第 伍 話 そんなこと知りません。








「じゃあ明日は八時半には教室にいろよ。遅刻したら腕立て五十回だ」







仲原はなんとも微妙な罰をHRの最後に言った。なんだかんだ言って結構時間を食った自己紹介は俺がいろいろ考えているうちに終わって、未だ熱を持った教室にざわざわと声が生まれ始めた。


いやー…にしても濃かったなぁ…


【歴史科】を持つ学校は日本にここを入れて五校あるけど、ここはその中でも一番濃いんじゃないかと思わせる顔ぶれだった。


楊貴妃どころか妲己はいるしよ…


なんつーの、とりあえず歴史好きな奴ならぜってぇ騒ぐ面子だったな。あと三国◯双とか戦国◯SARAやってる奴とかも…


だがまぁ。


———一番驚いたのはなんと言っても





「亜沙比くん、一緒に帰らない?」


「…お前だよなぁ」


「え?何が?」





一体誰が想像しただろう、目の前でその長い髪を耳にかけながら一緒に帰らないかと誘ってくる、青春恋愛漫画さながらのシュチュエーションが一番似合う女子の前世があの伝説的ハゲ宣教師『フランシスコ・ザビエル』だと。


俺は全っ然想像できねぇけどな!未だに嘘だろって思ってるよ!







「亜沙比くん…?」


「ん、ああ、帰るか。お前も寮生だったっけ」


「うん。だから途中まで一緒。それとも誰か一緒に行く人いた?」


「いるっちゃいるが…普通科だしいいよ」


「そっか、亜沙比くんは外進生だっけ」






この学校に外から来る奴は意外といない。まぁ少なくもないけど。【歴史科】は確かに歴史好きには堪らない存在だろうけど、ここは学費が高い。しかも創立六十数年だっつーのに名門校って言われてるし、一般よりも学力は高めだ。


だから少ない。


しかも俺が通っているのは【歴史科】だ。ここに通う奴は大抵初等部ん時からこの学校に通っている。【歴史科】の顔ぶれが変わることは皆無だ。たまに他の【歴史科】から交換生が来ることもあるみてぇだけど。






「そういえば亜沙比くんは誰でもないんだよね?久しぶりだなぁ。そういう人じゃないのにここに通う人」


「やっぱ少ねぇの?」


「うん、去年卒業した先輩にはいたけどね。やっぱりすごく詳しかったよ。その人は【南欧州サウス・ユーロ】に通ってたんだ。専門はイギリス史だって言ってたなぁ…」


「知り合いだったのか?」


「うん、ほら、私ってザビエルでしょ?だからそっちの授業にもよく出てたんだ。たまに合同で授業することがあってその時に一緒の班になったことがあるの」


「…そういやなんで二井八は【亜細亜】に通ってんだ?お前西洋人じゃんか」






よくよく…つーか考えてみればそうだ。ザビエルは確かポルトガルの生まれだよな。日本に来て中国で死んだけどコースは出生地で決まるはずじゃ…?


俺が聞けば、二井八は「こっちにしてもらったの」と答えた。俺たちは教室を出て、昇降口に向かう。






「私だとすごく聖人扱いされるの、それはそれで仕方がないし、嬉しいんだけど、私はあくまでも二井八葉月。前がどんなにすごくても前は前。私は何にもしてないわ。だから…宗教にほとんど無関心なこっちにしてもらったの」


「そーゆーね」


「そ、そういうこと」







ていうか実際聖人だしね、と二井八は照れくさそうに、困ったように笑った。


きっと二井八以外の奴らもそういう思いはしてきたんだろう。確かに”前”は自分だけれど、”今”も自分だ。アイデンティティが不確かになりやすいのもわかる。


…まー、蜀とか蘇我は全っ然気にしなさそうだけどな。


むしろ引きずりまくってっし。








俺と二井八は男子寮の前で別れた。校舎の裏手にある寮が男子寮で、そのさらに奥にあるのが女子寮だ。そしてそこに行くまでに軽い森と呼べる木々が林立した場所がある。


この学校、無駄に広い。まるで某執事アニメ(黒くない方だよ!)に出てくる学園の如く。体育館は何故か五個あるし、森はあるし、ちっさい劇場あるし。校舎結構あるし(うろ覚え)。



寮の自分の部屋、三階の東側の角部屋のドアを開けると朝はいなかった同居人がいた。玄関に脱ぎ捨てられている革靴は知らないものだ。ちなみに基本二人一部屋だ。一人部屋もあるけど、それは成績優秀者と生徒会だけが使える。その生徒会はなぁんか知らないけどイケメン揃いらしくどっかのでっかい会社の御曹司らしい。親衛隊だかもあるんだと。


…生徒会


…親衛隊


…イケメン


…寮制


…………………フラグか?



いややめとこう。つかフラグっつった自分がすげぇやだ。ごめん、わかる人にしかわかんないね。もうね、この生徒会・親衛隊・イケメン・寮制ってきたらある種の漫画とか小説の王道なんだよ。うん、俺からしたらわかんなくていいかな!(*ちなみに作者はそういう種の人間ではありません)




つか誰だよ俺の同居人は!


