第二部―第一章〈上〉『ウィー・カム・トゥ・ザ・ユナイテッド・ステイツ』

 流輝とミリアが『イカン』に帰って来たとき、いやな予感は既にしていた。

 なぜなら、まず、迎えの車が遅れてきたこと、黒服の男から疲れた顔をしていたこと、最後に『イカン』にものすごい活気があふれていたこと。

 ここにきてもうすぐ三週間になるが、ここまで熱気を感じたのは初めてな気がする流輝だった。

 「ミリア」

 「何、流輝」

 「駅前に良い演歌CDショップがあるのでそこに行きましょう」

 「流輝って結構不思議な趣味してるよね」

 「そうでしょうか?」

 二人がのんびりと現実逃避をしていると、そこにダーレスがやって来て、手を挙げて挨拶をすると二人に話しかけた。

 「君達、ちょっと来てくれ」

 「嫌な予感しかしませんが」

 「私も同意」

 「早く、隊長室に来てくれ話があるんだ」

 「「はぁ……」」

 二人は先を行くダーレスの後を追うように隊長室に向かうと、ダーレスが話を始めるのを待った。

 ダーレスは空中に映像を投影させると、アメリカの地図を表示させると言った。

 「新しい邪神一機が発見された」

 「え、邪神って敵じゃないんですか」

 流輝がそう訊ねると、ミリアは流輝のいう事がよく分からなかった。

 「確かに、敵は主に邪神だが、それは『レイク・ハス』サイドの邪神だ、『クトゥルフ』サイドの邪神はいくつかがこの世界に封印されている」

 「でもどうして今頃になって一機?」

 「うぅむ、契約者ができて、封印が弱まったのを見計らい、出てきたらしい」

 「なるほど、そういう事ですか……」

 「え、えぇ?」

 ミリアは話についいくことができなかった。

 流輝は考え込むと、言った。

 「で、今どこに?」

 「ミリアにとっては因縁の地だ」

 肩を震わせ、ミリアはぼそりと呟く。

 「……まさか……」

 「あぁ、ンガイの森付近だ」

 「――――ッ!!」

 流輝はミリアの雰囲気が変わったことに気が付いた。表情が固まり、目が真っ黒になる、流輝は少し不思議に思ったが、何もいう事は出来なかった。

 ダーレスは少し含み笑いを浮かべると、言った。

 「君達にはこれからアメリカに向かってもらおうと思う」

 「え、でもどうやって?」

 流輝がそう聞くと、ダーレスは「ついて来たまえ」と言うと、席を立ち隊長室から出て行こうとする。流輝とミリアはその後を追って行く。

 歩きながらダーレスは話を続ける。

 「アメリカには既に『クトゥグア』や『ハスター』『ガタノトア』が向かっているらしい、自衛隊からの情報で分かった」

 「つまり、敵は既に邪神の反応をキャッチしているってことですね?」

 「あぁ、ここ最近『レイク・ハス』との戦闘が少なかったのもそのせいだ」

 「なるほど」

 三人は外に出ると、アスファルトで舗装された道を歩き、格納棟の向こうにある海の方へと向かって行った。

 ちなみに、この前の戦闘で森が焼け、その後が痛々しく残っていた。

 が、そこにも新しい施設が作られているようで、数人の人が作業をしているのが確認できた。

 「何を作ってるんですか?」

 「索敵装置」

 「なんでまた」

 「この間、『クトゥグア』の発見に遅れた反省を生かして」

 「そうですか」

 と、海を一望できる高台に到着し、そこに登ると、ダーレスは腕の端末を起動させると、なにやら操作をしながら話を始めた。

 「アメリカまでは『シャンタック』では行くことができない」

 「なぜです?」

 「簡単に言うと、『シャンタック』は国内便だ、アメリカまで行けるほど性能は無い」

 「そうなんですか?」

 「あぁ、だから、あれを使う」

 「あれ?」

 ダーレスが海の方を指さす。

 すると、海の底から巨大な倉庫が現れると上から順に壁が外れていき、中にある何かが姿を現していく。

 流輝とミリアはそれを見て驚く。

 「すごい……」

 「あれは…………」

 「あぁ、こちらの巨大戦艦『シュブ・二グラス』だ」

 そこにあったのは全長何百mもある巨大な戦艦で、二つの独立可能な艦がついていたようだが、中心部の艦橋と合体していて殆ど一つの形をしたものとなっていた。

