17: 繁栄が友をつくり、逆境が友を試す

 意識を取り戻したヴィオラッサの目は、暗闇に慣れるまで暫く時間が掛かった。そこは窓の一つしかない部屋で、ヴィオラッサは両手を背後で縛られていた。彼は今、敵に捕らわれていた。


 半日前まで彼はホールドセントの街をガルセラの軍で囲っていた。しかし不意をつかれ、背後から頭を強打されてしまった。軍の最後尾にいたのが悪かったらしい。

 頭がずきずきと痛んだが、そこに手を当てることすら現状では出来ない。ヴィオラッサは闇に目を凝らして、部屋の中を見回した。窓から漏れる月明かりがどうやら夜だということを教えてくれたが、細かい時刻まではわからない。

 ホールドセントはガルセラの西北にある街だ。そこそこに大きく、賑わってもいる。以前のガルセラならばその賑わいに大いに憧れたことだろう。しかし実際に目の当たりにすればそこにも影が落ちていることがわかる。確かに街は大陸内の交易で潤っている。しかし住民の貧富の差は激しく、またホールドセントの領主は他街へ横柄な態度を取っていた。ヴィオラッサにはそれがひどく癇に障った。ディーアの前の領主は、ガルセラにとって汚点であった。少なくともヴィオラッサにはそう思えた。前領主とホールドセントの領主は似ていた。だからこそ絶対に負けたくないと思った戦だった。だが、気張りすぎたのか普段ならない不意をつかれてしまった。

 縛られた手を動かしてみたが、縄を抜けることは難しいようだった。部屋の中に窓は一つ。出入り口も一つ。人の気配がすることから、見張り番がいるようだ。ヴィオラッサは考える。今回ディーアはガルセラに置いてきた。それはハジータムナクもいないことを示す。いるのはキルキトと彼が選んだ精鋭だけだ。キルキトは見所のある青年だが、このような状況下では現状を把握するだけで手いっぱいだろう。キルキトの助けを待つのも一つの手だが、待っている間にヴィオラッサはこの世から消えているかもしれない。だとすればここは自分でどうにかするしかないのだろう。

「とりあえず、……ここを出るか」

 溜息を吐いて一人呟く。そして手を縛られたまま立ち上がった。出入り口に体をぶつけ、見張り番の姿を確認しようとする。何度かぶつかることで、漸く重い腰を上げたらしい見張り番が姿を現した。

「……なんだ」

 目を擦りながら顔を覗かせる男はどうやら眠っていたらしい。元々ホールドセントは商人の街で、戦いに慣れてはいない。だからこそヴィオラッサはディーアたちを置いてきたのだが、その考えはあながち外れてもいなかったらしい。

「出してやらんぞ。おれが怒られちま……」

 おかげでヴィオラッサは容易に部屋から出ることが出来る。

「悪いな。勝手に出て行くよ」

 ゴツッと激しい音をさせて見張り番の男は背後に倒れた。ヴィオラッサが蹴り倒したのだ。そしてそのまま意識を失った男の懐から刃物を探し出し、手を縛っている縄に切り目を入れる。ヴィオラッサは自分が何処かの小屋に入れられていたのかと思っていたがそうではなく、どうやら大きな建物の半地下にいたらしい。縄を切って手首をさすってみるが、なんともない。安心したヴィオラッサは倒れた男の腕を縛り、先刻まで自分のいた部屋に転がした。そしてヴィオラッサは建物の外に出る。まだ逃げたことに気がついた者はいないらしい。このまま単身領主を捕ってもよかったが、それはヴィオラッサの好む所ではない。負けるつもりはないが、それよりも先にキルキトや率いてきた者たちに無事な姿を見せた方がいいだろう。そう判断して、ヴィオラッサは街の外に出ようとした。しかしそこは戦の最中、簡単に出られるわけもない。

「ふぅむ」

 だが夜の闇の中、視界は暗い。そして人は少ない。付け入る隙もまた多い。

「……ま、いっか」

 何処から出るかを考えたところでどうせ見付かるだろう。そう思ったヴィオラッサは近くの門に歩み寄る。そこには二、三人の門番がいたがヴィオラッサは気にしない。

「っそー……」

 息を整えると、掛け声と共に拳を唸らせる。

「れ!」

 複数居る時は助けを呼ばれる前に全員地に伏せるのが有効な手段である。ヴィオラッサの見た目はどうあれ、武道に長けている。ヴィオラッサの得意とするのは徒手空拳、純粋に素手での戦いならばハジータムナクよりも強い。

 地に伏せた門番たちを捨て置いて、ヴィオラッサは門から普通に街の外に出る。悔しいことだが一端態勢を整えてからやり直しである。そしてキルキトたちのいる方向を定め、そちらへ歩む。夜だというのに煌々と明かりが点いている天幕を見つけ、ヴィオラッサの頬は緩む。

「なにをしているんだ」

 呟いて天幕へ向かう。ヴィオラッサの脱出は一刻もあれば判明するだろう。その混乱の間にこちらは新たな作戦を練る必要がある。


「キルキト?」

 ヴィオラッサが天幕を訪れると、そこには予想外な人物がいた。

「ヴィー!」

「ヴィオラッサ!」

 駆け寄ってくるのはキルキトではない。此処にいるはずのないディーアとハジータムナクだ。当のキルキトはその背後で眠そうに目を擦っていた。

「な、なんでいるんだ! ガルセラは?」

 まさかいるとは思いもせず、ヴィオラッサは驚く。ガルセラとホールドセントの間はどんなに急いでも一昼夜では来れる距離ではない。

「ヴィーが捕まったって聞いて、飛んできたんだ。ちゃんと領主館の皆には言ってあるから大丈夫。助けに行くって言ったら直ぐ行けって言われたよ」

 領主が一部下のために街を飛び出すというのも非常識だが、送り出す領主館の奴らも奴らだ。しかも飛んできたという言葉はおそらくそのままの意味で、魔法で飛んできたのだ。ヴィオラッサは呆れて言葉もない。

「私も、……ヴィオラッサを案じていたんだ。こいつに従って勝手に街を離れたことは謝る」

 ハジータムナクが律儀に頭を下げる。ヴィオラッサは溜息を吐くと、叱られることを覚悟した二人に微笑んだ。ホッと安堵の息を漏らした二人に、だがヴィオラッサの鉄拳がうなる。

「その気持ちは嬉しいが、今後僕がどんな状況に陥ったとしても助けには来なくてよろしい。無闇に動いてまだ反感を持ってるメイトルノーズとかに攻め込まれたら誰があそこを守るんだ。レッドノウズレッドへの応援もすぐに来るわけじゃないんだ。わかったか」

 不意を突かれたガルセラの二強は互いに腹を押さえて膝を付く。そして呻くような是の返事がヴィオラッサにもたらされた。その二人の様子にヴィオラッサはにっこりと笑う。

「ありがとう」

 ヴィオラッサの呟きに眠るキルキトだけがこっくりと頷いた。

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