14: 幸運が微笑んだら抱きしめよ

 大陸全土を統治しても未だガルセラ――領主ディーアに反感冷めやらぬ。そんな状況を変えた出来事があった。

 そもそもが余所者であり、魔法というものを広める彼はどうしたって目立ってしまう。だからこそ反感を買う。そして暗殺や毒を仕込まれることも日常になってしまったのだ。

「だからといって何も手を打たないのは愚かでしかない。この馬鹿者が」

 手当てをしながらハジータムナクが言葉で抉る。甘んじて受けながらも、ディーアは苦笑するしかない。

 今回は毒だった。暴力ならまだしも、食べ物に毒を混ぜられたら簡単にわかるわけがない。そのうえ元は皆ただの庶民だ。毒に耐性があるはずもない。それでもディーアは神々の加護があるおかげで随分よい。他の者ならもっと苦しんでいるだろう。のた打ち回ることもなく、腹を押さえて蹲るだけだ。

「お前は魔法とやらが使えるのだろう。だったらそれで防ぐことは出来ないのか」

「魔法は万能じゃないんだよ。でもそのおかげで今くらいで済んでいる。感謝はしてるんだ」

 ディーアはハジータムナクにあまり魔法の話をしない。それは彼が魔法を好ましく思っていないからだ。わかれば、知ったならば、と思うけれど否定されることをディーアは嫌がった。

 魔法を好ましくなくても、ハジータムナクは彼の傍に居てくれる。ならばそれだけで満足なのだ。

 幸いヴィオラッサやキルキトは嫌がる様子はなかった。二人に魔法の話を聞いて貰える。それだけでも嬉しいのだ。

「具合はどうだ」

「ヴィオラッサ」

 ディーアの寝室にヴィオラッサが入ってくる。浮かない顔をしているのは彼のせいかと思ったがそうでもないらしい。別のことを口にした。

「明日、メイトルノーズに行って来る」

「何か問題が?」

 ふう、と重い溜息を吐くと、眉間に皺を寄せる。

「作物不良なのは我々が神をないがしろにするせいだと言ってきた。魔法のことを言っているんだろう。不思議な力で、あの街の領主は使えないが、側近や民衆の間では使えるものが増えていると聞いた」

 メイトルノーズは土地の状態が昔からよいとはいえなかった。岩が多いし、水は少ない。日差しも強いため、植物が容易に育たない。それは単純に気候のせいだ。

「それ、俺が行こうか?」

 ディーアが起き上がったが、ヴィオラッサはすぐに寝かしつけた。

「いや。寝ていろ。あの土地はまだ不安定だし、そんな状態でお前が行って何かあったら、そっちの方が問題だ」

「でも」

「いいから。話をするのは僕の方が適任だ」

 そう言われてはディーアには何も言えなかった。


 翌日、朝早くにヴィオラッサは出向いた。

 領主が苦い顔で出迎えるのを、とびきりの笑顔で応対した。魔法についてはディーアや神々の関係を明確にして、伝えていたつもりだった。変に捻じ曲げるのではなく、脅威や強さの象徴ということでもなく、ありのままを見せた。受け入れられない者もいるであろうことはわかっている。反発もある。だがそれでも魔法を皆に伝えたのは、ディーアが誰もが可能性のあることだと言ったからだ。

