第二部-第四章〈上〉 『テンポラリー・マッドネス・オブ・ジ・オールド・ルーラー』
「おーい、流輝、行くぞー」
「待ってください、アリサ、まだ財布を受け取っていません」
「なら早くしろよ、ボク待ちくたびれたよー」
「すいません、今からそっち行きます」
「おぉ、早く早く」
流輝とアリサの二人は、前回の戦いから三日が経った今、ダーレスから外出許可を取り、ウィスコンシン州最大の都市ミルウォーキーに来ていた。
そして今二人がいるのはミルウォーキーにある大聖堂、アリサが行ってみたいからここまで来たのだ。
ちなみにミリアは一人で慰霊碑に行きたいと言い出したので、今回は別行動だった。
大聖堂
木に囲まれたそれはドーム状の屋根が大きく突き出していて、なかなか神聖な雰囲気を醸し出していた。
アリサがどうしてここを選んだのか知らないが、流輝にとってここはあまり興味が無かった。
流輝は神を信じていない。
なので、神社やお寺に行くことこそあれど、神に祈ろうなど考えたことも無かった。
アリサのところまで歩いて行きつつ琉生はつぶやく。
「神様、ですか…………」
「ん、なんか言ったか?」
「あ、いえ」
どうやら聞こえていたらしく、アリサが足を止め、こっちに来る。
ちなみにアリアの服装は初めて会った時の物と同じ、ミリタリー風の服装、どうやら同じものをいくつも用意させたらしかった。
今までと違うところは二つ、腕の端末と風呂に入ったりしたおかげか、少し汚くぼさぼさしていた髪が普通になっていた。
それでも少し跳ねているのは髪質か、面倒くさくてブラシをかけなかったように見えた。
「で、何言ってたんだよ」
「いえ………これを見て思ったんです」
「何をさ」
流輝は大聖堂を見上げながら言った。
「僕達は、今、一種の神に乗って戦っているんですね」
「……そう言われれば、そうだな」
『アトラク―ナクア』は邪神
『クトゥルフ』や『ナイアーラトテプ』は旧支配者と呼ばれているが、邪神達の上に立っていたこと、その強さからして神と呼んでもそん色ないように思われた。
「確かにな、神だな」
「そうですね」
「ま、難しい話は置いて置いといて、行くか」
「はぁ、アリサはあれですね」
「殴るよ」
「はいはい、ごめんなさい」
二人は並んで歩くと大聖堂の中へ入って行った。
黒服は胸の裏に隠してある拳銃握りしめつつ、辺りを見渡すと敵が来たらすぐに対応できるように警戒していた。
ミリアは一人、慰霊碑の前に佇んでいた。
人払いをしているので目の見える範囲に他には誰もいない、なのでとても静かな物で耳が痛くなりそうだった。
それでもミリアは淹れおい日の前に立ち続ける。
唇を噛みしめつつ、あの時の事を後悔しながら
「クソッ」
小さな声で悪態をつく。
「クソッ、クソッ!クソゥッ!!」
次第に悪態は大きくなっていき、気が付くと慰霊碑を殴りつけていた。
ガンガンと嫌な音がし、ミリアの拳が木津ついて行く、血が滲んでいき、だんだん感覚を失って行く。
それでも殴るのを止めない。
正直なことを言うと、ミリアはこの慰霊碑が大嫌いだった。
慰霊碑、それが何になる?
それで何が浮かばれる?
誰の気が晴らされる?
何が変わる?