 その他には六つの球体のような物が埋め込められていた。

 独特な形状をしたそれは、不気味な駆動音を響かせると、宙に浮いた。

 「あれは……」

 「数年前に私たちが回収した邪神『シュブ・ニグラス』を改良したものだ、正式名称は『シュブ・ニグラス・カスタム』と言う」

 「数年前……?」

 「あぁ、改良した際に、武装の二割を取り除き、ブースターやらを増設、壱番艦と弐番艦を中心の艦橋と合体させた、分離は可能だがしたら最後、艦橋は捨てることになる」

 「…………」

 「搭載可能な機体は二十機、全長七二○m、全幅二六○m、満載排水量は二二七五五○○t潜水可能、宇宙にも行ける優れものさ」

 「はぁ、サイズの割には機体は二十機までなんですね」

 「こちらの技術が未熟だったこと、搭載しているAI『∀―Ⅲ』による遠隔操作補助の限界数でもある」

 「なるほど…………」

 「あれならアメリカまでは七時間ほどで行ける」

 「早いですね」

 「あぁ、早いんだ」

 ダーレスはそういうと「話はもう終わり」とでも言いたげに手を振る。二人はそれを見て一度寮に戻ることにする。

 ミリアは終始浮かない顔をしていたが、寮に着くと、勝手に流輝の部屋に入って来た。

 「ミリア」

 「何、流輝」

 「勝手に部屋に入らないでください」

 「いいじゃん、別に」

 「はぁ……」

 流輝はいつの間にか用意されていた旅行バックに服を詰めることにする。何日分必要かよく分からなかったが、適当に十日分だけ詰めることにした。

 ミリアはそれを見ながら話を続ける。

 「流輝、『コス』シリーズって『シュブ・ニグラス』を元に作られたんじゃないの?」

 「それは無いです」

 「何でさ」

 ミリアは結構鋭いことを言ったつもりだったが、あっさりと流輝に否定されてしまったので、少し気分を悪くする。

 が、とりあえず話を聞くことにする。

 「いいですか、『シュブ・ニグラス』は人型じゃありません」

 「でも、サブ電脳からの情報……」

 「旧支配者を元にしたのに、ですか?」

 「『シュブ・ニグラス』にだって旧支配者の情報は……」

 「無いです、そんなミスを敵が犯すと思いますか?」

 ミリアは『クトゥルフ』『ナイアーラトテップ』もサブ電脳の旧支配者に関する情報はほとんど残っていなかったことを思い出した。

 それを踏まえて返事をする。

 「思わない」

 「そうでしょう、旧支配者のサブ電脳だからこそ、情報があるのであって、邪神のは無いとみていいでしょう」

 「そう……ね」

ミリアは納得した。

 流輝は準備を終えて、ミリアの隣に座ると懸念をそのまま話す。

 「それに、ですよ、改良まで行ったんですよ、完全に邪神について知っている、と言うことになりますよ」

 「確かにね、勘だけじゃあんな改良は行えないだろうし……」

 「さすがのミリアでもそう思いますか」

 「さすがって何!?」

 「いえ、気にしないでください」

 「…………」

 ミリアは釈然としない、と言う顔をしたが自分も荷物をまとめなくてはならないので、自室へと戻って行った。

 流輝は大きく息をつくと、腕の端末を起動させ、データベースと直結させる、これはこの間増やしてもらった新機能だった。

 そして、さっきの話で気になった単語があったので、調べてみることにする。

 AI『∀―Ⅲ』についてである。

 「これ、ですかね?」

 どうやら、ここ『イカン』で使用されているAIの三番目の名称であるらしかった。

 『∀』『∀―Ⅱ』に次ぐもので、『シュブ・ニグラス』に搭載された物が『∀―Ⅲ』らしい、旧支配者のサブ電脳を元に作られたものだと記載されていた。

 地下にある施設二基のAIが収納されているらしい。

 「また、これですか……」

 流輝は頭を抱えた。

 が、考えても仕方ないので、とりあえず『シュブ・ニグラス』と『クトゥルフ』の様子を見に行くことにした。

 寮から出るとまずは、格納棟へと向かう。

 その道中、叶芽さんと会った。

 「叶芽さん」

