第二部-第四章〈下〉 『テンポラリー・マッドネス・オブ・ジ・オールド・ルーラー』
アリサは大鎌を構え、『クトゥルフ』と向き合うと、バックパックの腕を一旦しまいこみ、機動力を上げる。
そして腕の下からワイヤーを伸ばし、それを大鎌の下に接続する。
『アトラク―ナクア』は少し特殊な機体で、『イタクァ』や『ビヤーキー』と違い、疑似的な生体装甲で覆われ、疑似型の小型無限機関が搭載されている。
これは、邪神の中でもオーダーメイド機、つまり特殊な機体の証明である。
『ツァール』と『ロイガー』もこの部類に入るのだが、アリサにそんなこと知る由も無かった。
『クトゥルフ』はアリサの方を向くと、通信を繋ぎ、あの不気味な笑い声を響かせてきた。
『ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!ハハハハハハハハハハ!!!!!』
「クソッ!!流輝を返しやがれ!!」
アリサは思いっきり叫ぶと、加速『クトゥルフ』に向かい突っ込んで行く。
『クトゥルフ』はそれを見ると『ハイドラ』の砲口をアリサに向け、引き金を引き触手を射出する。先端部分のバーニアが火を噴き、『アトラク―ナクア』目がけていく。
アリサは先ほどもらった情報で『ハイドラ』の触手には追尾機能があると知っていたので、あえて回避せず、大鎌で切り裂こうとする。
「フンッ!!」
一度上に上がり、向かって来た触手を狙い腕を大きく振る。すると触手のうち一本の切断に成功する。
ところが、二本目にはギリギリ刃が届かず、真っ直ぐ向かってくる。
もうすでに大鎌では切り裂けないほどに近づかれてしまっていた。
それを見たアリサは鎌を一旦投げ捨て、腰についている装甲の下に手を伸ばすと、そこからダガーナイフを射出、それを握ると触手を切り裂こうとした。
その時、警告音が鳴り響き、危険信号が出る。
「チッ!!」
アリサはそれが何か確認する前に後ろに飛ぶと、それを回避する。
次の瞬間、目の前を『ク・リトル』から放たれたビームが横切って行く。回避が遅れていたら直撃していただろう。
「ふぅ……」
アリサが安堵したのもつかの間
ビームが過ぎ去った直後、足に違和感を感じ、何かに思いっきり引っ張られるようにされてしまう。
大きく横に動かされ、機体の制御が難しくなる。ダガーナイフも手から離れ、湖に向かって落ちていく。
「何!?」
アリサが大慌てで足を見ると、左足に『ハイドラの触手が巻き付いているのが見えた。どうやら先程切り落とし損ねた物らしい。
『クトゥルフ』は『ハイドラ』を大きく動かしつつ、触手を引き寄せ、『アトラク―ナクア』を捕縛するつもりらしかった。
「畜生!!」
アリサは悪態をつき、バックパックの腕を起動させると、先にあるビーム砲で触手を撃ち抜く。
機体は大きく動き続けていたが、バックパックの腕が三本ずつついているユニットには独自の反重力発生装置があるため、ぶれずに照準を定めることができた。
それでも少しビームは少しずれ、足の装甲を少し焼くが特に支障は無かった。
自由になった『アトラク―ナクア』をアリサは光速で動かし、ワイヤーを巻き取ると宙に舞っていた大鎌を再び手におさめ、『クトゥルフ』の方へ向かって行く。
『クトゥルフ』は『ク・リトル』と『リトル』の接続を解除すると、『ハイドラ』だけを湖に投げ捨て『ダゴン』を構える。
「喰らえ!!」
先ずアリサは大鎌を振り下ろすと、『クトゥルフ』の右腕を狙う。
『クトゥルフ』はそれを見ると『ダゴン』を上に上げると、『アトラク―ナクア』の大鎌を受け止める。
アリサは鎌を手から放して降下すると、もう一本のダガーナイフを取り出し、左手に収めると突き刺そうとする。