慰霊碑
それはミリアにとって無力の烙印でもあった。
力があるのに仇を討てない。
慰霊碑に刻まれている人々に申し訳がたたない。
ミリアはそういう強迫観念に襲われていた。
これは、ミリアの生きる意味でもあった。
ミリアは最後に大きく慰霊碑を殴ると、今までにないぐらい小さな声で言った。
「畜生……」
しばらくそのまま固まる。
すると、誰かが近づいてくる気配がした。気のせいだと思い、無視していたがその内足音も聞こえてきて、さすがに無視でき無くなってきた。
急いで後ろを振り向き、誰が来たかを確認する。
するとそこには喪服を着た男がいた。
その男は煙草、では無くシガレットチョコをかじりながらこっちに来ていた。背は高く、がっしりとした体形をしていた。
男はミリアの方を見ると、声をかけた。
「あなたは日本人かな?」
「……ハーフです」
「なら、日本語ができるな、練習がてら日本語で話していいか?」
「えぇ」
男はミリアの了承を得ると、そのまま日本語で話を始めた。
「あなたもだれか親族を?」
「えぇ、両親を」
「そうか、私は妻と子供だ」
「失礼ですが、どうして生き延びられたので?」
「仕事でね、ここには年に数回しか帰れなかったからな」
「お仕事とお名前は?」
「軍人、名前はクリスだ」
「なるほど」
再び二人は黙りこむ。
男は手を合わせることなく、ただただ慰霊碑を眺め続ける。空虚な、ミリアと似たような目でひたすら眺め続ける。
すると、慰霊碑についていた血を見つけ、指を伸ばすと拭ってみる。そして、ミリアの手を見ると小さく頷いた。
「殴ったね」
「えぇ、そうですけど?」
「消毒液、いるか?」
「何で持ち歩いてるんです?」
「私も、同じようなことをするからだ」
「そうですか、でもいいです」
ミリアは断ると、黙り込み、もう一度慰霊碑を見る。
男はシガレットチョコを食切ると、新しく一本取出してそれをミリアに渡してきた。
「食うか?」
「いいです」
「そうか」
二人はそれっきり黙り込むと、沈黙が辺りを包んだ。
と、ミリアの腕の端末が起動して呼び出しがかかる、それは緊急用のもので、何が起きたのか気になるミリアは大急ぎで黒服の元へ向かおうとする。
その途中、クリスの方を向くと、小さく礼をした。
「さようなら」
「あぁ、会えたらまた会おう」
「そうですね」
その言葉を最後に、ミリアは走り去る。
と、クリスの携帯にも連絡が入る。
クリスは携帯に出ると、報告を聞き、無言のまま慰霊碑の前を後にした。ミリアとは逆方向に向かう途中、最後に一回振り向くと呟いた。
「また、か。まぁ、すぐに会えるさ」
そしてクリスは再び歩き出した。
そんなことがあった少し前
流輝とアリサは湖畔近くの道を歩いていた。そこはミルウォーキー美術館から出たところにあった。
時間は既に午後にもつれ込んでおり、この後『シュブ・ニグラス』に戻る要諦だったのだが、車で移動する前に散歩をしようと言う話になりこうして歩いていた。
ちなみに黒服に無断で散歩しているので、少し罪悪感を覚え流輝だったが、少し歩くとそんなことどうでもよくなった。
二人はのんびり歩きながら、感想を言い合っていた。
「イヤーたのしかったねー」
「ですねー」
「流輝、思いの外楽しんでたね」
「美術館、好きですから」
「動物園ではつまらなさそうだったのに」
「あそこは嫌いです、獣臭くって」
「そうかー」
「ですねー」
戦いの事なんてすっかり忘れて、二人はのんびり話しながらゆっくりと散歩を続ける。それはとても平和な時間だった。
しかし、それは長く続かなかった。
十分ほど歩き続け、いい加減黒服のところに戻ろうと思った時、そいつらはやって来た。
そいつらは、軍服に身を包み、片手には拳銃を持ってた。
人数は四人ほどで、流輝アリサの道を遮るように現れた。
そして、ボーとしている流輝をよそに男たちは拳銃を突きつけると、英語でなにやら言った。
「―――――――――――!!」
「ん?なんて言いました?」
解説しよう
流輝は英語と地理が駄目なのだ。
代わりと言っては何だが、国語現代文と理化は得意だった。
閑話休題
