09: よく学び、よく遊べ

 キルキトはいつも笑っている。

 こういうと馬鹿みたいな言われ方だと怒るのだけど、ハジータムナクにはそう見えるのだ。それ以外に表現する言葉を知らないのだから仕方がない。

幼い頃から仲良くしていた。親戚筋に当たるキルキトはハジータムナクを慕ってくれている。慕って、そして此処までついてきてしまった。そのことを今でも彼は――迷っている。


「師匠、なんか浮かない顔ですね。具合でも悪いんですか」

 愛用の短剣を磨きながら、ぼんやりとしていたらしい。手許に焦点を合わせてから、ハジータムナクは顔を上げた。心配そうにキルキトが彼を見つめていた。

「何でもない」

「……本当に? もし何かあったら絶対に教えてくださいよ。いっつも何もない、じゃ困るんですから」

「わかっている。本当に何もない」

 重ねて言うと信じていないのか、眉を潜めながらもキルキトは了承してくれる。キルキトにわからないようにハジータムナクはそっと息を吐く。この子のこういうところはいいと思っている。少し頑固ではあるけれど、やさしい弟分なのだ。そう、ハジータムナクにとって弟である。

「お前はこのまま私の許に居ていいのか」

「へあ?」

 研ぎ石を持ったキルキトが振り返る。そして次に眉を顰めた。

「まだ、気にしてたんですか……」

 まだ、とキルキトは言う。だが何度でもハジータムナクは思うのだ。今まで何度と考え、何度も迷った。それは彼の生涯にずっと付き纏うのだろう。

「ボクは好きで師匠に付いてきたんですよ。もうその話は言いっこなしです」

 笑う弟子にハジータムナクはそっと頷いた。

「それよりもボクは師匠の方こそ、心配なんですけど」

「……私か?」

 キルキトが言うと、今度はハジータムナクが目を瞬かせる。

「そうやってボクの心配をしてくれるのは嬉しいですけどね。ボクが居ないと、師匠は人と接しないじゃないですか」

「………」

 若干目を逸らして、眉間に皺を刻む。ハジータムナクにとって人と接することは苦手な分野である。とはいえ気の合う人間とは親しく会話もする。ただ無愛想な自分を変えることも出来ないので、限定されてしまうだけだ。それに――。

「ボクは師匠にもっとたくさんの人と関わって欲しいんですよ」

「その気持ちは有難いと思っているよ」

 本当にそう、ハジータムナクは思っている。だけど、無闇に親しい人を作りたくないと密かに思っていることをキルキトには言えなかった。

「だったら」

「だが、人と関わるのは最低限で十分だ。……お前がその分関わってくれるのだから構わない」

 キルキトは不満そうな表情を浮かべたものの、何も言わずに口をつぐんだ。

 自分とは出来も性格も違う弟子を、ハジータムナクは見てきた。ずっと生まれた時からずっと何年も。素直でやさしくて人に好かれるキルキトを自分だって好いている。大事に思っている。だからこそハジータムナクは自分とは違う人間になって欲しいと願っている。

 自分のような面白みのない人間ではなく、正反対の人間に。

「師匠」

 まだ不満を顔に表したまま、キルキトが師の顔を仰ぐ。

「ボクは、何もわからないわけじゃありませんからね。師匠が人と関わりたがらない理由だって……予想ですけどわかってます。でもボクはそれでもお願いしたいです」

 眉尻を下げる弟子の言い分にハジータムナクは目を伏せる。予想できていて、自分を人の輪に入れたいと言う。その言葉が嬉しくて、微笑んでしまいそうになった。

「駄目ですか?」

 尻尾を落ち込ませた子犬のように、キルキトは目に見えて沈む。落ち込んだつむじにハジータムナクは息を吐いた。

「……仕方がないな」

 その言葉にガバッと顔を上げるキルキト。目を見開くかわいい弟子にハジータムナクは小さく頷いた。

「お前の為に、少しは努力をしてやろう」

「ありがとうございます!」

「だが、覚えておけ」

 喜ぶキルキトにハジータムナクは厳かな顔で重要なことを付け加える。けれど――、それは。

「私にはお前がいれば、生きていけるんだ」

 それは、甘くやさしく響いていた。


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