ゆうもあ先生執筆中

 ゆうもあ先生こと有象無象は門松書店の猿田編集長から頼まれた、Web小説を書くため書斎に入った。一般レーベルが参加するまでは書くのはよそうと思っていた有象だったが、猿田の押しに負けて一本書くことになった。

 書斎に入ってまずはじめにやることは布団を敷くことである。なんで執筆するのに布団を敷く必要があるのか? それは有象が寝ながら執筆するからである。

 寝ながら執筆? どうやってやるのかと不思議に思う人も多いと思う。当然だ。ペンを持ってうつ伏せになって原稿用紙に向かうという手もある。一番可能性のある方法だ。でも違う。

 有象は布団に入ってMacBook Airを小脇に抱え、体を横にしてキーボードを片手で打つのだ。MacBook Airは軽いから長時間抱えていても重くない。(作者はAppleの回し者ではありません)キーボードを打つ時間はブラインドタッチよりもはるかに遅いが、有象はブラインドタッチができないので関係ない。片手で打つ時間は頭の中で文章を考えるのに丁度いい時間だ。有象は肩こり、腰痛持ちに貧血症だから、座って執筆していると身体中が固まって痛くなるので長時間執筆できない。なので寝ながらの執筆は彼にとってもってこいの執筆スタイルなのだ。

 だがこの寝ながら執筆を有象は公にはしていない。格好悪いし、文学を舐めているのかとブログやTwitterが炎上するのが怖いからである。(ただし、有象はブログもTwitterもやっていない。なぜ怖がっているのかは不明である)だからたまに文芸誌なんかの取材が来た時は椅子に座って煙草なんか吸っちゃう。現実は寝煙草禁止だ。


「さて、どんなものを書こうか。Web小説だから思い切ってライトノベルでも書いてみるか。あの硯康隆先生も書いたくらいだ。私にできないはずはない」

 有象は無謀なことを考えていた。

「ライトノベルを書く以上、異世界に主人公が飛ばされなくてはならない。どんな世界にしようか? そうだ本のない世界、本の禁止された世界は小説にすでにあるし焚書坑儒という言葉もある。逆に本の価値が現実よりも高い、本が金のように扱われている世界はどうだろう。主人公は無類の本の所蔵家だ」

 プロットは決まった。あとは指の動くまま、自動書記のように執筆するのが“有象流”である。


『所蔵家が異世界に行って資産家になって魔獣を倒して可愛い魔女とウッフンする』

 アホなタイトルである。しかし、書店に行けば分かるが、似たようなタイトルの本はいっぱいあって書棚の一角を占領している。そして、有象の書くユーモア小説の何十倍、何百倍も売れるのである。その売れ方は漫画に似ていると有象は思った『ONE PIECE』の気違い染みた売れ方をみよ。あの販売冊数、尋常じゃない。有象も昔『ドラゴンボール』や『ドカベン』を読んだことがあるが、あれの売り上げよりもっと凄いのだろう。ちなみに有象は前出の漫画を「借りて読んだ」金持ちのくせにセコい? いや友達とのコミュニケーションの一環である。


 さて『所蔵家が異世界に行って資産家になって魔獣を倒して可愛い魔女ととウッフンする』である。どんな内容にしよう。自動書記がまだ動かないので、有象はアイデアをひねる。主人公は高校生でなければならぬ。いつも文庫本ばっかり読んでいることにしよう。そんな彼が自宅で本を読んでいる。そこに、魔法使いの弟子と名乗る少女(主人公が惚れている女子高生にそっくりなことにしよう)に色仕掛けで異世界につれさらわれる。少女曰く「あなたが国を守る英雄であると魔法使いがおっしゃった。一緒に来て欲しい」とのことである。「国を守る英雄?」少年が聞くと、少女は「わたしたちの国は本が通貨の役目をしている。それを白い怪獣が根こそぎ食い尽くし、国は深刻なインフレーションに陥っている。なんとかして欲しい」と語る。主人公はこう言う。「ならば一度僕の家に帰らせて欲しい」と。「何故ですか?」と言う少女に主人公は「いい手がある。それには一度現実世界に戻ってしなければいけないことがある」と言って、一度自宅に戻る。そしてどこかへ電話をする。「何をしたんですか?」少女は尋ねる。「白い怪獣を倒すエキスパートを呼んだのさ」少年は答える。「エキスパート? 我が国ではどんな魔術師や勇者が挑んでも勝てませんでした。だからそんな人はいるわけありません。勝てるのはあなただけです」少女は真っ赤になって抗議する。「まあ、待ちなよ」主人公は時間つぶしに文庫本を読む。少女は「通貨をもっと大事に扱ってください」とまた怒る。「こんなものいくらでもあるよ」主人公は少女を別の部屋に案内する。そこには一億冊の文庫があった。仰天する少女。「隣の部屋には単行本が二億冊、その隣には稀覯本が五千冊あるよ。ひいじいさんから父さんまでが所蔵家だったんだ。でも僕は違うんだけどね。一応取ってある」そう説明した時、玄関のチャイムが鳴った。「こんにちは、シロアリ救急隊です」本は紙で紙は木だ。本を食らう白い怪獣と聞いて主人公はピンときた。だから現実世界に戻って、シロアリ救急隊に事情を説明し、助けを請うたのだ。シロアリ救急隊の隊長はライトノベル愛好家の若者で「異世界にいけるんですか。張り切っちゃいますよ」とノリノリだ。主人公は少女に「我々を家ごと異世界にやってくれ」と頼んだ。「はい」少女は素直に頼みを聞く。少女が魔法を掛け、主人公とシロアリ救急隊のメンバーは異世界にたどり着く。


「ああ、あれが白い怪獣です」少女が指差す先には本当に巨大なシロアリの化け物がいた。怖い。「シロアリ救急隊の皆さん。お願いします」主人公は叫ぶ。

「ラジャー」の掛け声の後、白い粉の詰まったビニール袋が白い怪獣に投げられる。それが怪獣の顔に当たった。怪獣は前足で顔をはらって白い粉は取れない。結局呼吸不全で白い怪獣、巨大シロアリは死んだ。

「ありがとうございます」少女はシロアリ救急隊にお礼を言った。


「国を再建するのはこれからだよ」主人公は言って自宅の書庫を開けた。この国の国家予算に匹敵する通貨、本がぎっしり詰まっていた。「これで、インフレーションも解消されるだろう」主人公が言うと、少女が「ありがとうございました。お礼になんでもします」というので「僕とウッフンしてください」と頼んだ。もちろんOKだ。僕は心ゆくまでウッフンを楽しみ、異世界の英雄となった。


 という物語である。作品の良し悪しは他のものと比べようがないのでわからない。完成した作品を早速、編集長の猿田に送る。もちろんメールだ。折り返し、猿田からメールが来た。『問題作ですね』と書いてあった。


 この作品の良し悪しを決めるのは読者の皆さんだ。成否はPVの数で決めさせてもらう。(この部分は万が一書籍化されたら、こう変わる。『この作品の良し悪しを決めるのは読者の皆さんだ。成否は読者ハガキの量で決めさせてもらう』)

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