アリサは小首をかしげる流輝を見て、一瞬不思議な顔をするも、すぐに納得して日本語訳をしてくれた。
「あのな、あいつらは『私たちは『カダス』の者である、今すぐ投稿して身柄を寄越せ』って言ってる」
「マジですか?」
「マジだ」
「断固拒否で」
「―――――――」
アリサが英訳して男たちに伝える。
すると男たちは再び何かをのたまう。それをアリサが日本語訳して流輝に伝える。傍から見るとめんどくさいことこの上なかった。
「実力行使だって」
「この間の日本語話せる人はいないんですか?」
男とアリサが会話をする。
「何かね、別件でクリスさんは来てないみたいよ」
「へー、クリスって名前なんですか」
「みたいだね」
二人がそんな風に話をしていると、男のうち一人が銃を持った手を宙に向けると、威嚇のためか一発の銃弾を放った。
辺りに乾いた銃声が響き渡り、それが止んだ後は静寂と硝煙のにおいが立ち込める。
同やら脅しのつもりらしい。
が、二人にとってはあまり効果的な脅しでは無かった。
邪神とか戦う方がよっぽど恐怖心が刺激されるからである。
なので流輝は冷たい目を男に向けると、アリサに話しかけた。
「アリサ、『クトゥルフ』を呼ぶと言っていると英訳してください」
「はぁ?マジか、パニックになるぞ」
「脅しです」
「分かったよ、それならいい」
アリサは英訳して男たちに伝える。
すると男たちに明らかな動揺が走る。そして、顔を突き合わせると、なにやらひそひそと話し合いを始める。
何かを相談しているらしい。
しかし、どういうわけか一人の男だけ会話に交じらず流輝とアリサの方を見ていた。
流輝が不審な目をその男に向ける。
それとほぼ同時に
男が銃口を流輝に向けた。
「!?」
それを見て、驚いた流輝は反射的にアリサの体を押し、自分から離れさせる。
アリサも突然の事に驚いていたのか、いともあっさりと押されると、そのまま地面に倒れこんでしまう。
男はアリサの方には一切目を向けず、平坦な顔のまま引き金を引く。
先程と同じ乾いた銃声が響きわたる。
ここで始めて男たちは仲間のうち一人が奇行に及んでいたことに気が付いたらしい。すぐに取り押さえると、銃を取り落させた。
アリサはまだ地面に転がった格好のまま、流輝の方を見ていた。
流輝は撃たれた右腹部を押さえながら、必死に痛みを堪えていた。
致命傷では無い、動脈や静脈は傷ついていないらしく出血は少なく、弾も貫通していて体内に残ってはいなかった。
恐らくアリサを押したとき、少し照準がぶれて助かったらしい。
助かったらしいが、痛くて仕方がない。
気絶するような傷でもないので、朦朧とした意識の中、流輝は痛みと戦っていた。
「――――――――!!」
「―――――――!?」
「―――――――――」
男やアリサが何やら叫んでいる。
黒服が銃声を聞きつけてやって来たのも見えた。
が、全てが全て流輝の頭の中に入ってこなかった。
と言うのも、頭が考えることを拒否していたからである。
どうしてこうなった
何が起きた
何故撃たれなければならない
そう言ったことが流輝の頭を支配していたが、それさえもすぐになくなり、やがて、たった一つの事が脳内を支配する。
そして流輝は顔を俯かせつつ、小さな声で呟いた。
「『クトゥルフ』」
次の瞬間、巨大な影が流輝の後ろに出現する。
他の人達はそれを見て驚いた顔をして固まってしまう。そして、何かしら使用と思うが特に何もできない。
唯一、男のうち一人は無線機で連絡をしていた。
流輝は一切辺りを見ることなく、コクピットから伸びてきた触手に身を任せるとそのままコクピットへ向かって行く。
男たちは銃を撃ち、何とか阻止しようとするが、触手に阻まれてどうにもならない。
流輝は無事、コクピットに収まると椅子に座り、グリップを握りしめる。傷跡には触手が巻きつき止血を行う。
終始無言のまま、流輝は殆ど無意識の内に精神同調を行う。
それと同時に意識は闇に呑まれ
一時的狂気に陥った。
さぁ、狂気の始まりだ。
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