ゆうもあ先生のTV出演

 ゆうもあ先生こと有象無蔵にお台場の湾岸テレビから出演依頼が来たのは六月の中頃だった。突然のことに有象は狼狽した。テレビなんて昔、国営放送の教育講座で太宰の悪口を言いまくり、クレームが殺到して出入り禁止になって以来出ていない。断ろうと思ったが担当のディレクターがやけにおしゃべりな人で、テレビ界の裏話をたくさんしてくれたので気が変わった。

 まずこの番組は当初、期末の特別番組として二時間放送される予定だったが、MC予定者が週刊誌でおなじみの不倫問題で出演がパーになり、次に予定していたエコノミストのMC候補も、学歴詐称問題で降板するという二重の悲劇に見舞われた呪われし番組だっだのだ。

 ただでさえ、視聴率争いで脱落し、必死にもがいている湾岸テレビにとって三度目の失敗は許されない。若き社長は喝を入れた。「死ぬ気で作れ」

 さて、どんな番組にしようか? 話はそこまで戻ってしまっていた。「マツコ・デラックスさんをMCに据えて、楽しいトーク番組を……」と発言した若いA.D.の首がチーフディレクターによって絞められた。「マツコさんはジャパンテレビで『夜ふかし』だよ」

「す、すみません」A.D.が涙目で謝る。「マツコさんに似ているアツコ・ダイナマイトを思い切って使ってみれば」「そんな二番煎じ誰が見る」「出演者より、番組内容でしょう」首を絞められていない別のA.D.が言う。「どんなのかね。言ってみろ」「はい、最近テレビサンライズではクイズ番組が受けています。正統派ですけどクイズなんかどうですか?」「それ、いただき!」チーフディレクター指を鳴らした。「問題は出演者だな」「林先生が抑えられればな」「一応かけあってみてくれ」「あとはタレントですかね」「タレントは極力抑えよう。第二、第三のベッ●ーが出ては困る。「じゃあ、誰を呼ぶんですか? 俳優ですか。俳優は番宣じゃないと出てくれませんよ」「それは大丈夫だ。七月期のドラマの主演、三人は抑えてある」「あとはどうします?」「そりゃあ、文化人だろ」「でも。ショーン●みたいのもいますからね。ははは」「笑うな」「えー、大学教授なら大丈夫じゃないですか?」「画面が地味になる」「だから、各大学の面白先生を集めるんですよ。林先生なみのスターが隠れているかもしれませんよ」「よし、それに決めた! 早速リサーチしてくれ」


「そういうわけでですね、有象先生が選ばれたんですよ。なんでもゆうもあ先生と呼ばれているそうですからね」

「誰がそんなことあなたに教えたんです?」

「K大の信州一先生です」

「初対面のあなたにこんなこと言っても仕方ないが“ゆうもあ先生”というのは私が若い頃からドジばっかり踏んでいるところから来た蔑称なんだ。私は今、信州一くんとの絶交を宣言するよ」

「まあ、先生。劇団のチームナックスだって、最初は蔑称だったのに、今ではチケットの取れない劇団に成長しています。先生もゆうもあ先生を前面に持ち出してテレビに出たら人気が出るかもしれませんよ」

「べ、別に人気なんかいらないよ。私は小説界で、そこそこ売れているからね」

「石田衣良先生や羽田圭介先生なんかもテレビで人気が倍増、三倍増しました。先生もいかがですか?」

「へー、ところでどんな番組なの?」

 興味を持ち出した有象。

「ただのクイズ番組です。変なことはしません」

「頭から、水がドバーンとか、白い小麦粉の中から飴玉を取るとかないんだね」

「もちろんありません。ただクイズに答えて頂くだけです」

「そうですか。撮影本番はいつです?」

「今度の水曜日です」

「何、明日じゃないか。きみ、僕の髪型変じゃないかね」

「ナチュラルパーマでオシャレですよ。先生が経済学部だったらショーン●の代打に使えたのにな。ああ、明日は三時にここへ車をよこします。とにかく、ゆうもあでいきましょう」

