第 玖 話 ここは日本ですよね?







日本では、人を殺せば罪に問われる。3人も殺せば速攻死刑だ。快楽殺人だとか復讐、衝動的殺人、劇場型とか種類はいろいろあるけど、どれも人を殺していることに相違はない。そして今日日きょうびこの日本じゃ異常殺人が跋扈している。障害者狙いだとか小学生狙いだとか、未成年者の犯行とか。一ヶ月に10回は人が殺されたニュースがマスメディアを騒がす。特に異常と思われるものはもっと異常に見えるように書き立てて。


最近、一家5人と飼い犬1匹が殺された事件があった。3歳の子どももいて、現場は中々類を見ないほど悲惨だったらしい。幸せだったはずのリビングは血に塗れて犯行に使われた日本刀は捨て置かれた。それには油や肉片がこびり付いていたらしい。


だけど、そんなの生易しい。


世界で一番有名な犯罪がある。異常殺人であり、連続殺人であり、恐らく快楽殺人である、19世紀末に起きた犯罪が。


犯人の名前は誰も知らない。いたかもしれないけれど、120年近く生きてる人間がいたら俺は会いたい。だけれど、そいつにはあだ名がある。


”名無し”の”切り裂き狂”と、呼ばれる、そいつは、今、目の前にいる。



「まさか本当にこっちに来るなんてなぁ?これだから

イエローモンキーは笑える」



英国紳士然とした、ネクタイの代わりに赤いリボンタイをしているそいつはそう言った。高杉と本郷は顔をしかめてそこにいる。


つい数分前。走りに走って地雷地帯を抜け出し、追っ手を振り払った俺たちはまた少し休憩していた。後ろに【警察】がいないか確認して、さぁ行こうと前を向いた時だ。


そいつはそこにいた。



「オレぁ男を殺す趣味はないんだが…まぁ、お達しが来てる。『イエローモンキー共を殺せ』ってな」

「ここは学校だぞ、英国人ジェントル。血を浴びすぎておかしくなったか」

「ジャック、君は…」



肌がピリピリ痺れる。


…おっかねぇなおい…………


ここは日本だぞ、というかその前に学校だ。こんなところでまさかこれほどまでの殺気を感じるなんて本当、考えもしなかった。つか、そもそも、”ジャック・ザ・リッパー”が転生してること事態が予想外すぎる。


そう、世界で一番有名な、そして厨二病患者なら一度は犯人が誰か推理する、”ジャック・ザ・リッパー”が俺たちの前に立ちはだかっていた。


ほんと、なんでもありだな、生まれ変わりって…こんな犯罪者でも蘇んのかよ…



「おいおい直治ィ、オレの名前はジャックじゃねぇって何回言ったらわかんだ?尊き母様ママ父様パパがありもしねぇ脳を使って考えてくれた名前があるってよ、あ?おい」

「英国人が聞いて呆れる言葉使いだね、ジャック。少しは英国人らしく振舞ってみたらどうだい?『女王様ママ女王様ママって紅茶ハイティー飲みながら円舞曲ワルツでも踊ってさ」

「…口が過ぎるぜ、直治。それと、」



俺の右隣には本郷がいた、けれど今はいない。殴り飛ばれて、殺人鬼がそこに立っていた。



「オレの名前はエドワード・ウォーターハウスだ。二度と間違えんじゃねぇ」



俺、生きてここから出られる気が全くしないんだけど。んで、それはほとんど気のせいじゃない。ごくり、と生唾を飲み込む、そして息をする。それだけで精一杯だ。



「そぉーだ、イイコト教えてやるよ。直治が俺に勝ったら、よ」

「は、ぁ…?なに、言って…」

「直治、お前には今まで散々借りがあんだよ。今日はちょうどいいや。前から一回殺り合いたかったんだ、中々いい殺気持ってやがるからなぁ?」

「だまれ…」

可愛プリティー可愛プリティーいチェリーパイ。お前にはまだはえぇっつーのによ、人殺しは」



殺人鬼エドワードが本郷に近付いていくのに、俺と高杉は動けない。つかぶっちゃけ動きたくない。動いた瞬間ぶっ殺されそうで。


背中に冷や汗が滝みてぇに流れる。


まるで、あん時みたいに、そして高杉も何か思い出しているのか顔が青ざめていた。



「ジャック、僕が負けた場合はどうなるんだい」

「エドワードだ!…そうだな、てめぇが負けたらそこの2人を解体バラすってのはどうだ?可哀想ロンリーなメアリーみてぇによ」

「…いいよ」

「おい本郷っ!?」



嘘だろ?!なんで俺たちがこの頭のネジが10本くらい吹き飛んだ勝負の景品にされなきゃなんねーの!?おかしいだろ!あ、おかしいから景品になってんのか。


とか冷静に考えてる場合じゃなくて!



「ふざけんなよ!こいつは”生まれ変わり”だけど殺人鬼なんだぞ!!??わかってんのかよ!!」

「本郷!貴様等々今世でも気が触れたかっ」

五月蝿シャラップい。オレぁこいつと喋ってんだ」



いつの間にか俺たちの背後にエドワードは回り込んでいて、両手に握られたナイフが喉元に突きつけられる。1ミリでも動けば喉が切れる。そういう状況だった。



「まぁまぁ2人とも落ち着いて。僕をメロスだと思ってさ?セリヌンティウス助かったじゃん」

「類を見ないくらいギリギリでな!!」

「まぁとにかく落ち着いてよ。勝つからさ」



本郷は立ち上がって切れて血の流れてる口元を拭った。エドワードはナイフを退け、顔の右側半分を覆い隠していた前髪を耳にかけて舌舐めずりをした。


あの、それを後ろでやられてる俺らの気持ちにもなれよ?



「イイコトって、【ルール】のことであってる?」

「ああ、1つ、俺にだけ教えられた特別な【ルール】を教えてやるよ。勝てたら、の話だがな」

「勝てるさ」



本郷は自信満々にそう言ってみせる。ジャケットを脱いで高杉に投げて寄越せば、その下には軍人が着るようなベストがあってナイフが沢山収納されていた。


…さっき武器ないとか言ってなかったっけ


てかあんた、マジで芥川の”生まれ変わり”?え?なに、その武器の量…頭おかしいんじゃない…?


俺の葛藤とは裏腹に、本郷は綺麗に笑ってナイフを一本、手に取る。



「だってお前は俺に勝てないんだから、名無ジャックし」

「っ…!!!!黙れっ!!!」



ガィィン


聞いたこともないような、刃物と刃物がぶつかり合う音が耳に入る。つんざいて、思わず後ずさる。



糞餓鬼ファッキンベイビーもいいところだぜぇ、直治!!」



突如として始まった殺し合いは、優勢劣勢を悟らせず目の前で繰り広げられていった。


主犯が誰かもわからずに俺と高杉はただ見守るだけだった。


…つか本郷、マジで負けんなよ、俺享年16とかぜってぇ嫌だからねっ!!!!????











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