04: 力は正義なり

 ヴィオラッサが立てた計画はディーアの力をふんだんに使ったものだった。

 皆にはこの力を好まれなかった。疎まれて、虐げられた生活を強いられた。けれど、この力は、本当は悪いものではないのだ。それをディーア自身は知っている。けれどヴィオラッサを含め、皆は知らない。それなのにヴィオラッサはディーアの力を信じている。

 どうしてだろうか。


「あー、それって神様の力なんでしょう?」

 呑気な声で訊ねてきたのはキルキトだ。彼には見えない不思議な力。ディーアは神々が齎したものだと直接教えてもらった。

「ヴィオラッサさんが言ってたよ。力があるなら使うって。それにディーアをさ、傷つけるような力じゃないんだから、いい神様なんじゃないかって」

「そ、そんなこと、言ってたのか?」

 ディーアには何も言ってくれなかった。おかげで計画を聞かされた時に反応に困った。利用されたと怒れば良いのか、認めてもらえたと喜べばよいのか、どうやら後者だったようだが。

 領主になったとはいえ、ディーアは何も出来ない。ガルセラのことを知らず、困っている人を見て単純に倒しただけだ。それからのことなんてわからなかった。

「でもすごいなー。ボクじゃそんなに計画を立てられないよ。それに本気なんだね」

「本気って、他の街は現に襲われたりしていたじゃないか。だったら時間の問題だったんだろう?」

 ガルセラに来る前、他の街に襲われた街や村を見たことがあった。戦をしている場所には近付かなかったが、外に出てこの土地は今そういう場所なんだと思っていた。

「まさか」

 だがキルキトは笑う。

「あのね、ボクと師匠がこの街に来たのは、此処がほとんど戦に加担していなかったからっていうのも理由にあるんだよ。平和な生活が送れることは大事だもの。でもまあ、来てみたら問題は色々あったけどね」

 ハジータムナクとキルキトはディーアが来るより前にガルセラに来ていた。領主の腐敗も知っていただろう。

「でも、ヴィオラッサさんが攻撃する方を選んだっていうのはちょっと驚いちゃった。護るだけかと思ってたから」

「ああ、確かに」

 見た目が女のようなヴィオラッサからは想像出来ない。でも彼は案外短気だ。防御よりも本当は攻撃の方が向いているのかもしれない。


 領主館に戻ると、ヴィオラッサは書類と格闘していた。

 執務室の扉からその姿を伺う。じっと見ていると、視線を感じたのか顔を上げる。

「あ、ディーアか。何処に行っていたんだ」

「キトと話してたんだ」

 部屋の中に足を踏み入れる。なんでもないような顔をして迎え入れてくれる。故郷にいた時はこんなことは一度としてなかった。それを思うとガルセラに来て、ヴィオラッサに会えてよかったなと思う。

 ディーアは自然と笑顔になって、彼の傍へ歩み寄る。

「にやにや笑って気持ち悪いな」

「いいじゃん。ちょっと今気分がいいんだよ」

 そう言うとヴィオラッサは眉を上げただけで、何も言わなかった。

「何見てるんだ」

 特に深い意味もなく問い掛けると、ひらりと紙を見せられた。

「大陸攻略図だ」

 ヴィオラッサが先日から練っていた計画書である。

 リークル大陸の地図に街の名前が入っている。それらが色分けされていた。

「俺の力は必要?」

「ああ」

 即答された。

 必要とされるのは嬉しい。けれどディーアは少し考える。

「必要なのは力だけ?」

 訊くのは今までなら躊躇われた。けれど、彼ならとディーアは思っている。誠実な答えを返してくれるんじゃないかって、勝手に思っている。

 疑問に対してヴィオラッサは目を瞬かせてディーアを振り返る。その目には驚きと苛立ちが見えた。

「馬鹿か、お前」

 ついでに手とうが落とされる。

「この街の領主に就任したのは誰だ? お前だろうが。力だけあってどうするんだ。お前はもうガルセラで一番有名な人間なんだ。居なくなったら困るぞ」

「困る?」

「そうだ。まあ、その分使わせてもらうけどな」

 力は必要。だけど力だけじゃなくディーア自身が必要。そう言ってもらえるのは安心した。

「ねえ、でもさ、この計画って俺の力使いすぎなんじゃないの?」

 ヴィオラッサの計画はディーアが大きな力を使って威嚇することがほぼすべてだ。それでは街の者たちは出番がないし、やたらとディーアだけが疲れることになる。

「お前が嫌なら変えるが?」

「別に嫌なわけじゃないけど……」

 キョトンとした顔で少し考えていたがすぐにヴィオラッサは思い至ったようだ。

「ああ……僕はガルセラの住人だけじゃなくても犠牲者を出したくないんだよ」

 計画書を机の上に戻し、彼はふうと息を吐いた。

「お前、故郷で嫌な目にあったって言っていただろう。その時どう思った。憎くなったり思わなかったか? 怖いと思ったことはないか?」

 それは当然ある。眉を寄せるとヴィオラッサはそれと同じだ、と苦い顔をする。

「街同士で戦があるのが避けられないなら勝った方がいい。そして出来れば穏便な方法を採りたいんだ。そのためにディーアの力を使いたいんだ。憎み合うんじゃない。勝っても負けても手を取り合える関係がいいんだ」

 今度はディーアが目をパチパチさせた。言っている意味は何となくわかるが、それをディーアの力で本当に出来るのだろうか。

「ええとな、この計画はお前の力を見せ付けて戦意を喪失させることにあるんだ。喪失したところに条件降伏や協力提携を持っていく。それを呑んでもらえれば犠牲は少なくて済むはずなんだよ」

 ヴィオラッサは説明するのに言葉を探しているようで、少し困った顔をする。

「抵抗されたらそれはこちらも兵を出すけど、それは禍根――ええと、どっちも嫌な気分になったままになるだろう。だからディーアの力を借りたいんだよ」

 どういったらいいかな、とディーアは眉間に皺を寄せる。

 わからないわけではない。ディーアは必要とされていて、それはヴィオラッサが語りたい理想の力の一つだということだ。それを嫌だとは思わない。

 ディーアの力を忌むべきものとして使おうとしているわけではない。利用はしているけれど、彼はきちんと理解を得ようとしている。

 それはディーアの故郷にはなかったものだ。

「全然いいよ。ヴィーがそう言うのなら、俺は従う。俺が必要なんだよね」

 ちゃんとヴィオラッサの目を見て答えた。ヴィオラッサはホッとしたような顔をして頷いた。

「ああ。……あのな、お前は嫌うかもしれないけれど、力があるというのは悪い事じゃないんだ。それをどう使うかが問題なんだよ」

 気遣うように告げられた言葉にディーアはうん、と控えめに同意を示した。



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