本編

第 壱 話 自己紹介がカオスです。





 桜舞うって言ったら大体入学式のある季節の事を言って、皆大体ワクワクしてドキドキするもんだ。それはもちろん新しい学校やクラスの事とか、担任の先生、受験生になるプレッシャーとかそういった[ワクワク]や[ドキドキ]だ。


 だが残念。俺の[ワクワク][ドキドキ]はそれじゃない。


 つかワクワクしてねぇ。できたらどんなによかったか。



「お、来た来た…おーい!亜沙比あさひー!」



 内心半泣きで寮から出ると、幼馴染の朝倉遼あさくらりょうが待っていた。朝倉は俺が小学生の時からの付き合いで、何の因果か高校まで同じという腐れ縁だった。というよりその因果を作った当の本人が目の前にいるわけだが、気にしてはいけない。気にしたら病院行きになる。


 俺は指定の古臭い革の学生鞄を持ち直し朝倉の所に駆け寄った。



「よぉ…ってどうしたんだ?朝からそんな暗い顔して。あ、わかった。まだ根に持ってんな?お前の願書書き換えたの」

「根に持たねー奴がいるんだったら是非教えてほしいな。てめぇの所為で俺はやりたくもない歴史を3年間みっちりやんなきゃいけなくなったんだからよ」

「受験する時に気がつかない方が馬鹿だとおもうけどな、俺は。まさか【歴史科】に変えたのに気がつかないで願書提出するとか思わないし」



 普通チェックするでしょ。


 とあくまでも自分に非がないという風に朝倉はその端整な顔を笑みでいっぱいにした。俺はこいつのそういう所が理解できない。9年間同じ学校に通って、しかも結構同じクラスになって、しかも家が近く、結構な時間を一緒に過ごしてきたがどうしても理解できないしできる気がしない。


 こいつ、朝倉遼は俺の願書を勝手に書き換えて【普通科】志望から【歴史科】志望にしやがったのだ。そしてそれに俺は気がつかず提出&受験&合格。気付いた時にはもうすでに遅し。いつの間にか金も振り込まれていて科変できる状況じゃなくなっていた。一体どういうこと?気づかない俺も俺だけど、合格通知が来たその日にお金を振り込みに行ったらすでに振り込まれてるって、どういうこと?


 …しかもこいつ顔良し・頭良し・金持ちっつー超ハイスペック野郎っつーね。


 いつも猫被ってやがるから一見超王子だけど、その性格はダメだ。ダメすぎる。勝手に願書書き換えるっつー訳がわからんことする奴だもん!


 ため息つきたくなるわコレ。つかないけど。



 と、いうことで、間違えて願書提出をした学校、国立庵城高校の校舎に寮から行く道にはかなりの人がいて、その内の半分くらいの人の制服がピカピカだった。


 俺たちもその中の一人で、桜並木を少なからず緊張しながら歩いていた。寮から校舎まではさほど遠くは無く、すぐに立派な昇降口が見えた。そこには遠目からでもわかるくらい人だかりができていて何やら騒ぎが起きていた。


 新学期早々騒ぎかよ…。



「なんか面白そうだな」

「そんなわけあるか。巻き込まれたくないからとっとと行くぞ」

「えー、ちょっと見てこうよ」

「ヤダ!絶対ヤダ!」



 てめぇが目をキラキラさせてる時って大体ロクな事になんねーんだよ!

 受験の時もそうだったもん!もう学んだからな!