ところが、その前に『クトゥルフ』に蹴り飛ばされ、数m後ろに飛ばされてしまう。
「チィッ!!」
アリサはめげずに姿勢制御をおこない、何とか攻撃を仕掛けようとする。
ところがその前に『クトゥルフ』が接近、『アトラク―ナクア』の頭を掴むと大きく振るい、別方向へ投げつけられる。
「アガッ」
そのスピードは凄まじく、反重力発生装置を最大出力で起動、数十m吹き飛ばされ何とか湖に落ちず、姿勢を戻すのが限界だった。
アリサは顔を上げ、『クトゥルフ』の方を見る。
ところがそこに『クトゥルフ』はいない」
「どこだ!!」
アリサは索敵を開始する。
すると思いもよらぬ方向から反応をキャッチすることができた。
「上か!!」
大急ぎで上を見る。
しかし、手遅れだった。
『クトゥルフ』のアップで見えたと思った瞬間、全体重をかけた蹴りを喰らい、湖へと共に落ちていく。
「うぅ……」
二体とも完全防水仕様、浸水して壊れる心配はないが、それでも動きが悪くなるのは必然だった。
『クトゥルフ』は『ダゴン』を大きく振りあげると、馬乗りになり『アトラク―ナクア』を切り裂こうとする。
アリサはそれを見ると、にやりと笑った。
「ピンチだねー」
その時、上空から六筋のビームが湖に向かって放たれる。
水が熱で蒸発し、湯気が部分的に立ち上がる。
実はバックパックの腕が付いている外部ユニット二つを湖に落ちる前に分離、上空で待機させていたのだ。
ワイヤーがつながってるので、動きは制限されるものの、それで十分だった。
「驚いたかな?」
腕のビームからもう一度ビームを放たせると、『クトゥルフ』は警戒し、『アトラク―ナクア』から離れ湖上に上がって行く。
自由になったアリサは、自身の反重力発生装置を起動『クトゥルフ』の後を追って湖上に上がる。
「よし!!」
アリサはその途中、外部ユニットを回収する。
その時、もう一度通信がつながり、笑い声が響く。
『ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
アリサはそれを聞き、自身も少し笑う。
「ハハハ、確かに楽しい」
アリサは宙を滑り、大鎌を回収するとそれを片手に『クトゥルフ』に向かい、加速しながら叫ぶ。
「ボクは今、生きてる!!」
ミリアはその頃、クリスの駆る『ミゴ』と相対していた。
その他の『ミゴ』は全て機能停止にまで追い込み、全パイロットは脱出させた。途中入ってきた通信によると『シュブ・ニグラス』は後十分で到着するらしい。
それまでの時間稼ぎと、ミリアは太刀を二本召喚すると、それを構え『ミゴ』の方を見る。
対する『ミゴ』はエネルギー砲をパージ、ナイフを引き抜くと『ナイア』と対峙する。
しばし睨みあうが、先に動いたのは『ミゴ』だった。
加速すると、接近右手のナイフを突き出してくるのを、右手に太刀で払い、左手の太刀で切りつける。
『ミゴ』はそれを後ろに下がって回避すると、左手にエネルギー砲でエネルギー弾を乱射してくる。
ミリアは太刀でそれらを弾く来つつ接近する。
その間も通信を繋ぎ、会話を続ける。
「どうして退かないの!!」
『敵がいるからだ』
「勝てないのに、無駄に命を散らす必要は無い」
『無駄じゃない!!』
ミリアが再接近して来たのでクリスは『ミゴ』を回転させ、『ナイア』の右側に回るとナイフで切り裂こうとする。
が、ミリアは上に飛び、それを回避すると上空から切りかかる。
「どうしてそう言い切れるの!?」
『あの時の映像を見たぞ、あの時君は、勝てないと分かって逃げた!!』
「――ッ!!」
ミリアは驚きのあまり、一瞬隙ができてしまう。
