第三部-第六章〈中〉 『メサイア・イン・ザ・リングリーダー』


 「クソッ!!」

 流輝は再び立ち上がると、落としてしまった『ダゴン』を握り、『シェルター』に乗り自分を見下す『ノーデンス』を見上げる。

 『ノーデンス』はまるで余裕とでも言いたげに左手のひらをこちらに向けていた。

 そして、その足元にはビームポットのついた小さな楯

 流輝は今、空間圧縮波動砲によって吹き飛ばされた直後だった。

 「畜生……」

 『まだ分からんか、お前では私に届かないということが』

 「…………」

 流輝は何度か吹き飛ばされ、だんだん空間圧縮波動砲の特性に気付きつつあった。

 まず、攻撃力が極端にないことが特徴の一つだった。既に二発、しかも全身にくらっている割には生体装甲にも手にしている武装にも、殆ど傷がついていない。

 ということは、空間圧縮波動砲は敵を倒す武器では無く、敵を吹き飛ばす、もしくは攻撃をかき消す兵器、ということになる。

 もう一つはかなりの威力があり、また連射が可能という事である。

 打つまでのタイムラグは十秒前後ある物の、一度はなった後、二発目も即座に撃つことができるらしい。これは厄介だった。

 もう一つの特徴、それに関しては何となくでしか流輝は把握していなかった。

 なので、それを確かめるため、もう一度突っ込む。

 「うおぉぉぉぉ!!」

 『フン、バカめ』

 流輝は『ハイドラ』から触手を射出しつつ、『ノーデンスへと迫って行く。

 すると『ノーデンス』は再び空間圧縮波動砲を起動し、流輝に向けて放つと、再び『クトゥルフ』を地面に押し倒す。

 背中に固いものが当たる衝撃が走るが、今回は構わない。

 なぜなら触手が大きく弧を描くように動くと、波動砲の直撃を避け、撃墜されること無く『ノーデンス』へと迫って行ったからだ。

 虚を突かれた『ノーデンス』は槍を持つ右手を振るうと触手を切り裂こうとしたが、それを察した流輝が直前で回収したため、切り裂かれることは無かった。

 流輝は触手を収納した『ハイドラ』を改めて構えると、砲口を『ノーデンス』に向け、今度はビームと触手を同時に放つ。

 今度は触手を上下から挟み込むような軌道を描かせて

 すると再び空間圧縮波動砲によって書育種もビームも吹き飛ばされるが、何故か最初の時より近くで吹き飛ばされていた。

 それを見た流輝は確信を抱く。

 「そうか、それは強い威力を放つときは一転に集中させて、全体をまんべんなく吹き飛ばすときは威力が下がるんだな」

 『……そうだ』

 「おや、素直じゃないか」

 『隠す必要は無いからな、では、こちらから行くぞ!!』

 そう宣言すると『シェルター』に搭載されているビーム砲を起動させると一斉にビームを放射した。

 八門ある砲門から放たれたビームは、細かい照準はできないようで、辺り一帯適当に撃ったという感じだったが、それでも効果的だった。

 適当であるが故、流輝でもどこに当たるかの判断がつかなかったのだ。

 なので、とりあえずビームの当たらない範囲を推測するとそちらに飛び回避する。

 「ここら辺一帯を手当たり次第に撃つってか!?」

 『そうだ、さぁ、行くぞ』

 そう宣言する『ノーデンス』

 そして宣言通りにビームの雨が降り注ぐ。

 しかも、その発射速度は尋常で放った。まるで連射といっていい速度でビームが襲い来る。

 流輝は冷静に回避行動をとりつつ、焦った声で呟く。

 「何で、こんな連射を!!」

 すると、その疑問に『ノーデンス』が答えた。

 『言っただろう、全ての機体は私がオリジナルとして造られたのだ、『クトゥルフ』の冷却液ぐらい標準搭載しているに決まっているだろう』

 「そんな理屈!!」

 流輝はそう叫ぶと、『ク・リトル』と『リトル』からビームを二筋放つと、『シェルター』を撃ち落とそうとする。

 が、『シェルター』の機動性は高いらしく、回避されてしまった。

 それでも懲りず、ビームを連射する。

 それはビーム同士相殺されたり、躱されたりして掠りはしたものの、命中することは無かった。

 これはかなり苛立つことだった。

 流輝はその時、いい策を思い付いたのでそれを実践してみることにした。

 『シェルター』の真下に来ると、そのままビームの雨を躱しつつ接近していく。

 何度か装甲を削られたが、そんなこと気にしてはいけない。

 『ノーデンス』も流輝のたくらみに気が付いたか、複雑な軌道を描き何とか流輝から逃れようとするが、無駄だった。

 流輝は『シェルター』にある程度まで近づくことができた。

 そこで『ク・リトル』からビーム砲の隙を突きビームを放つ。

 するとそれは見事『シェルター』に命中し、装甲を焼き尽くすと、そのまま『ノーデンス』の立つ上部へと突き抜けていく。

 「よしっ!!」

 流輝策がうまくいったことを喜び、勝ち誇る。

 これで『ノーデンス』にも傷を与えることができた、と

 次の瞬間

 『甘いな』

 「――ッ!!」

 後ろから声がした。

