第 弐 話 とりあえず面倒臭いです。



走りに走ってどのくらい時間が経ったのか、どこに来たのか、全くわかららない状況に陥って、とりあえず近くにあった桜の木の下に座り込んだ。まさか喧嘩打った相手がかの太閤殿とは思わないじゃん…?


呼吸が落ち着いた俺は掴んでいた朝倉の腕を離し、はぁ、と息を吐いた。久しぶりに結構な速さで走ったものだから息切れはちょっとひどかった。


…前はそうでもなかったんだけどなー。



「どうしよ朝倉。俺ぜってぇ目付けられたよな…」



内心また鍛え直すか、と思案しつつ朝倉がいる方を見ながらそう言う。が。そこに朝倉の姿は無く、おもちゃの手首から先の模型が無造作に置かれているだけだった。



……


………



あいつ逃げやがったっっ!!!!


つか俺これにひっかかるの何回目だよ!


まさかの腕を掴んでいると思ったらおもちゃで、本人は今頃しれっと教室に顔を出して早速女子に囲まれて男子からは明日ゲーセン行こうとかカラオケ行こうと言われてるんだろう。


ムカつくなぁ!え?なんなんだよ!半分あいつがいたから巻き込まれたようなもんじゃねぇかよ!ほんっとにざけんなよ!



「っんとに…俺の周りにはロクな奴がいねぇ…」



なんかもう一気に脱力して、 このまんま入学式サボってしまおうか、と思った。


どうせ教室行っても”先祖返り”…つーか”生まれ変わり”の奴らばっかでどうせ話合わねーだろうし、そもそも歴史が嫌いな俺は科自体にも合ってない。それに朝倉みたいに容姿が整ってるわけでもないから…目つき悪くて左眼下に切り傷の痕があってタッパもあって口も悪いからどっちかというと嫌われたり、煙たがられるタイプの人間だ。だから逆に行かない方がいいのかもしれない。


…それで中学ん時ロクな目に合わなかったからなー。


不良に絡まれまくった中学時代を思い出しながら本当に教室に行くか行かないか迷い始める。



「うーん…一人くらいいなくても大丈夫な気がすんだけどなー…」


「確かにそうですよねー」


「そうそう、しかも入学式なんて………え、誰っすか」



なになになになになになに。


こんなベタな漫画展開なんて現実にあんの?


俺は声のした方、俺が走ってきた方と反対、つまり正面を見た。そこには綺麗な黒髪を長く伸ばした、結構可愛い、つか綺麗な女子生徒が立っていた。着ている制服はもちろんここの女子用のもので(ちなみに制服は、ジャケットは男女共通で紺地に白の縁取りのシングルボタン、ネクタイかリボンかは自由で、それは青地に紺と白と水色のストライプ柄、スカートは紺地に細い白のチェック柄だ)それを清楚に着こなしていた。


スカートは短すぎず長すぎず。ジャケットの前は開けているもののギャルとは程遠い印象だ。しかもこの学校、カーディガンかセーターかは自由で指定じゃない。だからその子は白のカーディガンを着ていてそれがまたお嬢様感を出していて一言で言うと


…最高。


頭ん中それで埋まって鼻血出ねぇよなとか心配している俺をよそに、その子はご丁寧に俺の質問に答えてくれた。



「あ、ごめんなさい。いきなり話かけて。私の名前は二井八葉月にいやはづきって言うの。あの、気を悪くしたなら本当にごめんなさい。人に話しかけちゃうの、癖みたいで」


「いや、別に気は悪くしてねぇけど…あ、俺は亜沙比京あさひけいっていうんだ。で、あんたはここで何してんだよ…校章の色見る限り同じ学年だよな?」



この学校の制服には右胸に少し大きめの校章が刺繍されている。それは学年ごとに色が違って俺たちの学年が青が基調だった。


…青尽くしだな、こう考えると。



「え、ああ、まぁ。そうなんですけど…私も入学式面倒で…というか寮に忘れ物しちゃって取りに戻ったら道に迷っちゃって、どう考えても時間までには行けなさそうだから出ないっこしようかなぁって感じなんですけどね」


「あー…そういう感じね… つか二井八は出た方がいいだろ。俺みたいのが行っても迷惑だろうけど。今何時?まだ間に合うんじゃね?」



俺はポケットからスマホを取り出して時間を確認した。8:30、5分前。着席してホームルームが始まる5分前という事だ。これなら、俺たち一年の教室は一階にあるから走ればなんとか間に合う時間だ。それにここは普通科棟の裏だから場所的にもそう遠くないはずだ。


それを言うと、二井八は少し困った顔をしてどうしましょうと言った。



「一緒に行きませんか?一人で行くのもなんですし」


「…いやいいよ。俺もう行く気ゼロだし。朝っぱらから面倒ごと巻き込まれたんだよ、だからもういい。めんどい」


「あら、どんな面倒ごとに巻き込まれたんですか?」


「…ざっくり言うと、明智と豊臣の400年の因縁、かな」


「それは…なんというか…」



いまいち反応し辛いよな。わかる。今となってはなんであん時関わったかなってすげぇ後悔してる。つかどっちかっていうと向こうが絡んできたんだけどな。俺は絶対に絡みたくなかったし、なんなら回避しようとしてた。



「しかも明智とは同じ教室っぽいんだよなー。それもあって俺は行きたくねぇんだ」


「え、亜沙比さんって【歴史科】の生徒なんですか?」


「まぁ一応」


「へー!じゃあとっても歴史が好きなんですね」



まぁ普通そういう反応するわな。普通、歴史科の生徒は小学校からの持ち上がりで、外部生徒が入ってくるっていうことは遅咲きか、あほうみたいに歴史が好きで仕方がない人間のどっちかだから。けど二井八には悪いが俺は誰でもないし歴史好きでもない。ただの一般人一般生徒。それにせいぜい足軽あたりじゃねぇかな、生まれ変わってたとしても。


そう言うと二井八はへぇ、と少し腑に落ちない反応をして俺の隣に座った。行かねぇの?と聞けば



「入学式が終わったら一緒に教室に行きません?確かに今更行っても迷惑だろうし、いっそせいせいサボってしまいましょう?」


「だなー…じゃあその間暇だな、どっか行くにしても行くとこねぇし。面倒だし」


「じゃあここで喋ってましょうよ。ここならあまりバレないですし」


「つまんねーぞ、俺と喋っても」


「それを言うなら私もですよ。私、こう見えてもキリスト教徒なんです。だから喋ることと言えばそればっかりで…」



少し困った顔をして笑う二井八は、風に靡く髪をなでつけた。そうしている二井八は本当に大和撫子と言うのが一番で、確かにキリスト教徒っていうのは意外な気がした。


じゃあ、と俺は口を開いた



「俺そういうのなんも知らねぇから教えてくれよ。ここで会ったのも何かの縁だろうし」



超テンプレ漫画お馴染み展開な気がしなくもないが、そんな事を言ってみた。二井八がその顔を嬉しそうにしたのを俺は見ると、ちょっと照れくさくなった。


この時までは目の前の女子に少し惹かれていた。


このまま二井八の正体に気がつかなかったら、きっと俺はこの学校に通うのが少し楽しみになっていたかもしれない。


そして、多分。


生涯であそこまで幻滅する事はこの先ないだろう。


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