クリスはその隙一切見逃さず、左腕のエネルギー砲を構え、弾を撃ちだすがミリアはそれを反射的に弾き防御する。
そして、『ミゴ』に接近、太刀を振り下ろすも躱されてしまう。
「知ったような口を!!」
『知ってるからな、私は』
「だからと言って!!」
『君はあの日、逃げる途中、ミサイルを斉射した』
「それ以上口を開くなぁ!!!」
太刀を投げ捨て大口径ビームカノンを二門召喚すると、それらを接続、構えると『ミゴ』を狙い発射する。
ところが、照準が甘かったため、外れ『ミゴ』の接近を許してしまう。
『ミゴ』はナイフを『ナイア』の腹部に突き立てようとするが、その前に『ナイア』は後ろに下がりつつ、ビームを放つ。
『ミゴ』はそれを回避しつつ、エネルギー弾を放つ。
途中、一発のビームが掠り『ミゴ』の左腕が失われエネルギー砲も失われるが、そんなこと関係なしに『ミゴ』は向かってくる。
『君の放ったミサイルを撃ち落とすため、あの巨大な機体はレーザーを辺りにふりまいた』
「黙れ!!!」
『そのせいで町は壊滅したんだ!!』
「ウワァァァァァァァ!!!!」
ミリアは絶叫する。
そしてミサイルポットを召喚、大量のミサイルを斉射すると、辺り一帯に無差別にミサイルの雨を降らす。
さすがにその数は躱しきれず、『ミゴ』に命中、爆散する。
その前にクリスは脱出しており、ポットは湖に落ちどこかへと向かって行った。
「はぁ……はぁ……」
ミリアは激昂していた。
息場の無い怒りに襲われ、どうしようもない気持ちになる。
いっそ狂ってやろうかと思う。
『SANレベル』が落ちていく、それがはっきりと感じられた。
それもありかもしれない。
ミリアがそう思った瞬間、アリサから通信が入り、切羽詰まった声が聞こえてくる。
『ミリア!!』
「―――ッ!!」
『早くこっちを手伝って!!『クトゥルフ』が止まらない!!』
「……そうだ……流輝を助けなきゃ」
ミリアの目に生気が戻る。
そして兵装を変換、スナイパーライフルを構えると『クトゥルフ』の方に向けると、左腕を狙い引き金を引く。
『クトゥルフ』はそれを確認したのか大きく回避運動をとると弾を躱し、『リトル』の砲口を向けビームを放ってくる。
それを躱しつつ、ライフルを乱射する。
しかし、『クトゥルフ』にかすりもしない。
傷一つ無い『クトゥルフ』の生体装甲が憎らしい。
「助けてみせる!!」
ミリアは決意を新たにすると、再びライフルを構え、照準をしっかり付けると、もう一度弾を発射する。
その時、警告音が流れ、危険信号が上部に表示される。
「何が!?」
ミリアは上を見る。
するとそこには小さい影がいくつも見えた。
それを確認した次の瞬間、新たな『ミゴ』が大量に降下してくる、その数二十機全て傷一つ無い機体だった。
「なんで!?」
どうやら増援らしい、さっきの惨敗を受けてさらに兵力を投入して来たらしい。
はっきり言うと、はた迷惑な話だったが、来てしまったにはどうしようも無かった。
ミリアはさらに上をズームしてみる。
すると大型の輸送機が浮いているのが見えた。
その時、『クトゥルフ』がおかしな動きを見せた。
『ク・リトル』と『リトル』を上空へ向ける。
ミリアは気が付いた。
「止めなくちゃ!!」
ライフルを構え、乱射しようとする。その時、ライフルの弾が切れる、弾倉をリロードしなくてはならない。
しかし、それでは間に合わない。
「アリサ!!」
『わかった!!』
アリサは腕の先のビーム砲を構え、『クトゥルフ』に向かって乱射する。
『クトゥルフ』は照準を一切外すことなく上昇すると、ビームを全て完全に回避し、二つのカノン砲の引き金を引く。
すると、二筋のビームが輸送機に向かって吸い込まれていき、命中した。
