やらなんやら諸々のテストはすげぇ点数なんだと。だけど一応この学校進学校だし、大企業の中にはやっぱりそのカリスマとかを利用したいとこもあったりで、歴史以外も必要ってわけ。
…まぁ一部現代人よりヤベェ奴らいるけど、数学者とか、ね
頭の中で空笑いをする。
にしたって、あの織田信長がいくらヤバいからって答案盗みに行こうって考えに落ち着くのが面白い。勉強してどうにかしようっていう気にはならないのかね。数学は演習すればどうにかなるし、社会系は記憶すりゃいいだろ、古典は語法暗記して理科も暗記、英語は長文に慣れてアクセント完璧にすれば点数取れるし…って、暗記ばっかだな。信長暗記嫌いなのか?
何はともあれ無言でたどり着いた先は生徒会室。食堂のある棟の四階にある。
がらっと引き戸を開けると中にはすでに人がいた。金髪のそいつには見覚えがある。同室の江戸川だ。だけど一番最初に聞いた声は全然違うものだった。
「おう、来たか。ノブ」
「いい加減やめんかその呼び方。晴明、きさんくらいじゃ、儂をそのように呼ぶのは」
「いいだろう、別に…その方が面白い、だろう?」
凛とした声がしたのは左側奥の、こっちに背を向けたソファから。ひらひらと手を振るけど見える袖は着物のそれだ。くくり紐もあるってことは狩衣だろう。よっと言いつつソファから降りてこっちに来たのは、指貫がブーツカットのスラックスになった濃紺の狩衣を着た男。黒髪を一本に結った、織田の言葉が正しいなら…
「清明って、安倍の…?」
「いかにも。吾こそが従四位下・播磨守、
「まさかあんたみたいな大物に会えるとはね…俺は亜沙比京、一年壱組に今年入った」
「ふむ、話には聞いたわ、イレギュラーとやららしいな。蘭子が騒いでおった」
「…ん、蘭子?それって」
「おい、何を食っちゃべっておる。早うこっちに来て座らんか」
いきなり出てきた名前に、俺は聞き返そうとしたけど織田に遮られた。どうやらとっとと話を進めたいらしい。短気だったのはほんとだったか…
ともあれ俺は織田の隣に座る。安倍は対になってる向かいのソファにねっ転がった。てかさあ、ここ生徒会室だよな。そんなとこで「テスト強奪会議」なんてもん話してて大丈夫なのかね。まぁ大丈夫なんだろうけども。
さて、と安倍は近くにあった巻物を手に取ると紐をほどいてさぁっと机の上に広げた。見ればそれは職員室の見取り図で
…なんでこの学校の生徒はみんな地図持ってんだよ学校の!
という俺のツッコミはなんとか心のうちにしまっておくことができた。俺も持ってた方がいいのか。ちょっと割とマジで考える。まぁ当面は生徒手帳のちっちゃいやつでいいか。
俺はメモしようと思って、その生徒手帳を取り出しかけて、やめた。こういう会議ならメモは取らない方がいいだろう。落とした時とか誰かに見られたら厄介だ。それを織田も安倍も理解しているのか何も出さない。むしろ俺がしまったのを見てほくそ笑んだくらいだ。意地がわりぃっちゃぁ悪い。
「——さ、て。ノブ。
問われて、つい、と指差したのは『田中』と書いてある席だった。
「ふむ、現代国語か。確かにあれはなかなかに難しい」
「え、あんた国語できないのか」
「…古文と漢文はいいが…現代文はどうにも苦手でな。やはり400年来の思考の仕方は変えられへんな」
あぁ、そういう…
なんとなく合点がいったよ。
俺は、そういうあんたは、と安倍に聞く。
「天文学、古典、漢詩、薬学に数学、政治史以外はからっきしよ。ああ書物を書くのも得意だ。神学ももちろんイケる。だがこの学校にそれらの教科はあらなんだ」
「いっその事儂らが授業をしたりテストを作ったりした方がいいんじゃないのかの」
最後の織田の言葉はその通りすぎるのでスルーを決めさせていただきたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます