第一部-終章『マン・アプセット・オール』

 結局ミリアは戦いが終わってから十五分後に救出され、流輝はその間ずっと『ナイア』を支えていることとなった。

 ミリアはその後、病棟に運ばれ緊急治療室に入ったが、旧支配者の契約者を保護する特性のおかげですぐに普通の病室に入ることとなった。

 が、それから二日間目を覚まさず、こん睡状態で眠り続けていた。

 流輝は心配ではあったが、自分がいたところで何もできないと分かっていたので、後ろ髪をひかれながらも、学校に通っていた。

 そして、二日たった日の昼休み

 流輝は屋上で一人アンパンをかじっていた時、腕の端末に着信があった。

 流輝はろくに確認もせずに通話に出ると、ダーレスの淡々とした声が耳に飛び込んできた。

 「はい、流輝です」

 『ミリアが目を覚ましたぞ』

 「ほんとですか?」

 流輝は驚きのあまり、アンパンを取り落してしまうが、三秒以内に拾うと、少しだけついた砂を払い、食べられることを確認すると通話を続ける。

 「で、今から行ってもいいですか」

 『あぁ、学校への連絡は任せろ』

 「はい、お願いします」

 『だ、そうだ崎守』

 通話を切る直前、「え、私ですか?」というつぶやき声が聞こえてきた気がしたが、そんなことは関係ない。

 流輝は残ったアンパンを全部頬張ると、一旦教室に戻ると、荷物を取り、地下道路の通じているアパートの前に行きそこで迎えを待つことにした。

 学校を出てアパート前に行き、三十分ほど待つと、黒服が運転する車がやってきて流輝を乗せると、Uターンしてアパートの地下駐車場に戻ると、そこから地下道に入る。

 その途中、流輝は黒服に質問をした。

 「すみません、黒服さん」

 「黒月です」

 おしい、流輝は少し悔しく思った。

 が、そんなこと関係ない。

 「あの、一つ訪ねていいですか?」

 「なんだい?」

 「『イカン』に来た旧支配者は『ナイア』が初めてですよね」

 「はい、そうです」

 「ではもう一つ『コス―GⅡ』っていつ作られたんですか?」

 こっちのほうが重要な質問であったため、流輝は少し身を乗り出して答えを待つ。

 すると、黒月は考えるそぶりを見せ、一瞬黙り込むとしばらく後に答えた。

 「私はよく知りません」

 「そうですか……」

 流輝は落胆の声を出す。

 と、そこで黒月が「ですが」と言葉を続けた。

 「『コス―GⅡ』の前の型は五年前にすでにありましたよ」

 「え?」

 「ほらGⅡってあるじゃないですか、あれって『GRADE‐Ⅱ』の略称なんですよ」

 「なるほど…………」

 流輝はある程度予想通りの答えを受けて、納得するどころか余計に困惑することとなってしまった。

 知らなかったほうがよかったのかもしれない。

 流輝は少し後悔した。

 が、考えても無駄なので、しょうがないと割り切ることにした。


 四十分後、流輝はミリアの病室の前に来ていた。

 昨日までかけられていた『面会謝絶』の札は無くなっていて、いたって普通の病室の扉に戻っていた。

 流輝は一切の躊躇も無く扉を開くと、ミリアのいる病室に入る。

 すると、ベッドの上でミリアが桃缶を食べている姿が目に飛び込んできた。

 流輝が帰途ことに気付くと、ミリアはフォークを咥えているため声が出せないので、手を振って自分の隣の空いたスペースをバンバン叩いてくる。

 そこに座れと言う意味らしく、流輝は小さく頷くと、ミリアの隣に座った。

 ミリアはすごくうれしそうな顔をすると、元気そうに話しかけてきた。

 「いやー、流輝が来てくれてうれしいよ」

 「いえ、学校をさぼるいい理由になりました」

 「それよりも、ありがとね」

 「はい、何がです?」

 「いやさ、助けてくれて」

 ミリアは照れ臭そうにそう言う。

 どうやら暴走中の事はあまり記憶に残っていないらしい。

 流輝はそれに安心すると、苦笑いをしながら答えた。

 「気にしないでください、仲間なんですから」

 「それでね……」

 ミリアが何やら言おうとするが、流輝は片手をあげてそれを遮ると、不思議そうな顔をするミリアに話しかけた。

 「ミリア、少しいいですか?」

 「え……何?」

 少し不満そうな顔をするミリアをよそに、流輝は淡々と話を続ける。

 「いいですか、この前の出撃前の話です」

 「うん?」

 一瞬考えるそぶりを見せるが、すぐに思い出したようで、晴れた顔をすると「あれか」と言って流輝を指さした。

 「あの始める前に通信が入っちゃった話?」

 「はい、そうです、それです」

 「で、本題は?」

 流輝はそう言われ、一瞬躊躇してしまう。

 はたしてミリアを巻き込んでもいいのだろうか、今さらながらそんな疑問がふつふつと浮かんでくる。

 しかし、ここまで来て、今さら退くことはできない。

 流輝は意を決すると言った。

 「ダーレスさんが嘘をついているかもしれません」

 「はい?」

 「いいですか『コス―GⅡ』は旧支配者を元に作られたと言ってました」

 「へー」

 どうやらミリアは初耳だったらしい。

 逆に話がしやすいと思った流輝は畳み掛けるように話を続ける。

 「いいですか、ここに初めての旧支配者『ナイア』が来たのは半年前です」

 「はぁ」

 「しかしですよ、『コス―GⅡ』の前型は五年前に作られたというのですよ」

 「え、それって……」

 「そうです、ならどうして『コス』は作られたのでしょう?」

 「確かに……おかしい」

 「冷静になると、いろいろおかしいんですよ、ここの施設、『シャンタック』その他諸々も何年前から作られていたんですか、あまりにも完成されすぎています」

 「…………」

 ミリアが考え込む。

 流輝はさらに疑問点をミリアに投げつける。

 「それにですよ、『レイク・ハス』の出現もまるで『ナイアーラトテップ』や『クトゥルフ』の出現に合わせているように、僕は思えるんです」

 「根拠は?」

 「データベースで調べました」

 「なら、信憑性は高いね」

 ここ『イカン』はインターネットに通じない代わりに、全世界の情報が詰まったデータベースが存在する、それはピンからキリで、爪楊枝会社の売り上げから、ケネディ大統領暗殺事件の捜査資料まで揃っている。

 そこで二日間の間に『レイク・ハス』との戦闘履歴を調べ、確認したのだった。

 ミリアは流輝から聞いたことを客観的に判断すると言った。

 「つまり、敵の目的は旧支配者なの?」

 「はい、少なくとも世界を滅ぼすとかは嘘だと思います」

 「…………」

 ミリアはあまりの事に黙り込むと、しばらく考え込んでからのんびりとした声で応えた。

 「私は、敵を討つ」

 「…………」

 「だから、そんなことは関係ない」

 「やはり、そうですよね」

 「でも、気にはなる」

 「ですか」

 「私もいろいろ協力してみるね」

 「ありがとうございます」

 二人は固く握手を交わすと、笑いあった。


 一方、ダーレスはメインコンピューターが収納されている秘密の格納庫の前に立つと、小さな、それでもよく通る声で話を始めた。

 「そうか、流輝君が気が付いたか」

 返事は無い。

 それでもダーレスは返事が聞こえているかのごとくふるまうと、話を続ける。

 「あぁ、心配ない、そうすぐ打ち明けることになるだろう、予定に変更は無い」

 そして、吸っていた煙草を床に投げ捨てると、足の裏で踏みつぶし、火を消すとポケットから二冊の本を取り出すと、それを両手で持って眺めはじめる。

 「少し、気がかりがあるとしたら、この間『ナイア』が暴走したせいで『ガタノトア』を落とせなかったことだな、これで計画が少し遅れることになった」

 本はそれぞれ題名が違っていたが、どちらもくたびれていて、とても薄汚かった。

 一冊はアラビア語で『アル・アジフ』と書かれていて、もう一冊にはギリシャ語で『ネクロノミコン』と書かれていた。

 この二冊の本は、この世界に存在しないはずの本だった。

 ダーレスは顔を上げ、空中に目を向けるとそこに画面を投影させた。

 「まぁ、いい、新しい邪神が発見されたんだ、『レイク・ハス』もそこに向かうだろう、そこで『ガタノトア』を落とせばいい、問題は一切ない」

 画面には新しく観測された邪神の反応が出たところを示していた。

 そこはアメリカの中西部、五大湖地域の一つで、北緯四四・五度西経八九・五度を示しており、そこはダーレスとしてもなじみ深い土地であった。

 そこはアメリカのウィスコンシン州、『ナイアーラトテップ』が発見されたンガイの森周辺を示していた。

 ダーレスは皮肉そうに笑うと言った。

 「北アメリカの地下からそこまで言ったか、同胞よ」

 恐らくそこに契約者がいるのだろう、ダーレスはそう見当をつけていた。

 そして、さらに小さな声で言葉を続けた。

 「つらい思いをさせたな、待っていろ、今、助けに行ってやる」

 そう言い、ダーレスはその格納庫から外に出るため、画面に背を向けると、ゆっくりと外に通じる出入り口まで歩いて行く。

 最後に、小さく呟いた。


「お前もそう思うだろ、なぁ、『アザトース』よ」



 そう言うと、格納庫の中から小さな唸り声が聞こえてきた気がした。















  To be continued……

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