第一部-第五章〈下〉 『インプレス・デュー・トゥ・テンポラリー・マッドネス』

 「十二体目!!」

 流輝は『ダゴン』で眼下にいた『イタクァ』を下降しながら切り裂くと、爆発を起こす前に離れ、次の標的を探す。

 その時、異様な雰囲気を感じ、辺りを見渡す。

 すると、殆ど無傷で浮遊する『クトゥグア』と、そこから少し離れたところで動きを止めている『ナイア』の姿があった。

 が、何やら様子がおかしいことに気が付いた。

 機体がまるでもだえ苦しむかのように動き出すと、首をぎこちなく左右に曲げ、四肢が痙攣するかのようになる。

 そして、完全に動きが止まり、全身がだらりとなり機能停止したかのように見え、心配に思った流輝が通信しようとした時、まさにその時

 『ナイア』が突然動き出した。

 と、今迄から考えられないようなスピードを出すとミサイル単体を一発召喚すると、一直線に『クトゥグア』に向かって突っ込んで行く。

 「なっ!!」

 『クトゥグア』はそれに向かってレーザーやビームを乱射するも、ことごとく躱されて、一筋たりとも命中しなかった。

 流輝は驚く

 なぜなら『ナイア』の動きがミリアの物と違い、とても大胆で後先を考えていない動きで、ところどころかすって装甲に傷がついていた。

 それはミリアの動き方では無い、ミリアはもっと慎重な動きをする。

 そして、ある程度にまで近づくと、ミリアはミサイルを投げ飛ばし『クトゥグア』に命中させると、大爆発を起こした。

 と『ナイア』はバランスを崩して一回転してしまうが、すぐに体勢を整え、バズーカーを召喚、体勢が崩れ、反撃ができない『クトゥグア』に畳み掛けた。

 あまりにも雑すぎる攻撃

 不審に思った流輝はダーレスに連絡しようとする。

 その時、逆にダーレスから通信が来た。

 『流輝君、聞いているか?』

 「はい、それよりミリアが…………」

 『あぁ、分かっている』

 「あれは何です!?」

 『暴走だ、私が最も恐れていたことだ』

 「暴走っ!?」

 流輝が驚いて叫び返す。

 と、その時、辺りの『イタクァ』が妙な動きを始めたことに気が付いた。

 一斉に後退を始めると、飛行形態に移行して脇目も振らずに空に向かって次々と飛んで行くのだった。

 流輝は一瞬、追撃しようかと思ったが、通信中だったこと、明らかに敵意が無かったことから止めて、通信に集中することにした。

 「で、ダーレスさん、どうしたら?」

 『うむ、暴走を止めて欲しい、『コス』全機にも協力させる』

 「分かりました、どうしたらいいんです?」

 そう訊ねると、目の前に画面現れて『ナイアーラトテップ』の機体情報が出てくる。残りエネルギー残量に、機体の損傷具合、『SANレベル』とやらの表示があった。

 そして、バックパックにあるコクピットの出入り口にあたる部分と四肢の付け根、首辺りにマークが出ると、ダーレスが話を続けた。

 『今情報を転送した』

 「はい、これは?」

 『いいか、赤くマークの付いたところを狙え、特にコクピットの入り口か、首だ』

 「そうしたらどうなるんですか?」

 『パイロットの安全を優先するため、精神同調が切れて正気に戻る』

 「なるべくならどこを狙うべきですか?」

 『コクピットの入り口だ、頭はサブ電脳があるからな』

 「でもそこって……」

 『あぁ、一歩間違えればパイロットは死ぬ、気を付けろよ』

 「はい……!!」

 流輝は重々しく頷くと、一度『ダゴン』をしまうと近くにいた『コス―GⅡ』に通信を繋げると、通話を始める。

 すると、その『コス―GⅡ』のパイロットは山城だった。

 「山城さん」

 『なんだい、立木君』

 「ナイフを貸してください」

 『コス―GⅡ』にはナイフが両足に常に装備されている、基本、遠距離戦が基本となる『コス―GⅡ』だが、いざというときの為に装備されているのだ。

 山城はそれを見下ろすと、その後に流輝に訊ねた。

 『どうしてだい?』

 「さっきの通信は聞きました?」

 『あぁ、『ナイアーラトテップ』を確保するのだろう?』

 「はい、その際、バックパックを切りたいんですが、それにしては『ダゴン』は小回りが利きません、だからそれを」

 『わかった』

 山城は小さく頷くと、ナイフをさやに入れたまま二本とも取り外すと、流輝に向かって投げつけた。

 流輝はそれを受け取ると、一つを左手の『ハイドラ』のグリップを握る手に持つと、残った一本のナイフを鞘を付けたまま振ると、鞘を飛ばして刃を抜き身にする。

 そして、『ナイア』の方を見ると、飛びだした。

 先ずはダメもとでビームを二筋放つ。

