第二部-第四章〈中〉 『テンポラリー・マッドネス・オブ・ジ・オールド・ルーラー』

 一人、取り残されたアリサはすぐに『アトラク―ナクア』を呼び出すとコクピットに収まる。

 すると、上空から数体の『ミゴ』が降下して来て、エネルギー砲を『クトゥルフ』に向けると戦闘態勢に入った。

 が、そんなことは関係ない。

 『クトゥルフ』は通信をここにきている全ての機体に強制的につなぐと、通信を初めて声を辺りに響かせる。

 その声は誰もの予想を裏切るおぞましいものだった。

 その場にいた全員がその声を聞き、固まってしまう。

 その声は――

 笑い声だった。



 『ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ八ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』



 笑い声が響き渡る。

 その間、誰も声を発することができなかった。

 否、発することができなかった。

 アリサは笑い声が止まってから初めて声を発することができた。

 「狂ってる……」

 次の瞬間、『クトゥルフ』は躍動した。

 地面を蹴って大きく動くと反重力発生装置を起動、一瞬のうちに『ミゴ』に接近すると、腕を大きくしならせ『ダゴン』を顔面に叩きこむ。

 すると『ダゴン』の刃は『ミゴ』の装甲を焼き、大きな傷をつけると、そのまま腕を振り抜き『ミゴ』の顔を真っ二つに切り裂く。

 それも、コクピットもろとも

 中の人は熱で焼かれ、絶命した後、『ダゴン』の大きな刃で切り裂かれ死体は跡形も残らなかった。

 そして、『ミゴ』を機能停止まで追い込んだ『クトゥルフ』は大きく後ろに飛び、『ミゴ』の爆発を回避した。

 そして、後ろに飛びながら『ハイドラ』を構えると引き金を引き触手を射出、触手は回避行動をとろうとした『ミゴ』を追尾、的確に動力中枢を突き抜けると、『ミゴ』を爆発させた。

