第三部-第六章〈下〉 『メサイア・イン・ザ・リングリーダー』

 突然、『クトゥルフ』が動きだした。

 両手に握っていた武装を手放すと、胸に刺さっていた槍を握りこみ、力任せにそれを思いっきり引き抜いた。

 そして、膝を上げ槍の柄を思いっきり折ると、先端部分が付いている方を『ノーデンス』に向かって投げつけた。

 『ノーデンス』はそれを左手に握っている楯を前に出すと、楯に装備されている四門のビーム砲からビームを放ち、槍を焼き落とす。

 そして『クトゥルフ』の事を睨みつけると言った。

 『何だ……何をした?』

 「…………」

 流輝はコクピット内部が変化していくのを感じた。

 穴が開いていたいた部分が埋まり、傷の周囲に巻きついていた触手がおかしな反応を発していた。

 無限機関のエネルギー炉から大量のエネルギーが送り込まれ、機体内を巡り巡って行く。

 一部装甲がそれに伴い変形していく、というよりは溶けている。どろどろと溶けて固まり、より一層不気味さを増していく。

 口当たりから胸上部にかけて張り巡らされていた、たこの腕のようなホースが伸びて行き、さらに不気味なことになっていく。

 そして、『クトゥルフ』は頭を大きく動かし、天を仰ぐような格好をすると、吠えた。


『オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!!』


 それを見て『ノーデンス』はさらに混乱しする。

 『何だ……何が起きた?一時的狂気では無いぞ!?』

 「何が起きたって?答えてやるよ」

 そう言うと流輝は再び武装を手にすると、『ダゴン』を構え、『ハイドラ』とその他全ての砲門を『ノーデンス』に向ける。

 そして、言い放った。

 「俺がこいつを乗っ取んだだよ!!」

 『はぁ?』

 「こいつ、怯えてるんだよ、俺に」

 『ますます意味が分からな……』

 そう言いかけた時、

 『ノーデンス』の目の前に『ダゴン』を振りかざした『クトゥルフ』がいた。

 どうやら高エネルギーを反重力推進装置に集中させ、猛スピードで移動したらしい。

 これは依然、『クトゥルフ』が一時的狂気に陥った際に見せた猛スピードと同じ原理だった。

 完全に隙をつかれた『ノーデンス』は攻撃を何とか躱そうとする。

 しかし、躱しきれない。

 肩部のアーマーが『ダゴン』によって切り付けられ、大きな傷を受ける。

 『ウグッ!!』

 「まだまだぁ!!」

 次に流輝は『ハイドラ』を大きく振りかぶると、それを『ノーデンス』の顔面を狙い全力で殴りつけた。

 すると『ノーデンス』そのままのけぞったかのような無様な恰好で後ろに向かって吹き飛ばされていく。

 流輝はそれを見ると高笑いを始める。

 「ハハハハハハハハハハハ、ざまぁねぇなこのクソ神が!!」

 そう言ったあと反重力推進装置を起動させ、後ろに飛んで行く『ノーデンス』を追うと、その両肩を掴むとそのまま押し倒すようにして地面に向かって飛んで行く。 

 『ノーデンス』は何とか反撃しようとするが、あまりのスピードに対応しきれず、そのまま地面に組み伏せられる。

 二体が同時に地面に命中すると、ドンッという心地良い音が辺りに響き渡る。

 『うぐぅ』

 「おらぁ!!こっからだ!!」

『ノーデンス』は何とか上に乗る『クトゥルフ』を振り払い自由になろうともがくが、上手くいかない。

 『ノーデンス』の兵装は中距離専用、至近距離では空間圧縮波動砲も役に立たない、自身も吹き飛ばされてしまうからだ。

