15: 憐れみは恋の始まり
少し前にまたディーアの姉がやってきた。
キルキトは彼女が来るときはいつも居ない。けれど話はよく聞く。
「キトー! 話聞いてよ」
こうやって何事かが起こった時にディーアが駆けこんでくるからだ。どうやら今日も突撃されたらしい。最近はホールドセントの商人と婚約させたって聞いたからもう来ないと思っていたのだがそうではなかったらしい。寧ろ正式に結婚する前に遊びに来ているつもりで襲撃に来る。
そうなるとディーアは大変情緒不安定になる。彼はまだ直接姉に対することが難しい。
「あの姉ちゃん、お前のこと本当好きだよな」
「なんでそうなる」
どう話を聞いてもディクテはディーアに会いに来ている。わざわざ嫌いな相手に会いに来る奴なんて居ない。それを考えれば、好きなんだってことになるんじゃないだろうかとキルキトは思うのだ。
「いや、だってさ。弟がかわいいんだろう?」
「まさか! そんなことあるわけないよ!」
ディーアはやっぱり否定する。
キルキトに姉は居ない。兄ならばハジータムナクがそれに近いだろう。師であるハジータムナクは従兄でもある。彼にはキルキトもかわいがられている。だが姉とは違うと思う。
あのディクテの様子を皆から聞く限り、それは嬉々としてやってくるのだという。それはきっとディーアに会える喜びに打ち震えているのではないだろうかと思うのだ。
あながち間違っていないと思っているキルキトだが、ディーアを含める皆には首を横に振られてしまう。
いまいちわからなかったキルキトの意見が変わる日はそれから間もなくだった。
その日は珍しく領主館に皆が揃っていた。ヴィオラッサさんが他の街に呼びかけて、街同士で会合を持とうという話をしていた。その打ち合わせのために集まっていたのだ。
キルキトは基本的に武器屋の方に居る。けれど今回は手伝いを頼まれた。仕事は色々あって、雑用だとしても人手が欲しいのだ。そして、折しもそこに嵐は訪れた。
「ディーア、来たわよ!」
「こ、困ります! ちょっと何勝手に上がってるんですかー!」
表からディクテと一緒に来た官吏が喚いている。それを流して執務室の扉から姿を見せたのは、ディーアとよく似た顔の女性だ。キルキトは彼女を初めて見た。
ディーアに似ているけれど、目つきは彼より鋭い。肩にかかる髪を振り払う仕草が堂に入っている。それだけで強気な性格がわかるような気がした。彼女の視線の先は当然ディーアであるが、当人は机の影に隠れてしまった。その代わりにヴィオラッサとハジータムナクが立ちはだかる。
キルキトは何だか呆気にとられて、ぽかんとただ彼女を見つめた。
殺気を漲らせる二人とは違い、キルキトは闘う力も持っていない。
「キト、ぼけっとするな。さがれ」
「は、はい!」
師匠に指示されて、ディーアと同じ机の影に隠れる。キルキトが同じ空間にやってきたことで、ディーアはあからさまにほっとした顔になる。ぎゅっと縮こませた体が震えている。そこで初めてキルキトは皆の言う意味を理解した。
思わずディーアに手を伸ばすと、彼は一瞬体をびくつかせた。けれどすぐにキルキトの手を握り返す。その手も情けなく震えていて、いつも大勢の前で王様然としたディーアがまるで幻のように感じた。
これがディーアの心に巣食っているものなのだと知った。震えるほどの恐怖をもたらす存在。確かにディクテは楽しそうにしている。けれど違うのだ。楽しそうに、残忍そうな笑みを浮かべている。
「ねえ、あんたたちまた邪魔すんの? あたしは弟と話がしたいだけよ」
ディクテが奏でる声は場に映えた。敬服したくなる強さのある声だ。
「すまないが、何度来られてもあんたを此処から先には通せない」
「真っ直ぐ帰れ。もうこいつはあんたと無関係だ」
突っぱねる二つの存在に怯むこともない。こんなに強い――強すぎる人が居たなんてキルキトは思いもしなかった。
その後もハジータムナクが脅しても、ヴィオラッサが説得しようとしても彼女はなかなか帰ってくれなかった。疲れた顔の三人に、キルキトは苦笑するしかなかった。
「これで、わかっただろう……」
げんなりとしたディーアの言い分に頷くしかない。
だが、それだけではなかった。やはりディクテはディーアがかわいいのだろう。それはディーアにとっては迷惑でしかないことに違いないが。
ディクテは真っ直ぐにディーアを見ていた。彼しかもう目に入れたいものはないというかのように。そしてその姿勢は始終変わらなかった。ひたすらに弟だけを求めるその姿をキルキトは知っているように思った。何かに似ていた。
盲目的に求める視線の熱さ。
自分が必要と疑いもしない態度。
寧ろ自分が居なければどうするといった上から目線。
キルキトは女王のようだと思った。そう、女王――独占欲が強くて我が強い。欲しいものは何でも手に入れなければならない。それはまるで恋を知った女王のよう。
体の奥底に潜む彼女の欲はディーアを求め欲している。
本人もそうとは思っていないだろう。けれど、とキルキトは思う。
これも一つの恋の形なのかもしれない。
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