 「あ、立木君」

 「こんにちは」

 「こんにちは、『クトゥルフ』の様子でも?」

 「えぇ、そんな所です」

 「そう……」

 「名に浮かない顔をしてるんですか?」

 「いいえ、たしたことは無いのだけれど」

 叶芽は少し言いよどむと、ふと思い出したかのようにバックの中から二冊の本を取り出すと、流輝の方に差し出した。

 綺麗な本で、つい最近作られた物のようだった。

 流輝はそれを手に取ると、ぱらぱらとめくる。

 日本語で書かれているようだったが、挿絵が一切なく、少し味気なく思えた。

 「これは?」

 「ダーレスさんから渡すよう頼まれて……」

 「そうしたか……ありがとうございます」

 叶芽は、まだ何かを言いたげな顔をしていたが、流輝に背を向けると、浮かない顔のまま戻って行った。

 流輝は本の題名を確かめると、少し疑問に思ったので、データベースにアクセスし、検索してみる。

 ところが――――

 「該当…………無し?」

 流輝はもう一度その本を見てみる。

 一冊には日本語で『ネクロノミコン』、そう一冊には『アル・アジフ』と書かれていた。


 次の日

 流輝とミリア、その他諸々の人達は『シュブ・ニグラス』に乗り、アメリカを目指して空を飛んでいた。

 『クトゥルフ』と『ナイア』あと『コス―GⅡ』を十八機載せていた。

 今は整備士たちの手で整備が行われている。

 二人は第二艦橋にある船室の一つでくつろいでいた。

 「で、どうしてミリアと相部屋なんです」

 「仕方ないじゃん、他の人と一緒なんか私嫌だよ」

 「僕と一緒は嫌じゃないんですか?」

 「普通」

 「…………」

 何とも言えない気持ちになった。

 ミリアはそんな流輝のことそっちのけで、携帯ゲーム機を取り出すと、何かのゲームを始めた。

 「…………」

 流輝も何かをしようと思ったが、特に何も持ってきていなかったので、暇の潰しようが無かった。

 叶芽から貰った本は寮に置いて来た。

 どことなく開いてはいけない気がしたので、読まなかったのだ。

 「……ちょっと散歩行ってきます」

 「あ!!畜生!!回復薬が切れた!!」

 「…………」

 流輝は部屋から出ると、適当に辺りを見渡してみる。

 『シュブ・ニグラス』の内部は昔見たロボットアニメの戦艦内部とそっくりで、少し心が高鳴るのが分かった。

 流輝はロボット物が好きなのだ。

 自分が乗るということを除いて、だが

 「どこかに見取り図は無いですかね?」

 少し歩いて探してみるも、見つからない。

 「仕方ありませんね」

 腕の端末を起動させ、『シュブ・ニグラス』の見取り図を探してみる。

 「あれ、無いですね」

 「これを使いたまえ」

 「あ、……ダーレスさん?」

 「私だが、何か?」

 流輝はダーレスが差し出したチップを端末に入れると、情報を入れる。

 その間も隙を見せないようにして、ダーレスを睨みつける。が、ダーレスはそんなこと気にしない、悠々自適に煙草を吸っていた。

 「ダーレスさん」

 「なんだい?」

 「ここは禁煙ですよ」

 「はい、すみません」

 ダーレスは大人しく、煙草を携帯灰皿に捨てた。

 流輝はチップを返しつつ『シュブ・ニグラス』の情報を確認する。

 「大きいですね」

 「まぁな」

 「兵装は?」

 「ミサイル多数とレーザー、後は対空防御のマシンガンとかかな」

 「なるほど…………」

 二割削ったという割にはなかなかの重装備だった。が、十分と言えるかどうかと聞かれたら、流輝には答えようが無かった。

 ぼんやりとそんなことを考えていると、ダーレスが何かを言いたげに口を開いた、と同時に警報が鳴った。

 ウーウーと耳障りな音が響き、アナウンスが流れる。

 『第二種警戒態勢、第二種警戒態勢、手機影をキャッチしました、各員戦闘態勢に移って下さい、繰り返します――』

 「流輝君」

 「はい、わかりました」

 流輝は走ると『クトゥルフ』の元へと向かって行った。


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