 完全に無力化した『ノーデンス』を見て流輝はにやりと笑うと、馬乗りになり『ダゴン』を振りかざすとそれを叩きつけようとする。

 すると馬乗りになった分、腕を自由に動かせるようになり、武器を構えるだけの隙間ができる。

 それを確認した『ノーデンス』は、左手に握る楯のビームポットを『クトゥルフ』の胴体に突き付けると、ビームを放つ。

 再びコクピット内部を焼き尽くし、『クトゥルフ』の体を突き抜け、ビームがどこかへ飛んで行く。

 流輝は体の右半分が焼かれるのを感じた。

 どうやら急いでいた為か、微妙に照準があいまいになっていたらしく、再び流輝は死なずに済んだ。

 しかし、流輝がそれを喜ぶことは無かった。

 もはや死のうが生きようが関係なかった。

 流輝の頭にあることはただ一つ

 『ノーデンス』を殺す。

 たったそれだけだった。

 なので流輝は撃たれたものの、何のためらいも無く『ダゴン』を振り下ろすと、『ノーデンス』の胴体部分を切り裂く。

 すると、『ノーデンス』が苦しそうなうめき声をあげた。

 『ウガァッ!!』

 「ハハハハハ!!面白い声上げるじゃねぇか、こいつ!!」

 そう言うって流輝はもう一度『ダゴン』を振りかざすと、もう一度『ノーデンス』の事を切り裂こうとする。

 しかもわざと機能が停止しない場所を狙っている。

 『ノーデンス』はその姿に恐怖を抱くと、急いで離脱しようとする。

 まずは右手のひらを地面につけると、空間圧縮波動砲を起動させる。かなり自爆が混じっているがこれ以外方法は無かった。

 威力はぎりぎりまで抑え、発射する。

 すると『ノーデンス』を中心として衝撃波のような物が発生し、辺り一帯の物をすべて吹き飛ばしていく。

 それは『クトゥルフ』をも吹き飛ばし、数m離れて地面に叩きつけることに成功する。

 しかし、一番ダメージを負ったのは『ノーデンス』

 ただでさえ胸に傷がついているのに、全身を強烈な衝撃波が襲い、一瞬声も出なくなる。

 ただし目に見える損傷は無いのでよしとする。

 ゆっくりと体を起こし、立ち上がる『ノーデンス』

 『クトゥルフ』の追撃を警戒してか、右手に刀を召喚するとそれを握り、マントのついていた肩部のアーマーを分離する。

 ボロボロになり、穴の開きまくっていたみすぼらしいマントが地面に落ちる。

 その頃、流輝も立ち上がると驚異的な速度で胸の傷を回復させていった。

 これは無限機関を暴走させ、大量のエネルギーを放出していることによって、生体装甲が異常に活性化し、即座に自己修復を行っているのだろう。

 しかし、精度はよくないようで修復した部分の装甲はおかしな形になっていたが、流輝はそんなこと気にしなかった。

 それより気になることがあったからだ。

 それはエネルギー残量

 通常の何十倍という量でエネルギーを放出している。

 こんな戦い方では一時間持たないだろうし、傷が増えれば増えるほど不利になって行く。

 しかも冷却機能が追い付かなくなるかもしれない。

 すでに普通の機体では内部機関が耐えうる限界まで温度は上がっていて、『クトゥルフ』特有の冷却液が無ければ素手のオーバーヒート状態

 流輝の命すら危うい状態

 しかし今『クトゥルフ』はそんなことを一切気にしてはいない。

 気にできない。

 もはや『クトゥルフ』は完全に流輝の手に落ちていた。頼りのサブ電脳もまともに機能していない。それさえも流輝の意志の元、動いていた。