 爆発をバックに『クトゥルフ』は動きを止め、残りの『ミゴ』に目を向ける。

 その姿は流輝の駆る『クトゥルフ』と同じものとは思えなかった。

 アリサがそれを呆然と見つめていると、突然空中から『ナイア』が現れ、アリサに通信を繋ぐ。

 「アリサ、どうなったの?」

 『流輝がおかしくなった!!』

 「違う、これは暴走、何があったのか教えて」

 『わ、分かった』

 アリサは面食らいながらも、今までの流れを説明する。簡単に言うと、流輝が撃たれるまでの話である。

 ミリアはそれを聞くとアリサに『SANレベル』の事を話してから、ダーレスに通信を繋いで相談をする。

 「ダーレスさん、どうすれば?」

 『状況は最悪だ』

 「そうですか」

 『私が出てもいいのだが、『シュブ・ニグラス』がそちらに着くにはいささか時間がかかる、面倒だな』

 「ダーレスさんが?」

 『いや、なんでもない、何とか『クトゥルフ』を止めてくれ』

 「……わかりました」

 ミリアは納得すると、『ナイア』を『クトゥルフ』の方へ向ける。

 そして、何とか止めようとする。

 ところが、『ミゴ』が邪魔をしてくる。両手のエネルギー砲を向けると、エネルギー弾を乱射して『ナイア』に攻撃を仕掛ける。

 「こんな時に!!」

 ミリアはそれを躱しつつ、拳銃型のレールガンを召喚すると、銃口を『ミゴ』に向ける。

 そして引き金を引こうとする。

 が、その前に『クトゥルフ』がその『ミゴ』に『ハイドラ』に接続した『リトル』の銃口を向けると、ビームを乱射、『ミゴ』をハチの巣にする。

 すると『ミゴ』は爆散辺りに破片をまき散らし、被害を拡大させていく。

 すると『ミゴ』達はこぞってミシガン湖の方へ向かって行く。

 どうやら辺りに被害を拡大させないためにも、決死の覚悟で湖の上で戦う作戦らしい。

 『クトゥルフ』はそれに乗ると湖の上へと逃げた『ミゴ』に近づき、『ハイドラ』で殴りかかる。

 顔面を殴られた『ミゴ』はバランスを崩し大きくのけぞる。

 それを見た『クトゥルフ』は『ダゴン』を振りかざし、『ミゴ』の頭向かって、真っ直ぐ振り下ろす。

 すると頭がパックリと割れてさまざまな部品がばらまかれる。その中にはコクピットを作っていたパーツも含まれていた。

 ミリアが思わず顔を逸らした時、一体の『ミゴ』が『ナイア』に攻撃を仕掛けた。

 ミリアは反射的にそれを躱すと、エネルギー弾はそのまままっすぐ飛んで行き、偶然にも『クトゥルフ』の『ダゴン』に命中する。

 すると『ダゴン』は手から離れ、湖の中へと落ちていく。

 それを好機と見た『ミゴ』のうち一機はエネルギー砲をパージ、ナイフを引き抜くと接近戦を仕掛けてくる。

 ミリアは拳銃をその『ミゴ』の向けると、威嚇射撃を行う。

 「とまれ!!」

 これはこれ以上命を奪われないように配慮した物だった。

 しかし、『ミゴ』は止まらなかった。

 威嚇射撃を一切無視、ナイフを持った右手を『クトゥルフ』に突き出す。

 『クトゥルフ』は最小限の動きでそれを躱すと、突き出された腕を掴み、自分の方へ引き寄せる。

 『ミゴ』は無様にも『クトゥルフ』に手を引かれる形になると、そのまま『クトゥルフ』に近づいて行ってしまう。

 そして『クトゥルフ』は『ダゴン』を失った右手を『ミゴ』の伸ばすと、そのまま殴りつける。

 すると胸の装甲が大きくゆがみ、頭の装甲が一部展開、コクピットが射出できるになるとポットを射出する。

 『クトゥルフ』はそれを見ると、加速、ポットに手を伸ばす。

 それを見たミリアは届かないと分かっても、大きく叫ぶ。

 「止めて!!!」

 しかし止まらない。

 『クトゥルフ』はあっという間にポットをその手におさめると、一瞬の躊躇も無くポットを握り潰した。

 グシャ、と言う音が聞こえた気がした。

 戦場が静まりかえる。

 『クトゥルフ』は何事も無かったかのように、潰れたポットを握ったままの右手を開くと、残っていた破片を全て海に捨てた。

 一瞬、ミリアの目に少し赤くなった『クトゥルフ』に手が見えた気がした。

「―――ッ!!」

 ミリアは激昂した。

 そしてアリサに通信を繋げる。

 「アリサ!!」

 『なんですかい』

 「『ミゴ』を頼んでいい?」

 『ゴメン、無理』

 「どうして?」

 『『クトゥルフ』の次の標的はボクみたいだから』

 「えっ!?」

 ミリアは『アトラク―ナクア』の方に目を向ける。

 すると、確かに『クトゥルフ』は『アトラク―ナクア』に向けてビームを放ち、攻撃を仕掛けていた。

 アリサはそれを何とか避けると、後退しつつ訪ねてくる。

 『どうしたらいい?』

 「『クトゥルフ』を頼んでいい?」

 『いいよ、上手くやれる自信は無いけど』

 「弱点のデータを送るから、そこ狙って」

 『わかった、『ミゴ』は頼むよ』

 「えぇ!!」

 ミリアは大急ぎでアリサにデータを送ると、『ミゴ』の方を向き、戦闘態勢に入る。

 そして、エネルギー弾を躱しつつ、『ミゴ』全体に通信を繋ぎ、声をかける。

 「ここから離れて!!このままじゃ危ない!!」

 しかし、攻撃は止まない、思わず日本語で叫んでいた為だった。

 ミリアはもう一度英語で叫ぼうとした時、一機の『ミゴ』から通信がつながり、聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 『君は、慰霊碑の子かな?』

 「…クリス……さん」

 『そうだ、だがそんなことは関係ない』

 「えぇ、今すぐこの戦線から離脱を」

 『それはできない』

 「どうして!!」

 予想外の答えにミリアは怒る。

 しかし、クリスは冷静に答えた。

 「ここは私たちの国だ、私たちが守る」

 『死んでもいいの!?』

 『構わない、国の為なら、誰かの為になるなら、君も知ってるだろう?君の両親も死んだあの災害を』

 「―――ッ」

 『私は二度と、あんな光景を見たくないからな、戦わせてもらう』

 そこで通信が切れる。

 ミリアはしばらく顔を俯かせていたが、長剣を召喚、拳銃を収束させ剣を構えると『ミゴ』に向け小さく呟いた。

 「分からず屋が……」


 その頃、『シュブ・ニグラス』は最大船速とまではいかないものの、相当なスピードで航行していた。もちろん目的地は流輝達のいる所である。

 途中、米海軍の戦闘機が攻撃を仕掛けてきたりして時間をとられたため、『ナイア』だけを射出させたのだ。

 メインデッキの艦長席の座っていたダーレスは、次々と入る報告を聞き流していた。

 「あと五分ほどで目標地点に到達します」

 「『コス―GⅡ』の起動準備も完了、パイロットは全員コントロールルームで待機しています」

 「『クトゥルフ』『SANレベル』がなお下降中、危険領域を突破しています!!」

 「…………」

 全ての報告をよそに、ダーレスは目を閉じ、考え続ける。

 そして、指令を飛ばす。

 「『イカン』本部のAIを『∀』から『∀―Ⅱ』に切り替ろ、あと対空防御は最小限に、『クトゥルフ』の接近は許すな、最後に索敵に集中しろ『レイク・ハス』がいつ来るか分からんからな」

 「「「はい!!」」」

 数人の声が重なり、心地の良い返事が響く。

 ダーレスはそれを聞き、確認した後艦長席を立つと腕の端末でハッチを開き、メインデッキの外に出た。

 そして穏やかな足取りで指令室へと向かって行った。

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