「『あっ!!』」
結果、輸送機が爆発を起こす。
滞空能力を失った輸送機は黒煙を上げながら高度を下げ、湖に向かってクルクル回りながら高速で落ちてくる。
ミリアとアリサは大きく後ろに飛ぶと、破片に当たらないようにする。
『ミゴ』達はいまいち何が起きているのか理解していないらしく、分かった数機が回避行動をとる。
『クトゥルフ』は一切動かない。
そして、数秒後、湖に大量の欠片が落ちてくる。
回避し損ねた『ミゴ』回避したものの、偶然にも破片が命中した『ミゴ』が数機爆散する、それでも十機以上は残っていた。
ミリアは湖へと吸い込まれていく輸送機の破片を見て、呟く。
「酷い……」
いったい何人がこれで犠牲になったのだろう。
そう思うと心が鬱々した気分で満たされていく。
それはアリサも同じだった。
ミリアは通信を繋ぐと相談をする。
「どうする?」
『どうするって……』
「私、勝てる気がしないんだけど」
『同感、だって強すぎでしょ』
「ここまで畳み掛けて傷一つ無いって」
『おかしいよね』
「でも、何とかするしかないでしょ」
『でも、どうする?』
その時、『シュブ・ニグラス』から通信が入って来る。二人が出ると、ダーレスの声が聞こえてきた。
『二人とも、下がってくれ』
「え?」
『じゃ、どうすんのさ』
『私が出よう、君達では荷が思い』
「…………」
『ボク達はどうすれば?』
『援護を頼む』
「分かりました」
『OK』
ミリアは兵装を遠距離支援用に切り替える。
その後、ダーレスに質問を飛ばす。
「でも、出るってどうやって……」
次の瞬間、上から機体の反応が確認された。
その少し前
「私が出るしかないのか」
ダーレスは指令室の椅子に座り、戦局を確認していた。
戦況が不利と見たダーレスは小さくため息を吐いてから、椅子のカバーを外し、そこにあったボタンやら何やらを操作する。
すると指令室が暗転、天井が部分的に展開しそこから一筋の日光が差し込む。そして椅子が上昇、展開した天井から椅子ごと外に出る。
そこは第一艦橋の外だった。
上空一五○○m、少し高度が低めとはいえ、風が吹き荒れており、気温と気圧は相当低く地上と比べて相当低かった。
それでもダーレスは一切物おじせず真っ直ぐ歩いて行き、第一艦橋の先端まで来る。
そして腕の端末をいじくるとミリアとアリサに通信を繋ぐ。
「二人とも、下がってくれ」
『え?』
『じゃ、どうすんのさ』
「私が出よう、君達では荷が思い」
『…………』
『ボク達はどうすれば?』
「援護を頼む」
『分かりました』
『OK』
簡潔に話を終わらせると通信を切り、下界を見下ろす。
そしてダーレスは大きな声で言う。
「来い『アザトース』」
次の瞬間、一つの機体が上空に出現し、高速で湖に向かって落ちていく。ダーレスはコクピットに入ることなく、それを見送ると言った。
「さぁ行くか」
ダーレスは椅子のあるところに戻り、腰かけると目を閉じた。
突然現れた機体、それはなかなか格好がいいものだった。機体のカラーリングは赤と白、その他諸々でとても目立つものだった。
頭は日本の角が目立ち、デュアルアイが煌めいており、人に近いものだったが、それでも無機物的な雰囲気の方が強かった。
腰からは不自然な形をしたアーマーが伸びており、バックパックに二つの箱、腰裏のアーマーにはさらに二つの箱があった。
二人は呆然とその機体を見つめるしかなかった。
すると機体名が表示される。
機体名『Azathoth』
日本語名『アザトース』
二人は突然現れた機体に目を奪われ、
その一方で『ミゴ』達は、一斉にエネルギー砲をその機体に向けると攻撃を開始しようとする。
