ゆうもあ先生の講義 後期①

 大学の夏休みは長い。ゆうもあ先生こと有象無蔵の後期の初講義は九月の第三週の『文学特講』からであった。夏の暑さもさすがに納まって朝晩はセミに代わって秋の虫たちが元気よく鳴き出した。これを風流に思うか、五月蝿いと思うかは人それぞれ、有象は意外にも前者であった。さすが文学者とは思ってはいけない。単に「セミよりはマシ」程度の考えでしかない。

 さて今日も夏休み明けの初授業だというのに出席しているのは樋口一応くんはじめ数名である。熱心に授業に出ていた中森明美は大学を退学になって、今は有象の家で家政婦をやっている。


「じゃあ、さっさと講義を始めますか。とは言っても雑談だけどね」


 最近は文学も様変わりしてきた。その典型がWeb小説というやつだな。パソコンやスマートフォン、タブレットで小説なんかを読むんだ。つまり紙媒体、簡単に言っちゃえば本、雑誌を通さず文章を読む。ある種革命だねえ。ああ、Kindleってのがあるけれど、あれは読書専用に作られた機械だから、いや道具だからWeb小説とは言わないのかな? 私は持ってないからよく分からない。君たちはどうだい? 持っている人はいないの。いないんだ。その気持ち、私分かるよ。小説ははやっぱり紙の本で読みたいよね。樋口くんどうだい。『近代柔道』Kindleで読みたいかい? やっぱり、片方丸めて寝ながら読みたいよね。そうだ、君たち、どんなスタイルで本を読んでいるんだい? 草井君代くんはどうだい。


「私は家のソファに座って読んでいます。先生に紹介された『平の将門』を読んで吉川英治先生にはまり、今は『三国志』を読んでいます」


 そうか、リラックス座り派だね。漫画ばっかり読んでいる斎藤隆史くんはどこで漫画読んでいるの?


「僕は遠距離通学なんで電車で読んでます」


 どこから来ているの?


「富津です」


 千葉県のかね。


「そうです」


 そりゃあ、大変だ。頑張ってくれ給え。斎藤くんはヒマつぶし型読書だな。あとは……。服部洋子くんか。君の読書方法は?


「私は学習机に座って、両手に手袋をして読みます。古本ばかりなので、直接触るのが嫌なんです」


 その気持ち、分かるよ。私も古本は大嫌いだ。ばっちいからね。神経質なんだよ。こう見えても私は。

 学生たちは笑った。 

 ここ、笑うところじゃないよ。あとは……と思わず、中森明美を探してしまう。有象であった。


 じゃあ、私の読書法を教えてあげよう。私は布団を敷いてその中で寝て読む。座って読むと貧血になって気持ち悪くなってしまうんだ。本の読み方も人それぞれだね。ああ、この時間はWeb小説の話だったね。随分と遠回りしたものだ。

 先日、門松書店の猿田という編集長が来て、新しいコンテンツを立ち上げるといってきた。私は恥ずかしながらコンテンツという言葉を知らなくて、コウケンテツなら知っていたので「料理本でも作るのか?」と益体も無い事を聞いてしまった。しかし、やたらビジネスシーンに英語を使う風潮はやめてもらいたいね。わたしもビジネスシーンなんて言葉を使ってしまったが。コンテンツというのは(特に、電子的な手段で提供する)情報の中身ということらしい。ますます分からん。要するにネット上のサービスかなんかだと思う。間違ってたらごめんね。

 それで猿田という男は今まで『ヘロヘロA』という漫画雑誌の編集長だったのが『ヘロヘロA』が休刊になったので、新しいコンテンツ部門に異動になったのだな。そのコンテンツというのがWeb小説のサイトの構築だった。猿田が私のところに来たのは、そのオープニングに一本小説を書いてくれということだった。私は断った。だって参加するレーベルがライトノベルのものばっかりなんだもん。私の小説を、『門松パンジー文庫』に入れるのか! 私は激怒した。猿田は「いずれ一般レーベルも参加します。お許しください」と平身低頭謝ってきたので、許してやった。


「先生、それで執筆するのですか?」

 服部洋子が聞いてきた。


「ああ、ただし短編だ。本にはならないだろう。なんでもWeb小説というやつは長編本格小説はウケないらしい。パソコンやスマホで長時間、小説を読んでいると目が疲れて、集中力がなくなって読むのをやめてしまうらしい。紙の本では長時間読んでると調子が出てきて『あと少しだけ』『あと一章』『ええい、最後まで読んじゃおう』ということがあるでしょう? Web小説にはそれがない。『疲れた。やーめた」って感じで長編本格小説はほっぽり出されるらしい。逆に短編は一気に読めるので好まれるらしい。ショートショートなんかがウケるのだそうだ。ヒマつぶしになってちょうど良い。寝る前に数本読むというのが流行っているそうだ。中にはたった三文字の小説もあったらしい。猿田の予想もつかない作品がたくさん来ているそうだ。エッセイ、ノンフィクションと称してのサイト批判の作品がいっぱい来て猿田の胃に穴が開いたそうだ。要するに門松書店の思惑通りにはことが進まずに、投稿者がウケる異色作ばっかり送ってきているらしい。本格的小説は見向きもされない。特に大長編はな。世の中うまくいかないものだな。私はあえて批判はしないがね。部外者だから」


「先生、私応募したんです」

 服部洋子が手を挙げた。


 ほう。どうだった?


「古本の話を書いたんですけど、誰も振り向きもしませんでした。私は知らなかったんですけど『小説家になろう』っていう同じようなサイトがあって、そこから人気作家が大量になだれ込んできて高評価を得るんです。Web小説初心者はまず、名前を売らないといけないんです。だから色物的な作品を書いたり、サイト運営を痛烈に批判して、サイトの問題点をあぶり出すようなエッセイがウケるんです。私もそういうの書いて送りました。すごい反響です」


「うーん、そうすると、真摯に小説を書いている人には酷だな。やっぱり小説家になるにはちゃんとした公募新人賞に応募するしかないのか? でもあきらめちゃいけない。ふざけた心で作品を送っている輩はいずれ飽きる。どこかに消えるだろう。そして、真面目に小説を書くものが増えて、サイトは盛り上がるだろう。服部くんも頑張れ」

「はい。頑張ります」

 ではこれで講義を終わります。みんなには文化祭があるだろ。無理に出席しなくてもいいからね。ではおしまい。さようなら。


 有象は煙草を吸いながら敷地内を歩いていた。そして、「一般レーベルが参加するまで、投稿はよそう」と考えていた。

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