第 漆 話 文豪に怪力はいらないです。







実は、始まる前から俺は問題に直面している。


ケイドロのルールがヤバイとか、賞金バウンティがあるのはもうどうでもいい。この際そのルールでやってやろうじゃねぇかって感じなんだけど、もっと根本的なところで俺は問題を抱えていた。


皆さん、覚えておいでだろうか。俺は昨日の入学式をエスケープしているということに。そのおかげで二井八とちょっと仲良くなったわけだが、言いたいのはそこじゃない。


そう、俺は配られたというブレスレットを持っていないのだ。よって、自分が【警察】なのか【泥棒】なのかわからない!これは致命的どころかあかん!とりあえずあかん!あかんなら先生に聞けって感じじゃん?聞いたよ、仲原に。したらさぁ



『えー?お前?確か【泥棒】』



とか曖昧なこと言い出すんだよ!じゃあブレスレットねぇのかって言うじゃん?今度は



『あー、職員室だわ…今本校舎入れねぇんだよ。だから取ってくるの無理無理』



…確かにエスケープした俺が悪いけどさ、せめて生徒がどっちの役割か覚えとこ?


てな感じで俺は一応逃げてるわけだが(【泥棒】は始まる数分前から逃げ始めてOK)、はっきり言って校舎っつーか敷地を全く知らんからどこに行ったらいいかわかんねぇ。とりあえず結構体育館からは離れたけど、仲原と話してて一歩出遅れた俺の周りに他の一年はいなかった。ちなみにすぐ近くにある白い建物は高校普通科第二棟らしい。体育館から東に行ったところだ。左手にはだだっ広い芝生のグランドが…さすが国立…。


ちなみに体育館は正門からまっすぐ行ったとこにある普通科第一棟の裏にあって(その近くで二井八と会った)、体育館の裏は武道館だ。



「とりま隠れねぇと…死ぬなこりゃ」



まわりなんもねぇし。俺脚力自信ないからすぐ捕まりそうだし。そんなことを考えて歩いていると、けたたましいサイレンが辺りに響いた。


…始まった。


なんか本能的にヤバいって察知する。俺は後ろを振り返り【警察】が来ていないことを確認すると走ってとりあえず横に逸れた。高二棟にはピロティがあって倉庫が置いてあった。俺は壁と倉庫の間に身を潜める。ここは比較的体育館に近いから最初を乗り切れば、逆に安全地帯になるだろう。


と思ったら



「おいてめぇ…」

「ちょ、高杉くん、刀しまってしまって!」



とかいう声が聞こえてきましたとさ。

嘘だろ?と【警察】じゃないことを祈りながら後ろを向く。するとそこには同じクラスの本郷と誰かがしゃがんでいた。もう一人は誰だ?見たことねぇ…


俺はそいつらと距離をとりつつしゃがみこむ。



「あっ、亜沙比くんは、どっち?」

「え?あ、俺は【泥棒】だけど…多分」

「多分だと貴様っ」

「だから落ち着いてって!」



優しそうな人相の本郷とは裏腹に、さっきからこのせっまい空間の中で刀振り回してる奴はどっからどう見ても鬼だった。眉間に皺よってるわ殺気はすごいわで、第一印象『関わりたくない』で決定。


とりあえず話しかけやすい本郷にそいつが誰か聞けば



「昨日休んでた高杉晋作くんだよ。〈先祖返り〉の」

「…オーケーよくわかった。どうりで鬼っぽいわけだ」

「さっきから何なんだ!」



また高杉がそう叫んだときだ。本郷が高杉の後頭部を掴んで地面に打ち付けたのは。ギャッと短い悲鳴をあげると今度は「うるさい」と脇腹を蹴った。


…何こいつ、細面のくせに…。義経か何かですか貴方文豪芥川さんの生まれ変わりですよね文豪に腕力とか必要ですかって。


内心高杉よりもドン引きしていると口元に指を当ててシーっと言ってくる。思わず口を手で覆って耳をすませばいくつもの足音が聞こえてきた。



「狩りじゃああああぁぁあぁああ」

「生きて返すなぁぁぁああああ!!」

「木端微塵じゃああああぁあああ」

「「「とりあえず狩れぇぇぇええええ!!!!」」」」

「「「狩りつくせぇぇぇぇえ!!!」」」



ジャコンッとか、ジャキンッとか、ドパラパラパラとか、とりあえずリロード音と銃声と超不遜な音しかない気がする。


俺ね、全国でここだけだと思うなぁ。サバゲーできる学校って(ほぼ実弾・モノホンの刀等で)。 どう?サバゲー好きの皆さんここ入学検討してみない、きっと満喫できるよ…。


しかも何気学校がそれっぽく改造してあるっていうね。もういや、とか思ってるのはどうやら俺だけじゃないみたいで、目の前の本郷も苦笑いしていた。あ、やっぱり文化人なのね。ちょっと意味違う気もするけどまぁいいや。とりあえず俺は背中を壁に預けた。高杉もようやく地面から顔を上げて鼻が折れてないか確認していた。俺は一息ついて本郷に聞いた。



