番外編:神様の微笑
「神はいるんだよ」
ディーアは言った。僕には彼の示す所に何も見えない。それでも神はいるのだと、彼は答える。
「ヴィーはね、多分使えるよ。俺と同じ力が使える、と思う」
「どうしてそう思う?」
どんな根拠がその言葉を引っ張り出しているのか興味があった。
「だから、神がいるんだよ。ヴィーには水神が微笑んでるから」
「水神? 水を司る?」
「そう、オルト。多分、ヴィーにも見ることが出来ると思うんだ」
そうは言っても、実際見れていない。どうすればいいのか僕には見当がつかない。しかしもしも神の姿を拝めるのならやはり見てみたいと思うし、魔法が使えるのならそれは使えたほうがいい。
「……ヴィー、オルトが方法を教えてくれるって」
「お、おお」
「まず目を閉じてね。それで楽な格好をしてて」
言われたとおりに目を瞑り、僕は深呼吸をして気を張らないように気を静める。
視覚の情報がなくなると、小さな物音が大きくなったような気がした。
「ヴィー、俺の息を吸い込む音とか聴こえる?」
「……ああ」
唾を飲み込む音まで聴こえた。僕が頷くと、おそらくディーアも首を振ったのだろう。衣擦れの音がした。
「他にも音聴こえるよね。他の人たちの歩く音、土を踏む音。風が耳の横を通り抜ける音。空気の震え、大地の呼吸」
近くを誰かが歩いている音がする。引き摺るような足音に、土が蹴り上げられ、落ちる音がする。規則的に近付き、そして遠ざかっていく。
風が頬を撫でている。時折強く吹き、それが耳の中の鼓膜を震動していく。ピュッと音にもならない音が響く。
空気が震えている。視覚の情報は遮断されているにも関わらず、行きかう人々と街の様子が容易に描けた。誰かの呼吸する音。自然が起こす呼吸。
「そのまま、自然を感じてゆっくり目を開けて」
潜めたディーアの声に誘われるように、僕は静かに目蓋を押し上げる。
ディーアの姿。それに、薄水色の服を着た女性が見えた。すごく嬉しそうな顔をしている。だが彼女の姿は周囲の喧騒が大きくなると、すぐに消えてしまった。見間違いだろうか。
「見間違いじゃないよ」
「え?」
「今、見えたでしょ? オルトの姿。まだ、上にいるんだけど慣れてきたら力があればいつでも見えるんだけどなあ」
「今のが?」
やさしい面差しで僕に笑いかけていた。
「オルトも嬉しいってさ。ヴィーと会えて」
「そ、そうか」
先刻の一瞬は確かに現実なのだろう。妙に心が満たされているのを感じた。たかだか数分しか経っていないのに、全然違う。
「オルトはヴィーに水の力をあげるんだって。だから俺と同じ力が使えるよ」
「僕が?」
「うん」
使えたらいいとは思ったが、まさか本当になるとは思わなかった。現実味が湧かない。
「水の気質はやさしい。ヴィーと似てるんだね」
ディーアは僕を見、そして僕の斜め上を見て笑った。僕もそこに視線を移す。最初と同じように何も見えない。けれど、あたたかいものがあるように思った。
見えたのは一瞬だが、それが全てだと思った。
「ディーア、他にも力を使えそうな者はいるのか」
「え? いると思うよ。ジータとキトはちょっと無理そうだけど、ここで見てても何人か好かれてる人がいるみたい。でも何するの?」
「だったら、お前の力を皆にも見せてやれ。僕だけじゃなくて、他の皆に神々のことを教えてやろう」
すごく驚いた顔をして、ディーアがはにかんだ笑みを浮かべる。
「うん。ありがとう」
何故か泣きそうになっているディーアの横に僕は幾人もの神の姿を見たような気がした。
――魔法とは神の恩寵である。
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