 『クトゥルフ』の全てが流輝の物

 まさにそう言った感じだった。

 「行くぞ!!『ノーデンス』!!」

 『うぬっ!!』

 流輝はそう宣言し、右手を大きく振りかざすと、その手に握っていた『ダゴン』をフルパワーで投げつけた。

 それを見た『ノーデンス』は左手に持っていた楯を手放すと、代わりに空間圧縮波動砲を起動させ『ダゴン』を吹き飛ばす。

 流輝はその隙に横に回り込むように移動すると、『ハイドラ』を投げ捨てつつ、ある武装を召喚した。

 それは異世界『ゾス』に残されていた『クトゥルフ』専用の兵装で、流輝達の世界からは転送できなかったもの

 その武器は『クトゥルフ』の両手の上に召喚されたかと思うと、展開、手の平を包み込むグローブのような姿かたちになると、かぎ爪のような物を展開させた。

 さらにかぎ爪の先からエネルギーの刃を形成すると、指を大きく開きその存在を主張する。

 武装名『ムナガラー』

 それを装着した『クトゥルフ』の姿はまるで、かぎ爪を持った悪しき神のようだった。

 流輝は右腕を大きく振りあげるとかぎ爪で『ノーデンス』を切り裂こうと試みる。

 しかし、『ノーデンス』も負けていない。体を回転させ、急いで『クトゥルフ』の方を向くと、右腕の刀を振るい『クトゥルフ』のかぎ爪を受け止め、受け流そうと試みる。

 しかし、できない。

 不安定な姿勢で、力任せに振り下ろされたその腕を受け流すことなど不可能だった。

 『クッ!!』

 「オラオラぁ!!もっと張り合えよ!!」

 流輝はそう叫ぶと、開いていた左腕のかぎ爪の先を『ノーデンス』の下腹部に向けると、思いっきり突きをくらわせようとする。

 それに気が付いた『ノーデンス』は、足を上げると突かれるより先に『クトゥルフ』を蹴り、少し距離を開ける。

 そして、その隙に左手のひらを向けると空間圧縮波動砲を起動

 『クトゥルフ』を吹き飛ばした。

 無様な恰好で吹き飛ばされる流輝

 しかし、今回は地面にたたきのめされる前になんとか持ち直すと、再び『ノーデンス』へと向かって行く。

 「死ね!!」

 『学習能力の無い奴め!!食うか圧縮波動砲さえあれば、貴様などに距離を詰めさせたりはしない!!』

 そう言って再び左手のひらをかざす『ノーデンス』

 それに合わせて流輝も右手の『ムナガラー』を前にかざす。

 そして、空間圧縮波動砲が火を噴く。

 しかし衝撃波は生まれず、『クトゥルフ』は吹き飛ばされること無く『ノーデンス』へと接近していく。

 『何っ!!』

 「はっ!!ざまぁねぇ!!」

 何が起きたのかうまく理解できず固まる『ノーデンス』を尻目に流輝は目の前まで接近すると、『ノーデンス』の目前に『ムナガラー』を開いて見せる。

 そこで『ノーデンス』信じられないものを見た。

 完成度こそ低くい物の、それは紛れも無く空間圧縮波動砲だった。

 『そんな、馬鹿なッ!!相殺したとでもいうのか!?それよりなぜそれがお前の手にある!?』

 「おいおい、何を驚いてるんだよ、『クトゥルフ』達はお前を元にできてるんだぞ、これぐらいあっておかしくないと思わないか?」

 『クッ!!』

 次の瞬間、『ムナガラー』の空間圧縮波動砲は青白い光を放ち――

『ノーデンス』を吹き飛ばした。

 普通ならばこの至近距離で発射したら『クトゥルフ』もろとも吹き飛ぶところだが、そこは反重力推進装置をリミッターが吹き飛ぶまで出力を上げ、何とか持ちこたえることができた。