「お前らさ、なんか【ルール】分かった?」

「それがねぇ?高杉くんが【亜米利加】の【警察】を全員倒すって聞かないもんだからとりあえず【亜米利加】の【警察】を捕まえたいんだよねぇー、あ」

「あっ、おい!今外に出るのは…!」



俺警察捕まえるとか言う奴初めて見たわぁ…もういい加減馴れよう…


てかあいつマジで捕まえに行ったの?見つかるから静かにしろっつったのお前だよね。マジか、と思ってると高杉がジャケットの内ポケから煙草を取り出して吹かし始めやがった。



「お前禁煙してたんじゃねぇの…」

「お、よく知ってんな。だけど現世じゃあんなこと関係ねぇよ」

「松陰せんせーに叱られても俺知らね」

「…現世だし、幕末じゃねぇし…てか突っ込むなら禁煙云々じゃなくて喫煙・・に突っ込めよ!」

「…なんかもうアリかなって」

「諦めたか。その方がいいだろう、この学校は、てか【歴史科】は無法地帯だしな」



この学校にいると環境適応能力も底上げされそうだな。


しばらくぼぅっとしていても本郷は帰ってこなかった。強そうだけど(てか実際強いんだろうけど)いささか心配ではあった。倉庫裏から出たいものの、自分がやられてしまう可能性は十二分にある。そわそわしてる俺を見かねた高杉は紫煙を吐き出した。



「お前は外部生らしいから知らねぇだろうがな。本郷直治っつったら『なんか不安なんだよね』って笑顔で言いながら銃ぶっ放して『一番初めに感じるものってなんだい?』と真顔で聞いてくるイカレポンチ野郎だぞ」

「すげぇよくわかった。心配いらんってことか」

「そういうことだ。それに俺様もいるしな」



高杉はどうやら期待を裏切らないキャラだったようだ。しかも名前が前と同じだから【先祖返り】なんだろ?お前、幕末ん時からそのキャラだったわけ?中々すごいわー、あの時代にも腐○子っていたのかね…


どうやら俺の内心は顔に出ていたようで、すっげぇ微妙な顔をしながら「いや、うん、キャラ変だからな?」と言ってきた。



「そんなことよりお前は誰だよ。っ、まさか久坂の野郎じゃねぇだろうなっ」

「ちげぇよ!俺才能ねぇから!しかも俺一般人だよ、外部入学してんだから」



あ、そうか、と高杉が気付いたところで「おーい」という声が聞こえた。少しだけ二人で倉庫から顔を出せばめちゃくちゃいい笑顔の本郷がいた。ああ、その細い肩に伸びきった男が乗ってなきゃ俳優にでもなれるのになぁ…



「えらく時間かかったな」

「うん、寮に銃置いてきちゃったんだよ。しかも武器がないのに宣戦布告してから気がついてさぁ?仕方がないから奪ったよね」

「わかったか、亜沙比。本郷はこいういう奴だ」

「…」



もう何も言うまい。


とりあえず本郷は倉庫裏の隙間に入ってきて、そいつを肩から下ろした。まぁー、見事にやられてるなぁー。顔面半分腫れてるし、腕の切り傷やばいし。かわいそうだから一応手当してやった。そん時のそいつの目がめっちゃ感謝してたから相当本郷に酷くされたんだろう。


…容赦なさそうだもん。


俺が手当してる傍ら、本郷は猿轡をとって喋れるようにする。名前を吐かせて、【亜米利加】のサード・マーサ・ランドルフという生徒でアメリカ第3代大統領のトーマス・ジェファーソンの【生まれ代わり】だということがわかった。



「つくづく思うけど、ほんと有名人ばっかな。ラシュモアに顔あんじゃんか…」

「僕も結構有名人だと思うけど?」

「賞作られてるしな」



つかそもそも、【歴史科】に通えてるんだからその時点で有名人だけどな。うちのクラスの面子も似たようなもんだし。


改めて【歴史科】ってすげぇなーと思っていると、本郷が思い出したようにズボンのポケットに手を突っ込んだ。黒いブレスレットが出てきて、それは昨日支給されたらしいブレスレットだった。



「これにね、僕のブレスレットを近づけたらホログラムが出てきて『本郷直治様プラス150です』って言ったんだ。携帯には自動でアプリがインストールされてなんかのカウント始まるし、なんかのカウンターあるし」



ほら、と見せられたスマホの画面にはカシャカシャとひっきりなしに減ったり増えたりするカウンターと、減っていくタイムが表示されていた。ちなみにタイム

の方は三つあって一つは90、一つは95、一つは8:45:37:08と時刻らしきものだった。



「これは…なんだろうな」

「これについての説明はなかったよな」

「入学式でも聞かなかったよ。高杉くんはどう思う?」

「さぁ?なんかが数えられてるのはわかるが…そもそも俺はそういうメカニックなものが嫌いなんだ。わかるわけないだろう」



威張るとこじゃねぇけどな。


ともかく、それを含めてこの大統領さんに聞きますか。隣で本郷が超スマイリングなのはこの際置いといて。









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