07: 踏めば虫でも向かってくる
領主は、立派だった。
街の皆の期待を背負い、それによく応えた。
ヴィオラッサは彼が領主となり、そして腐敗していくまでを知っていた。見ていた。期待が次第に失望へ変わっていくことを、気付いていながら無視していた。どうにかしなければと思いながらも何も出来なかった。しなかった。
領主はいつしか、ヴィオラッサたちを守るべきものとは思わなくなった。同時にヴィオラッサもまた領主を守ってくれる存在だとは思えなくなった。領主は変わってしまった。
すべてのものが、人が、変わらないなどということはない。それはヴィオラッサもわかっていた。理解していた、と思っていた。けれど目の当たりにするまでは、目の当たりにしても動くことは出来なかった。
いつか領主は高い場所から民を眺め、不快な表情をするようになった。恐ろしかった。民を人と思わぬようになってしまったのだと感じた。それでもヴィオラッサは動けなかった。かつての領主を知っている分余計に動けなかったのかもしれない。だからディーアの出現に心踊らされた。
それは領主にとって人とも思わぬ存在から人の尊厳を奪われた瞬間だったろう。
ディーアのことを聞いて、使えると思ったことを今でもヴィオラッサは悔いていない。ディーアには悪いが、それがガルセラには必要だったのだ。
「別に」
ある時、話の流れで出会った時のことが口に上った。
ディーアは特に気にした風もなく答えた。悔いてはいない。けれどヴィオラッサには申し訳ないと思う気持ちを少し抱えていた。だがディーアはそんなことはあまり気にならないようだった。
「だってさ、俺今までずっとディクテに虐げられてきたんだよ」
それもそうか、とヴィオラッサは思う。また同時にだからと言って違うだろう、とも思う。けれども口の端にはのせない。
「刃向うっていうのは簡単に口では言えるもんだ」
訳知り顔で言うディーアがなんだか大人に見えた。
「でも、でもさ、実際に動こうとしたら……なかなか出来ないんだよね。俺にはディクテがその対象なんだ。領主は全然関係ないから動けた」
苦笑するディーアの顔にヴィオラッサは困った顔を作る。
「だからさー、もしディクテが来たら、お願いしていい?」
後頭部をためらいがちに掻きながら現領主は言う。駄目かな、と上目づかいに視線を寄越されて、ヴィオラッサは困り顔を笑みに転じさせた。
「ああ。任されよう」
前領主はもう居ない。今はただヴィオラッサを守ってくれた、そして守ってやりたいと思う領主が居る。
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