 それは予想通りに『ナイア』にかわされてしまう。

 流輝はそのまま『ハイドラ』を横に振るうとビームを放出したまま『クトゥグア』を焼き切ろうとする。

 退却しようとしていた『クトゥグア』はそれを見ると、高速で避けつつ上へ向かってゆっくりと昇って行く。

 そして、背を向けるとそのまま雲の向こうへ飛んで行く。

 その後を追おうとする『ナイア』を流輝は近づき、ナイフを振り下ろして牽制する。

 ちなみに『ク・リトル』と『リトル』をしまっていた。

 『ナイア』は突然近くにやって来た『クトゥルフ』に注意を向けると、太刀を召喚すると、いきなり切りかかって来た。

 流輝はそれを躱すと、無駄だと分かっていても声をかける。

 「ミリア、聞こえているか?」

 『ナイア』はそれを無視すると、高速で移動をすると太刀を同時に突き出してきて『クトゥルフ』の腹を狙ってくる。

 流輝はそれを最低限の動きでかわすと、『ナイア』はそのまま『クトゥルフ』のうしろに回ると、太刀を構えてくる。

それを見て、大きくため息を吐くと、戦闘態勢に入った。

 「無駄のようですね……では」

 とりあえず、接近戦に入ることにすると、一息に近づきナイフを突き出す。

 が『ナイア』はその動きを完全に見切ると、太刀をクロスさせナイフを受けきると、次に右足で大きく蹴りを繰り出してきた。

 それを片足を小さく上げて受け止めると、反重力発生装置を起動させ、後ろに飛ぶと、そのまま距離をとる。

 ふりをして、右に回ると小さくナイフを突き出すと、『ナイア』の右腕に大きな傷をつけようとする。

 が、『ナイア』はそれを太刀で受ける。

 一瞬、拮抗するが、重量級の『クトゥルフ』と軽量級の『ナイア』では分が悪く、『ナイア』は『クトゥルフ』に押し切られてしまった。

 そして、右腕にナイフを突き立てると、そのまま横に振るい、腕を半分切り裂く。すると、傷口からどす黒い色をした液体が迸る。

これは、生体装甲を生かしている培養液や冷却液が含まれた物である。傷口から当たりに向けてその液体がふりまかれる。

『クトゥルフ』にもその液体がかかり、返り血のようになりまだら模様を生み出す。

 が、すぐに勢いは衰え、液漏れが止まる。傷口が集中的に修復された証拠である。

 また、ここまで大きな傷となると、すぐには修復できないうえ、戦闘中ではあまりにエネルギーを使ってしまうため、機体の判断で治そうとしない。

 『クトゥルフ』は腕を引き、ナイフを引き抜くと完全に腕を切り裂くために、もう一度ナイフで切りつけようとする。

 が、『ナイア』は反重力発生装置の出力を上げ、一瞬飛び上がると、地面から離れて自由になった足でもう一度蹴りを叩きこんできた。

 流輝はそれを躱しきれず、顔面に思いっきりくらってしまう。

 「うっ!!」

 後ろに下がりながらの蹴りであったことと、流輝も機体を少しのけぞらしていたこともあって、一瞬視界が奪われるだけの軽傷で済んだ。

 視界が戻った後、流輝が見た物は飛んでくる『ナイア』の右腕だった。

 「はいっ!?」

 流輝はそれをナイフの持った右手で払うと、よくよく観察してみる。

 半分はナイフで切れた傷であったが、残り半分はまるで引きちぎったかのような傷跡だったことから、自分で引きちぎったのだということが分かった。

 ダーレスが通信をしてくる。

 流輝はそれを受けて会話を始めた

 「なんですか…………あれ」 

 『あぁ、すごいだろ』

 「ミリアは右手が利き腕のはずなのに……」

 『え、そこ?』

 ダーレスはついつい真顔で突っ込んでしまう。

 と、流輝はすぐあることに気が付く。

 「そう言えば暴走してたんですね、利き腕とか関係ありませんね」

 『やっぱそこか……』

 はんば予想していた通りだったので、ダーレスはため息を吐くと、本題を切り出した。

 『いいか、これから『コス―GⅡ』による射撃を行う、少し離れてくれ』

 「はい、分かりました」

 流輝は『クトゥルフ』を下がらせると、後ろの方からガトリングガンやレールガンによる一斉射撃が始まった。

 『ナイア』は大きく飛び上がると、弾から離れるように移動していく。

 流輝は『ナイア』の軌道を予測すると『ハイドラ』から触手を放つと、『ナイア』の体を捕縛するように動かす。

 が、『ナイア』はシールドを展開すると、それすらも弾き、一斉射撃が止んだ隙を見計らって、地面に降り立つ。

 すると、展開していたシールドを解除すると、大量のミサイルポットを展開、百を超えるミサイルを一斉に発射すると、それらは全て後ろに控えている『コス―GⅡ』に向かって飛んで行く。

