第 拾玖 話 泣きたいです。ええ。








理不尽っていう言葉の意味がこいつらに通じるか、俺は盛大に聞きたい。


その前にその概念があるかすら怪しい。


下手したらないぞ、ないどころか永久封印されているかもしれないぞ。健忘かもしれないぞ。ってことは。




「俺今超危険じゃん!?」




叫べば、皆頷く。あのね、頷くんなら手伝うとかないの?やっぱやめるも今ならいけるかもしれないし、せめて声援くれるとかさぁ。この状況理解してんならよ、もちっといたわってくれたっていいんじゃないんすか…


まぁでも。




「ここまできたらやるっきゃねぇよなぁ…」


「あははっ、そうだねぇ、腹括った方がちょっと身の為かも。それに僕的にも楽しいし。無抵抗なのをやる程つまらないことはないからねぇ」


「ちょっとかよ、そんでお前結構ドSな」


「そう?ジャックの方がそうだと思うけど」


「いや、あれはまた違うだろ」




こんなのほほんと会話してるけど、絵面はエッグイったらない。これ以上ないくらいエグい。どんなんかって?えっとね、俺が刃物持った狂人に追いかけ回されて地下の大空洞を駆けずり回ってんだよ。しかも俺ほぼほぼ丸腰な?うん、あんのバタフライナイフだけなんだよ。


わかるかな、この辛さ!?


本郷が刃物持ってるのって、たとえそれがハサミでもめっちゃ怖いって!それがちゃんとしたナイフだぞ、しかも軍用ナイフの代名詞、ベンチメイドのニムラバス。俺のナイフと同じ会社のだけど、本郷のはフルタング構造かつ154CMステレンス鋼の…まぁざっくりいうとすごいナイフ。


そんなん持った戦闘の寵児・本郷直治が追いかけ回してんだよ!俺を!!!


死ぬわ!!!


てか俺さっきからそれ何回言った?ねぇ!

助けを求めようと本多やらを見るけど




「…てめぇら何お茶してんじゃぁぁぁぁあああああ!!!!!」




どっから出したのか(まぁどうせアーサーだろうけど)豪華な、あれはマイセンのティーセットじゃね。うっわ、さすが元王様&武将。使うものが違いますねぇ!!!なに、当てつけですか、それとも優越感に浸りたいんですか!?


それなら他所でやってくれませんかねぇ!!!!!



とりあえず俺は不満たらたらだ。てか不満なくってこの状況乗り切れるかってんだよ。もしできる人間いるんなら俺はその人のこと絶対尊敬するわ。


ともあれ、いい加減、本当にどうにかしなければならない。だけど打開策は全く見当たらない。本郷に勝てる気は全くしないし、かと言って逃げることすらままならなさそうだ。




「どうしたものか…」




立ち止まる。呟く。そして決めた。勝てもしない、逃げられもしない。ならすることは一つだ。


背後からはもちろん本郷が迫ってきていて、もちろんこのままいけば攻撃を食らう破目になる。だけどそうならないように、俺は本郷が突っ込んできたその瞬間に回り込んだ。


本郷は俺が背を向けて立ち止まったのをいいことに、そのまま走ってきてナイフを斜めに振り上げた。その瞬間、俺はその振り上げた腕の方とは反対、つまり左側に身体を傾けて、そして後ろに回り込む傍ら、足を引っ掛けて本郷の体制を崩す。


まさかこうなるとは思わなかったようで、本郷に一瞬だけど隙ができた。その間にさっとまた間合いをとる。


さすがは本郷、戦闘慣れしているからか少しバランスを崩しただけでは、ほとんど動揺しなかった。すぐにこっちを見て、ニヤリと笑いつつ、今度はナイフを投擲してきた。


…正確にいうと、


何故かといえば、俺が叫んだからだ。




「俺の負けでいいでぇぇぇぇぇぇぇっっっす!!!!!!!」




と。







□□□□


…目の前には、1人の女がいる。


倒れ込んでいて、その服はボロボロだ。だがそれが原因で、俺の喉仏には槍の先がめり込みかけている。




「おいおい正信…お前、ちっとはその狐から離れたらどうだ?いい加減自立できるだろ」




倒れている女の名前は遊政狐々。槍を向けているのは本多正信。正信は本多忠勝の生まれ変わりで、その姿は鬼とも言われたが、今生では女だ。見た目は結構な美人だから側に置いときてぇなぁと思うが、それはできないことを一瞬で今の状況が悟らせてくれる。




「なぁ、痛いんだけど」


「うるさい。死ね」


「死ねも何も、お前の主人が最初に突っかかってきたんだが。俺は自己防衛のために攻撃したにすぎねぇよ」


「高杉…お前には借りがある…だから殺したくはない、だから死ね」


「矛盾してねぇか?」




言えば、していない、と一蹴される。まぁ言いたい意味はわからんでもない。だから俺は【蜻蛉斬とんぼぎり】の柄を掴み、喉から引き離した。たらりと血が筋を作ったのがわかった。シャツを汚しつつ地面に落ちる。その感覚は、今ではなかなか味わえない貴重なものだ。


…いいねぇ、好きだぜ、こういう駆け引きは…


内心そう呟きつつ、俺は正信に言ってやった。




「今日は一年の中でも一番私情が出せる日だ。やりたきゃ、やればいい」




いつもは場所が決められてるからなぁ、笑って、続けた。そう、いつもなら場所が指定されている。だけど今日は学校の敷地内ならどこでもいい。そう、《どこでもいい》んだ。


それは俺たち【転生人】にとってこの上なく嬉しいことだ。


この学校は俺たちみたいな人間を受け入れることを前提に作られた学校だ。だから、ところどころ古い。物理的にも外見的にも、内容的にも。


まぁ選択権がある分、【ルール】という至極面倒な付加要素もあるわけだが。

そういえば亜沙比の奴普通に楽しんでたなぁ。この祭りの真意に気がついたらぜってぇ怒るんだろう。


想像すると少し面白かった。あいつこれからありえないくらい面倒な学校生活を送ることになるって、気がついてるのか?もしかしたらもう面倒な目にあってるかもしれない。いや、今やってるコレは全く面倒に入らない。


何故なら楽しいから。


楽しいことは面倒に入らない。だから、俺も楽しむし遊ぶ。面倒と思ったことは今まで一度もない。それは目の前の女も同じのようだ。




「いいねぇ、いい。その眼は生温い幕末じゃあ滅多お目にかかれなんだ。唯一そうだったのは近藤の馬鹿か…いや、慶喜もそうだった。いいねぇ懐かしい。存分にやろうじゃあねぇか」





移動なんざ、戦いながらできるんだからよ。












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