 流輝が急いで振り向くと、そこには両手に武器を握り、『クトゥルフ』の背中を狙って来ている『ノーデンス』の姿があった。

 「クソッ!!」

 『フン』

 流輝はその場で回転すると、回し蹴りを『ノーデンス』に叩きこもうとする。

 しかし、『ノーデンス』はそれを軽くいなすと逆に『クトゥルフ』の体勢を崩し、決定的な隙を作る。

 あっという間の出来事だった。

 訂正を立て直す暇も無かった。

 『ノーデンス』は槍を持った右腕を高く上げると、槍の三つの先端を『クトゥルフ』の胸部に向ける。

 そこは、ちょうどコクピットのある場所で――

 『死ね』

 「クッ――」

 振り下ろした。

 槍が胸部アーマーを刺し、体を突き抜けると、その鋭い三つの先端が『クトゥルフ』のバックパックから露出する。

 つまり、

 貫いた。

 『ノーデンス』の槍が『クトゥルフ』を

「ぐぁ!!」

 『まだだぞ』

 そう言うと『ノーデンス』は槍を手放し、空いた右手の空間圧縮波動砲を起動させると、それを『クトゥルフ』に向け、放つ。

 するととんでもない衝撃が『クトゥルフ』を襲い、地面に叩きつけられる。

 今すぐ立ち上がらなくては、『ノーデンス』に追い打ちをくらってしまう。

 しかし、流輝はそんなことを一切気にしなかった。

 否、気にすることができなかった。

 なぜなら全身に強烈な痛みが走ったと思ったら、肉体の強烈な刺激に伴い、精神同調が切れ、意識が戻って来たのだ。

 「あぁぁ痛ぇ……」

 槍に貫かれたコクピット内

 流輝はそこで目覚めた。

 そして流輝がしたことは、全身を襲う痛みの正体を探る前に、何が起きたのかしっかり確認することにした。

 すると、コクピット内は槍で貫かれ、大きな穴が開いていることが分かり、そこからうっすらと『ノーデンス』の姿を確認することができた。

 また、どうやら槍は流輝の左わき腹を切り裂いて言ったらしい。

 そこには大きな切り傷と血でぬれた服、そして巨大な槍の柄

 「うぐぅ…………」

 クソ痛かった。

 それを察したのか、コクピット内の触手が蠢き、流輝の体を覆うように動くと、傷口周辺に巻きついた。

 どうやら、止血のつもりらしい。

 しかし、かなり強く巻き付いてきたため、相当の痛みが全身を走る。

 「――ッ!!」

 一瞬、叫びだしたくなるが我慢する。

 そして止血が終わったのを確認すると、流輝は再び椅子についていたグリップを握ると、痛みを堪えて精神同調を行う。

 すると、一瞬のうちに『クトゥルフ』と同化し、肉体の痛みを忘れる。

 そして何とか持ちこたえると、反重力推進装置を起動させ、起き上がると再び『ノーデンス』と向き合う。

 しかし、槍を引き抜く気力も湧かず、武器だけは手放さずに、肩を落としたまま『ノーデンス』を睨みつける。

 するとそんな『クトゥルフ』を見た『ノーデンス』は話しかけてきた。

 『駄目だ』

 「……何がだよ……」

 『お前じゃだめだ』

 「あぁ?」

 『『クトゥルフ』を呼べ』

 よく分からなかった。

 流輝の混乱した頭では『ノーデンス』が何を言いたいのか上手く理解できなかった。それほどまでに追い詰められていた。

そんな流輝を見て、『ノーデンス』は細かい説明を始めた。

 『いいか、私は貴様に一時的狂気に陥れと言ってるのだ』

 「……何?」

 『おまえを倒しても意味がない、『クトゥルフ』になれ』

 「なん……だと……」

 『さぁ、はやく……』

 「おま……え……は」

 そこで、流輝は気が付いた。

 何かどす黒い感覚が脳内を駆け巡る、全身を倦怠感が襲い、どんよりと気持ち悪いものが下腹部に溜まっていく感じがする。

 意識が遠のいたり戻ってきたり

 そこで流輝は気が付いた。

 『SANレベル』が落ちている。

 それも、当たり前だ。

 ここに飛ばされる前から長時間にわたって戦い続けている。逆に落ちていないほうがおかしい、そもそも今まで一時的狂気に陥らなかったほうが奇跡と言っていいのだ。

 ゆっくりと『クトゥルフ』に精神が乗っ取られていく、一時的暴走に陥って行く感触がする。はっきりと理解しているわけでは無かったが、何となくわかった。

 出て来ようとしているのだ。

 『クトゥルフ』が『ノーデンス』の呼びかけに応じている。

 流輝はそれに抗おうとした。

 が、やり方が分からない。このままじゃ『クトゥルフ』の生体パーツの一つにされてしまう。それはごめんだった。

 流輝は目を閉じる。

 そして心を無にすると、『クトゥルフ』に話しかける。

 否、普通に言葉を発していた。

 その口からこぼれたのは、怨嗟に満ち満ちた悪魔の囁きかと思われるような声だった。


 「おい……『クトゥルフ』」

 …………

 「俺を利用する木か?」

 …………

 「ふざけるなよ…………」

 …………

 「お前



 殺すぞ



 殺してやる」


 …………



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