 「やばい!!」

 『総員、退避しろ!!』

 流輝は『ク・リトル』だけを動かし、右腕で抱えると、手動発射用のグリップを展開させるとビームを放ち、横に振るうとミサイル群を殆ど焼き尽くす。

 空中で大爆発が起き、ちょっと大きめの黒煙が雲のように固まって見えた。

 「よし、これで……」

 『『コス―GⅡ』三番機、ミサイルの直撃を受け、行動不能です!!』

 「……ごめんなさい」

 流輝は後でパイロットの人を調べて謝っておこうと思った。

 次の瞬間『ナイア』が新たな兵装を召喚したのを確認した。

 それは不気味な形をしたバズーカーのようなミサイルポットのような形をした物で、砲口からは一発のミサイルが確認できた。

 体の左側にそれは置かれていて、今にもそれを手に取ろうとしていた。

 それを見た瞬間、流輝は本能的に恐ろしくなった。

 ミサイルを詳しく解析しようとするが、その前に慌てた声でダーレスが答えを教えてくれた。

 『流輝!!早くそのバズーカーを奪え!!壊すな!!』

 「どうしたんですか、そんな声出して」

 『あれは核弾頭だ!!』

 「はい!?」

 流輝は驚く。

 何故そんなものがあるのかという疑問より、どうしてそんなものを打とうとしているかという疑問の方が浮かんできた。

 そして、流輝は大急ぎで動くと『ハイドラ』の引き金を引き、触手を射出すると、バズーカーに絡めるようにして確保する。

 そして、左手を抑えるように、ナイフを突き出す。

 『ナイア』はそれを躱すように動くと、核弾頭から少し離れる。

 流輝は『ハイドラ』を大きく振りあげると、核弾頭の入ったバズーカーをその場から持ち上げ、後ろに向かって投げ飛ばす。

 「誰か!!」

 『わかりました!!』

 流輝の声を受け、一機の『コス―GⅡ』が地面を蹴って飛び上がると、それを受け止めて、ゆっくりと地面に下りる。

その一瞬、『コス―GⅡ』の方を見たためによそ見をしてしまったため、『ナイア』の接近に気が付かなかった。 

『ナイア』はナイフの入ったアーマーを召喚、腰の両側に取り付けると、そこに入ったナイフを一本引き抜くと『クトゥルフ』の右腕に向かって切りつけてくる。

 流輝は反応が一瞬遅れたため、ナイフで攻撃を受けたのだが、受け方が悪かったためかナイフが飛ばされてしまった。

 「チッ!!」

 拾いに行くのもあれなので、左手に握っていたナイフを右手に移すと、もう一度鞘を振り払ってから『ナイア』に向けて構える。

 「仕方ありませんね」

 流輝はため息を吐くと、宣言した。

 「本気を出してやる……」

 流輝は暗い目をしてにやりと笑うと、最高速度で『クトゥルフ』を走らせると、『ナイア』に肉薄する。

 虚を突かれた『ナイア』は一瞬動きを止める。

 流輝はその隙を見逃さず、『ハイドラ』を持った左腕を大きく振るうと、『ナイア』の顎目がけて渾身のアッパーを叩きこんだ。

 すると『ナイア』はバランスを崩し、一歩下がってしまう。

 流輝は『ハイドラ』を投げ捨てると、自由になった左腕で『ナイア』の胸ぐらをつかむと、思いっきり自分の方に腕を引いた。

 すると『ナイア』が『クトゥルフ』に抱かれる形となった。

 そして流輝は、隙だらけのバックパックにあるコクピットの出入り口辺りに、ナイフを振るうと装甲を横にスライスした。

 が、ミリアの事が心配のあまり、切り取った装甲は浅く、入り口を露呈させるまでには至らなかった。

 と、そこで『ナイア』が最後の力を振り絞り、左腕を動かそうとする。

 しかし、いち早く流輝はそれに気づくと攻撃される前により深く、バックパックの装甲を切り取った。

 「俺が気づかないと思ったのか?」

 『ナイア』は返事をせず、動きを止めると全体重を『クトゥルフ』にかけ、機能を停止させると、精神同調を解除した。

 すると、それを見計らったかのようにダーレスから通信が入る。

 『よくやってくれた』

 「いえ、気にしないでください」

 『これからヘリでミリアの救出に向かうのだが、そのままコクピットの出入り口が上を向くよう支えてくれないか?』

 「はい、分かりました」

 流輝はダーレスの言わんとしていることが分かったので、そのまましばらく『ナイア』を『クトゥルフ』で支えてお子ことにする。

流輝は『クトゥルフ』にそのままの姿勢で待機することを命じると、精神同調を解除して意識を自分に戻す、そして着ている制服のボタンを一つ外して大きく息をついた。

 「ふーーー」

 すると三六○度映像が投影されているコクピット内には今、『ナイア』の顔が大きく映し出されているのが見えた。

 流輝はそれを眺めながら、全身を椅子に預け、倦怠感を少しでも逃がし、体を楽にしようと試みた。

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