なんで朝いなかったし!







「おい!え…っと…とりあえずお前誰だよ」






靴脱いでリビングに繋がってる扉を開けた。そこには備え付けソファに座ってる男がいた。そいつは俺の方を一瞥するとああ、と言ってこっちに来た。







「同室の人?なんや、もうがっこ終わったんか…ま、これからよろしゅうな」


「…亜沙比京だ」


「なん、えろういやそうな顔してはるなぁ。京でええ?亜沙比ってなんか言いにくいわ」


「どっちでもいいけどよ、お前の名前教えろよ」


「ああ、すまんすまん、俺は江戸川乱歩、エドガー・アラン・ポーの”生まれ変わり”や」


「………………」


「あ、ちなみに俺二年な?生徒会役員やけ、がっこのことでわからんことあったら遠慮無く聞くんやで?」







関西弁で?パツキンで?青と紫のオッドアイで?ピアスブレスレットジャラッジャラで?変にイケメンで?俺より背が高くて?エドガー・アラン・ポーだって?さらに生徒会?


もう何にも言いたくねぇ。つかもうヤダ。もうさっきフラグとか言ったやつ誰だよ立てよ死ねよ殺すぞ…



もういいや。もうなんにも考えない言わない。どうせ何か言ったって酸素の無駄使いだ。


俺は荷物を適当にほっぽり投げてソファに座った。意外と座り心地がいい。江戸川も何やらご機嫌に俺の隣に座る。にしても本当、波乱万丈すぎんだろ。初日っからさ?


入学式サボって出会った女子はザビエル(まだ引きずる)で、同じクラスにこれでもかと有名人はいて、寮にはメンドクセェ◯ラグが立ってるしよ。


つか【歴史科】に入ったこと自体があかん。







「京は何組なん?俺は二年4組や」


「壱組…クラスメイトに卑弥呼がいた…」


「うっわ、レアキャラやないか。それ以外には誰がいるん?俺あんましがっこ来とらんけ、他学年のことよう知らんのや」


「あー、蘇我入鹿とか…妲己にねねさんに…天草四郎にザビエル」


「こりゃまた濃いメンツやね…基本クラス替えあらへんからなぁ…三年間そのメンツやで。頑張り」


「まじかよ…先輩のクラスには誰がいるんすか」


「ライト兄弟の片割れ、オーヴィル・ライトにアインシュタイン、作家のルーシー・モード・モンゴメリー、とかかなー、あんまし濃くないで」







いや充分濃いです。アインシュタインがいる時点で濃いです。ハイ。


やっぱり【歴史科】は肌にあわねぇ、と頭を抱えたくなった。そんな俺を見て江戸川はおかしそうに笑って目を細めた。






「京〜、お前、気ぃつけぇや」





妙に真面目な声で江戸川は言った。






「俺はちゃうけどそーゆー人、結構おるで。京結構顔整ってておもろいから絶対狙われる思うんや。せやから絶体育倉庫は行ったらあかんよ」


「……そーゆー人って」


「やからそーゆー人」


「それは腐ってるっつーことっすか」


「そ、そーゆー人」






…どうやら俺は見事なフラグ回収をしたようだ。






「まー大丈夫やって!この小説ソッチ系やないし!掘られることなんてないやろ!」


「じゃあなんで言ったし!わけわかんねぇから!」


「まぁまぁ落ち着けや。あ、明日オリエンテーションあるんやない?せやったらこれ、持ってった方がええよ」






立ち上がって別の部屋に入っていった。そこはどうやら江戸川の部屋らしく、隣にもう一部屋あった。選択権はない感じね。


中から出てきた江戸川の手にはバタフライナイフが握られていた。


ベンチメイドの…67バリソンか…


…………


……………ぱっと見でわかっちゃうのヤダなぁ!


この癖どうにかしねぇと…






「オリエンテーションで何やるかはお楽しみやけど、持っとって損はないで」


「ナイフ持ってて損のないオリエンテーションってなんだよ」


「まぁまぁ。【歴史科】の連中はみんな持っとるから安心してぇな」


「オリエンテーションの前にどんな学校だおい!」






とりあえず俺は受け取っとくことにした。ずっしりとした重みのあるそれはまだあまり使われていないようで、光沢と






「…刃こぼれもねぇな」






パシパシンと俺はナイフを動かして刃を出した。きらりと反射する光が眩しい。






「慣れとるん?」


「んっ!?いいいや!?ナイフ使ったのはほとんど初めてだぞ」


「にしてはめっちゃ綺麗やったやんけ」


「動画だよ動画!俺ミリタリーファンでさ、よくそういう動画見んだ!」






ふぅんと江戸川は頷いた。そしてナイフを見て笑った。江戸川もこんなのを持ってるくらいだから使い慣れてるんだろう。つか使い慣れてる理由がわかんねぇ。


だが。


その理由は、オリエンテーションで本当によくわかった。わかりすぎるくらいに。
















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