 実際ヴィオラッサも神の加護を受けている。手ほどきを受けて少しだけ魔法も使えた。

 だが、どうあってもメイトルノーズの領主は譲らなかった。

「魔法は万能な力じゃないんですか」

 皮肉に口を歪める領主に再三の説明を施す。

「万能とは言っておりません。誰にでも使う可能性がある力だと申し上げているのです。それに魔法は、天候を変えたり、土地を豊かにしたりといったことは難しいんです」

「それでは何も出来ないのと変わらないではないですか」

「そうかもしれません。ですが我が主が魔法を広げようとしたのは、土地を豊かにすることではなく、民心の心を豊かにすることです。趣旨が違います」

 領主の立場からすれば、自らの土地を豊かにすることが確かに一番なのだ。それが出来るならばよいが、そうでないならば意味もない。いや、逆に悪いと捉えられることもある。

「そんなもの役に立ちますか」

「役に立つとか立たないとかそういうことではないのですよ」

「能書きはもう聞き飽きました。つまい、魔法は役に立たないちっぽけな力なんでございますな。ならば何故、ガルセラの領主殿はあんな大きな力を使えるのでしょう」

 吐き捨てた科白の真意は隠し事があるのではないかということだろう。ディーアはヴィオラッサや普通の人間とは違う。それを説明するのは難しい。

「どこかの土地に大穴を空けたとか、山を一つ吹っ飛ばしたと聞きましたぞ。それならば天候操作や地殻変動も出来るのではありませぬか」

「それは……我が領主は少し特殊なのです」

「特殊? あれを特殊と言いますか! あんな力、もはや悪の力ではありませぬか。そう、悪。魔法は悪の力のなんですよ」

「悪って……!」

 思わず睨めば、怯えた様子を見せる。

 何をどういえばこの男は納得するのか。苛々としながら言葉を探すがうまくいかない。

「まるで、……化け物ですな」

 反射的に手が動いた。勢いを持って領主が壁に吹っ飛んでいく。腹部を殴ったのだ。

 化け物だとか言われる道理はない。腹立たしかった。

「何事ですか!」

 すぐに警備の者が飛んできて、部屋の中にずかずかと踏み入ってくる。

「彼の治療を頼む」

 言葉少なにお願いすると、警備は訝りながらも領主を抱える。だが領主はまだ気絶してはいなかった。

「貴方、やはりそうなのでしょう? あんなの、化け物以外にありえない。化け物でないなら、悪の魔法を使うもの、……そう、悪魔だ」

「その口を閉じよ」

 拳を見せるとひっと彼は引きつった悲鳴を上げる。

「今度は、本気でいきましょうか」

「暴力に訴えるなど、低俗な人間のやることですぞ」

「そうですね。僕は庶民の出身なので、高尚な人間にはなれないのでしょう。貴方のように、人を小馬鹿にして嫌味を言うしか出来ない人が高尚というのならば低俗で結構です」

 ヴィオラッサは構えを取る。警備の後ろに隠れる彼をじっと睨みつける。それでも気は晴れない。

「おい。おーい、なんで喧嘩してんの?」

 領主がひいっともう一度悲鳴を上げた。

「ディーア!」

「扉が開いてたから勝手に来ちゃったよ」

 何故かディーアが居た。その後ろに明後日の方向を向いたハジータムナクも居る。

「心配になってみにきたらなにこれ。あのさ、別に俺は化け物でもいいよ。でもそういう言葉は俺に言ってくれない? ヴィーは別に悪くないんだから」

「ディーア、いいのか」

「受け入れられないことには慣れてる。それより治療が必要だよね」

 にっこりとディーアが笑う。けれど領主は恐慌をきたしたのか、警備に叫ぶ。

「こいつを討て! お前、討て!」

 混乱する警備は動きようがないようで、困っている。だがその声に引かれて他の者も集まってきた。

「いいか、これはガルセラの領主などではない。悪魔だ! 誰ぞ、討て! 殺した者には褒美を与えるぞ!」

「おい」

 さすがにそれはとヴィオラッサとハジータムナクがディーアを囲む。だけどディーアは平然とした顔で二人を制止させる。

「いいから」

「だが……」

「しかし……」

 渋る二人を押しのけてディーアはゆるり首を振る。

「ほら、警備の人たち誰でもいいよ。俺を討って。俺は逃げないから」

 なんてことを言い出すのだとヴィオラッサは慌てたが、ディーアの目が笑っている。彼はヴィオラッサの視線に気付くと悪戯を仕掛けるときのように小さく頷いた。だが次の瞬間、彼の体は前のめりに沈んだ。

「お、おい」

 視線を逸らした隙に槍で突かれたのだ。

「貴様、どういうつもりだ」

 すぐさまハジータムナクが槍を突いた男を取り押さえるが、ディーアは腹部を押さえながら、立ち上がった。

「大丈夫。そう、あんたのいう悪魔がどういうものか見せてやるから」

 ふらふらとしながら空中に手を上げた。領主も自分で命令しておきながら動けないようだ。

「イリス、頼むよ」

 ふわりと風がそよいだのがわかった。そして甲高い声が場に割って入る。

「馬鹿ね。ディーア」

 白いドレスを着た少女が音もなく床に舞い降りる。彼女はディーアの傷に目をやると、痛ましそうに歪めた。

「えっと……」

 どうしたらいいのかと呆然としていると、イリスと呼ばれた少女がディーアの傷に触れる。それは見る間に修復していく。

「貴方たち、あたしは光の女神、イリス。覚えておきなさい。彼が神の愛し子だという事実を」

 そう言って彼女は消えていった。ディーアはと思うと、彼の傷は消えていた。既に癒された後だったのだ。

 不思議なものを見た領主と警備の者たちは互いにどうしたものかと見回した。

「メイトルノーズの領主殿」

 ディーアが立ち上がるので、ヴィオラッサがその肩を支えた。まだふらついている。

「先ほどの、イリスは悪魔でしょうか。俺には神々しい女神に見えました。貴方はどうです?」

 少女はどこからともなく現れ、消えた。仄かに燐光を放っていたようにも見える。あの姿を悪魔とはいえない。

「……いえ、私にも神々しく見えました」

 苦い表情で、領主は口にした。


 メイトルノーズを脱出すると、ディーアは刺されたお腹をさすっていた。痛みがあるのだろうかと訝るがそういう風でもない。というかあれは示し合わせていたのだろうというのがヴィオラッサの見解だ。

「お前、わざとだろ」

「ああいう人には目の前で見せた方がいいんだよ。無理言ってジータに連れ出してもらってよかった」

 ヴィオラッサがハジータムナクを振り向くと、彼はバツが悪いようで明後日の方向を向いている。

「でも、本当に思い切り刺されるとは思わなかったよ。危うく死に掛けちゃった」

 軽く笑うガルセラ領主に帰街後、官吏全員から叱責がくだったことは言うまでもなかった。


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