 ディレクターは帰って行った。


 翌日、婆やの裕子さんに手伝ってもらって洋服のコーディネートをした。三揃いの背広を主張する有象に、裕子さんは優しく「ちょっとラフな方が若く見えますよ」とノーネクタイにカットシャツ、サマースーツを選んだ。「ちょっとラフすぎないかな」心配する有象に、裕子さんは「ちょいワル」といって微笑んだ。

 昼飯はこぼしてもいいようにおにぎりを食べた。いつもはウチで食べるのだが気が急いてとっとと大学に来てしまった。それを目ざとく見つけたのが中森明美で、教授室に入ってきて有象にちょっかいを出す。「先生、今日洒落てるじゃん。おしゃれさん!」「テレビに出るんだ」「へー、いつ、いつ?」「放送日はわからないが湾岸テレビだったと思う」「どんな番組?」「クイズだと言っていた。私はボタン早押しとか苦手だから、画面に映らないかもしれない」「でも、頭いいんだから一問くらい答えられるよ」「だといいがな。そろそろゼミ生が来る。関係がこじれているんだろ。早くお逃げ」「ありがとやす」明美は出て行った。明美は経済学部だが有象の『文学特講』の受講生である。そして、有象と小説の好みが一緒で、何かと付きまとってくる。ただ、素行に問題のある子で、女性なのに暴力沙汰が絶えなくて学内でも問題になっている。そんな明美が有象の教授室にいるところをゼミ生の柏木麻里子に見つかり大問題になった。有象は「学問の質問なら全学生入室可能だ」と柏木を諭したが、いまいち、効き目がなく「中森明美入室禁止」の張り紙を作ってきた。有象はさすがにやりすぎだと怒った。柏木は泣いて去った。それ以来ここには来ていない。もう来なくてもいい。単位Aは確定しているのだから。ただ、卒業式の袴姿が見られないのは残念だ。

 そんなこんなで三時になり迎えの車が来た。湾岸テレビまで、一つ恥をかきに行くか。


 スタジオはライトの光で暑かった。ラフな服がちょうど良い。裕子さん、ありがとう。

 クイズ番組の名前は『私って二番手』という、自虐的で情けない番組だった。湾岸テレビの凋落がよくわかる。回答者は十二人。左前列は七月から始まるドラマの主役三人。西出昌大に広瀬鈴、綾鷹剛だった。有象はテレビも見ないのに芸能人に強い。全員知っていた。不思議だ。左列後部座席は、薄切りベーコン、ハライタの沢田、フルパンの村下だった。左列の紹介が終わると、右列は「教授軍団です」と一括りに紹介された。せっかく「ゆうもあ先生でーす」とかおどけてやろうと思ったのに。まあいい、名前のテロップくらい出ただろう。席は後ろの右端だった。

 問題が始まる。

「プロ野球のホームラン記録は東京キングの王貞治さんですが、第二位は」

「ピンポーン」私にプロ野球の問題を出してくるとは、なめられたものだ。

「有象教授、お答えは?」

「野村克也 難波コンドルズ」

「ピンポーン」

「先生正解です。有象先生は神奈川県立大学の文学部教授でいらっしゃいます。校内外でゆうもあ先生とニックネームがついているそうです。穏やかな感じが漂ってきます」

 こんな感じで有象は番組の進行を無視して答えまくった。さすがに全問正解とはいかなかったが半分以上答えて圧勝。トロフィーと副賞の北海道旅行をプレゼントされた。国内かよ。有象は心で悪態をついた。


 家に帰ろうと車を待っていると、チーフプロデューサーを名乗る男から呼び止められた。

「なんですか?」

「九月から始まる、夜のニュース番組にコメンテーターとして、出てくれませんか?」

「私は県立大学の公務員です。今日も特別の許可をもらって出演させていただきました。これ以上は無理ですね」 

「そうですか。でも大学を私立に変えれば大丈夫ですよね」

「私のような、ぐうたらで有名な男を雇う大学はありませんよ」

 有象は笑って車に乗り込んだ。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る