 しかし、その代償として出力が一定以上あがらなくなったが、そんなことは気にしない。

 これで終わらせるつもりだった。

『ぐはっ!!』

 「まだまだぁ!!」

 流輝は地面を蹴って吹き飛ぶ『ノーデンス』に近づき、左腕を伸ばすと、その頭を握りしめ、宙に浮くとつるし上げた。

 そしてその顔を観察してみる。

 どうやらさっきの一撃で装甲が殆ど剥がれたらしく、本来の顔がよく見えるようになっていた。

 それはまさに人の顔だった。

 髭のような物が外れて見えるようになった口は何かを耐えているかのようにきっちりと閉じられていた。

 鼻はそこそこ高く、目は未だに死んでいない。

 流輝はその顔に言い放った。

 「お前の、負けだ」

 『……どうやら、その通りのようだな』

 「……?」

 諦めが早い、

 そのことに大きな疑問を感じた流輝は、自嘲とも聞こえる『ノーデンス』の言葉を聞きいてみることにした。

 しかし、意味が分からなかった。


 『フフフ……思わぬ事故で自由を手にし、同胞を裏切り、世界を救おうとした結末がこれか…………フフフ……お似合いじゃないか……』

 「何を言って……」

 『かまわんよ、殺せばいい、私を首を切るなり無限機関を撃ち抜くなり好きにすればいいさ』

 「お前、いきなり饒舌になったな」

 『ハハハハハ!!殺せ殺せ!!どうせ貴様は世界の終わりを見届けるこてゃできないんだからな!!』

 「何だと?」


 『終わりの始まりの始まりは終わったばかりだ!!すべてはまだ、始まってすらいないんだよ!!』


 「うるさい!!」

 流輝はそう叫ぶと右手に『ダゴン』を召喚する。

 そしてそれを大きく振るうと『ノーデンス』の首から上を切り落とした。

 左手にかかっていた重さが一気になくなる。

 首から下と、吹き出す液体が重力に引かれて地面に落ちていく。

 「勝った……のか?」

 恐らく、勝ったのだろう

 しかし、勝った気はしなかった。

 ただ、苛立ちのみが残っていた。

 「クソッ!!」

 眼下には無様な恰好で転がる『ノーデンス』の体、首のあたりから液体を吹き出しつつそれは倒れていた。

 流輝はそれを見ても腹の虫がおさまらず、左手に持っていた『ノーデンス』の顔を力任せに投げ飛ばした。

 すると何十mも向こうに頭が飛んで行く。

 それを見て少し溜飲を下げた流輝は一度地面に降り立つ。

 そして、精神同調を解除し、自分の体がどうなっているのか確認しようとする。


 その時

 異様な反応を確認した。

 「これは!!」

 空間圧縮反応

 虚無空間の生成

 『ヨグ―ソトース』が起動している。

 「まさかっ!!」

 流輝は辺りを見渡すと、まるでリングの湯に張り巡らされていた『ヨグ―ソトース』がどうなっているかを確認する。

 すると淡い光を放ちつつ『ヨグ―ソトース』が起動していることが確認できた。

 このままでは穴に引きこまれる。

 そう思った流輝は急いでその場を離れようとするが、何かがおかしいと感じた。

 辺りを見渡し違和感の正体を探る。

 分かった。

 「穴が、開いてない?」

 その上『ヨグ―ソトース』のいたるところが傷ついていることが確認できた。当たり前だ、あれだけ激しい戦闘を行ったのだ、壊れていない筈が無い。

 しかし、それでも空間を繋げようとする『ヨグ―ソトース』

 「一体、どうして……」

 流輝は考える。

 も、答えは分かり切っていた。

 『ノーデンス』だ。

 あいつが仕組んだに違いない。

 となると、あいつの事だ、何を起こそうとする?

 それも分かり切っていた。

 『大事故』の再現

 「だろうな」

 完全に壊れた『ヨグ―ソトース』、全く開かない空間を繋ぐ穴、そして『ノーデンス』の忌まわしき言葉

 「そうか……」

 流輝はそう呟くと、空を見上げた。

 『ヨグ―ソトース』を止める術は思いつかない、回避しようにもどこまで逃げればいいか分からない。それに『ヨグ―ソトース』が壊れているなら、帰ることもできない。

 完全に追い詰められていた。

 なので、諦めて空を見た。

 しかしそこに空は無い。

 うすら寒い機械の壁があるだけ。

 「……忘れてた、体はどうなってるんだ?」

 流輝がそう呟くと、目の前に体の状態を示す表のような物が出てきた。これは『クトゥルフ』がモニターしているものだった。

 それによると酷いものだった。

 体の右半分が熱で焼けただれている、右腕右目は完全に機能を失っているらしい、しかも左わき腹の傷が悪化していて、今にも内臓が零れ落ちそうになっているらしい。

 こんなになるまで気が付かなかったのは、あまりにも『クトゥルフ』と同化しすぎたせいである。

 流輝はそれを見ると一言つぶやいた。

 「まいったな」


 空間が歪んで行くのが分かる。

 辺り一帯が虚無空間に覆われているのが

 しかし、それは長いこと続かないはずだった。やがて圧縮された空間が限界を迎え、元に戻ろうとして、強烈な振動が生まれる。

 それに巻き込まれると、いくら『クトゥルフ』でもひとたまりもあるまい。

 流輝はそれを悟ると、叫んだ。


 「ざまぁみろ!!クソ神が!!俺は勝ったぞ!!お前に勝ったぞ!!お前が何といおうと、俺はお前に勝った、俺はそれだけで満足なんだよ!!世界の終りなんてどうでもいい!!


俺の、勝ちだ!!」


次の瞬間

圧縮空間が限界を迎えた。

 空間が破裂する。

 圧倒的衝撃が全身を襲い――



 戦いが

 終わった


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