番外編:レッドノウズレッドの攻防
「黄茶が飲みたい」
そう呟いたのは、ハジータムナクだった。会見の終わった席でポツリともれた言葉は彼の本音だったらしい。
「紅茶は口に合いませんか」
そう返したのは、レッドノウズレッドの領主だ。ここは紅茶の名産地、当然黄茶よりも紅茶が流通している。だけど、ハジータムナクは首を振った。
「私の故郷では黄茶が主流なのだ。紅茶は美味ではあるが、甘ったるくてどうにも口に合わない」
「そうかあ? 美味いじゃないか。俺は紅茶も好きだな」
その場に同席していたディーアは領主ににっこりと笑う。だがハジータムナクはひっそりと溜息を吐いた。
「黄茶もよいですが、紅茶もよいものですよ」
「いや、私には黄茶の方が優れているように思える」
即座に切り捨てるハジータムナクに領主は若干青筋を立てた。ディーアは珍しくフォローをしようとしていたが、普段慣れていないことを簡単に出来るわけがない。
「何言ってるんだ、ジータ。紅茶、美味いじゃないか」
「ハジータムナクだ。別にまずいとは言っていない。ただ口に合わない」
領主からビキッと何かが切れそうな音がする。
「ジ、ジータっ!」
「ハジータムナクだ」
「いや、でもいつも黄茶を飲んでるんだからさ。時には違うものを味わってもいいじゃないか」
「いやだ。私は黄茶がいい」
段々イラついてきたのか、子どものように我儘を言う。ディーアもその態度に苛立ちが募る。
「紅茶、飲めって」
「……黄茶がいい」
「ジータ」
「ハジータムナク」
「紅茶」
「黄茶がいい」
「紅茶」
「黄茶」
「………」
「……黄茶」
切れたのは、領主かディーアか。ハジータムナクは何処吹く顔で我儘を押し通そうとする。
「貴方ねぇ!」
「いい加減に、しろー!」
ディーアが彼を指差すと、途端に氷の礫が飛んでいく。それをナイフ一本で防ぐハジータムナク。領主も怒りで我を忘れ、卓上にあったフォークをおもむろに投げる。しかし、やはりナイフで防がれる。
「私は黄茶が飲みたい」
「だからー!」
「ここは紅茶の街ですー!」
騒ぎ立てる声にいつしかその場はまるで乱闘の後のようになる。大概ディーアも自分が我儘だという自覚はあったが、ハジータムナクはそれを上回る。普段が普段だけに拘るとそれ以外受け付けようとしない。ぜえはあと攻撃を仕掛け、それを避ける三人を静められる人物は今この場にいない。
このあまりにも愚かで果てしなくどうでもいい諍いは、二日後にヴィオラッサがレッドノウズレッドを訪れるまで続いたという。
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