すると『アザトース』はバックパックの裏にある箱を動かし、開くと脇の下から手の平に向けて何かの柄のような物を射出する。
『アザトース』はそれを掴むと、引き金を引きつつ『ミゴ』達に向かって大きく横薙ぎに腕を振るう。
すると柄から長いビームが放たれ、刃を形成すると、数十体の『ミゴ』の頭と体が切り離される。
それと同時に刃は消える。
『ミゴ』の脱出用ポットが一斉に射出され、どこぞに消えていく。そして、制御を失った『ミゴ』の機体は次から次へと湖の中へと水没していく。
圧倒的な光景だった。
『すごい……』
『ほんと、そうだな』
二人は感嘆するしかなかった。
すると『アザトース』から音声のみの通信が届く。
「君達、離れていたまえ」
『え、ダーレスさん!?』
『マジか……』
「これから『クトゥルフ』を止めるため、『バルザイ』を使う、巻き込まれたくなければ離れてろよ」
『『バルザイ』って……』
『さっきのビームサーベルか』
「そうだ、早く離れろ」
二人はそれを聞き、同時に後ろに飛んで行く。
『アザトース』はもう片方の『バルザイ』を射出、両手に一つずつ手にすると、湖の上で『ダゴン』を構える『クトゥルフ』の方を見る。
「さぁ、行くか」
ダーレスがそう呟くのとほぼ同時に、『クトゥルフ』は『ク・リトル』と『リトル』の砲口を『アザトース』に向け、二筋のビームを放ってくる。
『アザトース』は右に少し動き、ビームを躱すと右手の『バルザイ』を大きく振り『クトゥルフ』の左腕をビームの刃で切り裂く。
すると『リトル』と左腕が湖へと落ちていき、傷跡から液体が噴出、それも湖へと流れ出て水を汚していく。
しかし、そんなことは誰も気にしない。
『クトゥルフ』は液漏れを止めると、『ダゴン』を振りかざして真っ直ぐ『アザトース』に向けて突っ込んで来る。
どうやら接近戦に持ち込むつもりらしい。
「来い」
ダーレスは警戒しつつ、戦闘態勢に入る。
何故かと言うとそれは、基本的に言えば、『クトゥルフ』の性能は普段の戦闘と比べるとはるかに高いものとなっている。
しかし、流輝のような人間が扱うとその性能を活かしきれない。
人間であるが故、ブレーキがかかる。
今はそのブレーキが利かない状態。
「果たしてどれだけの力があるかな?」
ダーレスは先制攻撃を仕掛けることにした。
先ず、『バルザイ』を大きく横に振るって、『クトゥルフ』の両足を切り裂こうとする。
が、『クトゥルフ』は急上昇し、それを回避、そのままのスピードを維持して『アザトース』の後ろに回ると接近しようとする。
『アザトース』はそれを確認すると、左手の『バルザイ』を後ろに向け、引き金を小刻みに引いたり話したりしてビームを少しずつ放つ。
するとちょっとした弾幕が張られ、『クトゥルフ』に襲い掛かる。
『クトゥルフ』はそれを何とか躱すと、残った『ク・リトル』を起動させると砲口を『アザトース』に向け放とうとする。
その前に『アザトース』は最高出力で動き、照準を付けられる前に『クトゥルフ』の右側に回り、両手の『バルザイ』で切りつける。
すると反重力発生装置と右腕が根元から切り裂かれる。
推進力と浮遊能力を失った『クトゥルフ』は湖に落ちていく。
「間に合うか!?」
ダーレスは『アザトース』を飛ばし、『クトゥルフ』の機体を掴み、湖に落ちる前にそのまま陸地へと向かって共に飛んで行く。
そして、『クトゥルフ』を押し倒し、馬乗りになると、動けないように拘束する。
そして、『バルザイ』を大きく振りあげ,
『クトゥルフ』の首に照準をつける。
すると『クトゥルフ』から通信が繋がれる。
『ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ八ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
「これは……」
ダーレスは実際に聞いて何とも言えない気分になった。
「これがもう一つの人格なのか?」
そんなはずはない、叶芽のカウンセリングや戦闘の結果から一人称が『俺』で、好戦的になり攻撃がより過激になるだけ
それだけのはずだったのだが
何かおかしい。
こんな人格があるとは報告になかった。
ダーレスはそこまで考えて、初めて他の可能性を考え始めた。
一つはまた別な人格
もう一つはこれが正しいもう一つの人格だという事
そこまで考えて気が付いた。
『クトゥルフ』から流輝を解放していないことに
ダーレスは『クトゥルフ』の首の前、顔の下部分から胴体の上部分にかけて伸びる大量の管がある辺りに『バルザイ』を押し付ける。
そして引き金を引く
「不本意だが、致し方あるまい」
『クトゥルフ』の首に大きな傷が入り、大量の液体と、冷却液が混じった物が噴水のように吹き出す。
『アザトース』はその場を離れると、液体がかからないようにする。
『クトゥルフ』の目から光が失われ、ぐったりと動かなくなる。東部の電脳からの指令が届かなくなり、機体の機能が停止したのだ。
しばらくしてから液体の流出が止まったのを確認し、『クトゥルフ』を担ぐとそのまま上昇、『シュブ・ニグラス』に向かって行く。
ミリアとアリサはそれを呆然と見つめるしかなかった。
何が何だかわからない内に、謎の機体が現れ、あっという間に『クトゥルフ』を倒し、『シュブ・ニグラス』へと飛び去ったのだ。
そりゃあ誰だって呆然とするだろう。
と、数秒間何も考えられずにいたミリアだったが、アリサから通信が入り、それで我に返った。
『ミリア、大丈夫か?』
「あ、うん、アリサは?」
『平気平気、で、どうする?』
「取り敢えず、戻る?」
『そうするか』
二人は飛び上がると『シュブ・ニグラスへと戻って行った。
開いていたハッチから中に入り、機体を所定の位置で固定、収納する。
と、すぐに周囲の機器が動きだし、全自動でメンテナンスが始まる。
ミリアはコクピットの扉を開き外に出ると、『シュブ・ニグラス』の通路へ入って行く。するとそこにはアリサがいた。
アリサは小さく手を上げた。
「よっ」
「もう出てたの?」
「流輝、運ばれてるよ」
「マジで!?」
「マジマジ」
「どこに?」
「医療室」
「うーー」
ミリアは複雑な顔を浮かべてうなり、医療室の方を向く。
アリサは壁に寄り掛かるとのんびりと言った。
「追いかけないのか?」
「無駄な気がする、面会謝絶とか」
「ま、ボクが見たのは最後尾だったからな、多分今から言って間に合わないな」
「さいですか」
流輝の事も気にはなるが、ミリアにはそれより気にかかることがあった。それはあの『アザトース』と言う機体についてである。
恐らくダーレスが扱っていたであろう機体
半年以上『イカン』にいるミリアだったが、今の今まであの機体を見たことが無かった。
「いったい、あれは……」
「うん、何の話だ?」
「『アザトース』について」
「うん?知ってるんじゃないのか?」
「今日初めて見た」
「それは不思議だね」
「うん、そう、だから悩んでたの」
「うーん……」
二人が何となく悩みつつ、いろいろ相談し続けていたが、最終的には流輝が目覚めるまで保留と言う結果になった。
二人は話が終わってからのんびりと自室へ戻り、ベッドに腰掛けボーッとしていたが、ミリアが小さく呟いた。
「心配だね、流輝」
「だな」
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