 行こうよーと駄々をこねる朝倉の腕を引っ張って一般高校よりもデカいであろう昇降口に人混みを避け入ろうとすると、そっちから人が吹っ飛んできた。



「ぐぇっ!」



 ささーっと何気無く朝倉は避けて、俺だけが下敷きになった。ほんと…朝倉、てめぇ、いつかぶっ飛ばす。

 んな事より、一体誰だ人をぶん投げて俺を下敷きにした野郎は。


 俺は起き上がろうと腕を立てた。


 が、



「貴様!この明智光秀を放るとは一体何事であるか!」

「知らんわたわけ!信長様に謀反を起こし自害に追いやった奴なんぞあの世にも地獄にさえ行かせてやらんわ!そこへなおれ!その首掻っ切ってやる!」

「言ってる事が無茶苦茶だぞ猿!所詮は獣畜生だったか!あれから天下を治めたというが嘘か誠か知れたもんではないな!」

「何を!ハゲのクセに!」

「なっ!そんな時事ネタ突っ込むな阿呆!あの時代は皆ハゲだろう!」



 俺よりも早く起き上がった明智とやらに、頭をガァンと地面に押し付けられて、結局立てなかった。


 絶対俺の顔面地面にめり込んでんだろ…鼻…


 だがそいつらは俺の気も知らず口論を続ける。



「しかも貴様、朝鮮に行ったはいいものの、結局失敗して死んだそうではないか。辞世の句もあんなしょーもないやつとは…結局猿は猿のままだのう」

「それを言うなら貴様も農民如きに殺されたろうが。明智の末裔が可哀想で仕方ないわ」

「はっ、徳川の青二才に屁理屈言われて攻め込まれた末裔を持つよかマシじゃ。あの信長に謀反を起こした末裔の方がまだ格好がつくものよ。それに戦◯BASA◯Aだと儂の方がかっこいいいし!貴様はモロ猿ではないか!猿!赤尻!」

「猿の方がど変態よりはマシだろうが!あんなひょろっこくて戦に勝てるものか!なぁにが『血に酔ってしまいました』だ!変態!もやし!」

「放置セリフをわざわざ選ぶな!そういう貴様こそ何が『我が手に掴めぬものなし!』じゃ!藤原道長か!満月見ながら和歌でも詠んだのか!」

「貴様の訳の分からん台詞よかマシだろうが!」

「猿なんぞと比べられたくないわ!」

「先に比べ始めたのは貴様だろうが!」


 ………ちっ、こいつらいつまで人の上で


「口喧嘩するつもりだボケぇぇぇ!!!!いい加減聞き飽きたわ!しかもあぶねぇ発言ばっかしてんじゃねぇよ!つか◯AS◯RAなら伊達政宗だろうがぁ!」



 しかも重いんだよ明智光秀!乗ったまんまギャーギャー喚くな!どっちも現代人から言わせてみりゃ戦大好きヒャッハー人間にしか見えねぇっつーの!


 ガバっと起き上がりそう俺は喚くと、とりあえず乗っていた明智光秀とやらの制服の襟を掴んだ。



「いいか!俺からしてみればなんでお前後先考えずに謀反起こした?馬鹿じゃねーのって言いてぇんだよ!そこの豊臣なんちゃらもだ!やるんならきっちりやれよ!基盤しっかりしねぇと後々大変だろうが!」



 と、ガクガク揺さぶりながら気がついた。


 目の前の銀髪野郎は明智光秀と、近くに立ってるやたら大柄なザ・猿みてぇな野郎は豊臣秀吉と呼ばれていた事に。


 明智光秀?

 豊臣秀吉?


 …安土桃山の武士が超舞い上がってたあの頃に名を馳せた、あの明智光秀に豊臣秀吉?

 …戦国ゲームなら必ず超絶イケメンでキャラメイクされるあの二人?

 俺はまるで壊れた人形のようにギギギギと首を動かし”豊臣秀吉”と呼ばれていた生徒を見上げた。目でわかったのかそいつはふんと鼻を鳴らし口を開いた。



「いかにも、我は豊臣秀吉の転生者だ。今生での名は宇西英利うさいひでとしという。学年は貴様らの一個上だ」

「で、余が明智光秀の転生者じゃ…名は鳴秋知櫁めいしゅうともみつ、同じ学年じゃからこれから一年よろしく頼むぞ……それよかいい加減手を離さんか」



 パッと手を離し、そいつらの顔を交互に見る。どっちも嘘は言ってなさそうだった。


 と、いうことは。


 俺は新学期早々トンデモナイ奴らに喧嘩売っちまったって事で。



「………マジで?」



 この庵城高等学校には【普通科】と【理数科】の他にもう一つ特別な科が存在する。その名を【歴史科】。


 何をやるかって、歴史中心の普通科目。

 うちの学校は特に日本史と西洋史。

 何故その二つか?それは入学してくる生徒が日本人と西洋人だから。あと数人のアジア圏とアメリカ大陸。

 だけどそいつらはただの人間じゃない。凡人でも何でもない。

 目の前にいる宇西や鳴秋のような”転生者”や”先祖返り”と呼ばれる奴らのみが入学してくる。

 そう、【歴史科】には歴史上の名だたる人物が通う、トンデモナイ科なのだ。



「…とりあえず、すんませんしたぁぁぁぁっっ!!!!」



 俺は約1秒の間に土下座と謝罪、吹っ飛ばされた鞄の回収をして朝倉の腕を掴んでその場から逃げ出したのだった…。







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